第28話 ケット・シーとにぎやかバスタイム!

16 花火


 穴から外に出ると、辺りはだいぶ薄暗くなっていた。

 遠くの方に夕日が見える。


 そこから徒歩でルーニャの家の方に歩いていると、向こうの方からドーン、ドーンという音が響いた。

 驚いて空を見上げると、お城の上に大きな星の模様が浮かび上がっていた。


「わあっ、モノ、花火だよ!」


 上空には飛行船がたくさん飛んでるから、花火は危険なんじゃないかと思ったけど、お城の真上を飛んでいる機体は全くなかった。


「花火の時間中は風の流れをコントロールして、お城の上は飛べないようになっているみゃ」


 ミイニャが解説してくれた。

 花火はドンドンと上がって、暗くなったばかりの空に様々な模様を描いていった。

 それらを眺めながらルーニャの家の前に着くと、レニャさんがドアの近くでやはり空を見上げていた。


「ママ〜! 花火! 花火キレイだにゃ!」

「おかえりにゃさいルーニャ。ちゃんとモノさんたちを案内できたにゃん? ママはその事が心配でお昼寝もはかどらなかったにゃん」

「心配しなくても、ちゃーんとモノさんたちを色々な場所に連れて行ったにゃ。ねー、モノさん?」

「うん。猫たちの秘密もちょっと知れたし、楽しかったよ。ルーニャは素晴らしい案内人だと思うよ」

「にゃにゃーっ、照れるにゃー!」


 ルーニャは僕に飛びつくと、すりすりと頬ずりしてきた。


「ふん! 思ったよりフツーに案内してたけど、世の中モノさんたちみたいなお人好しの旅行者ばかりじゃないみゃ。とーっても迷惑な人もいるみゃ。飛行船の中で勝手に酒宴を開いて酔っ払って吐いたり……」


 ミイニャが遠い目をした。


「とにかく、そういうお客さんに対してもちゃんと対応できてこそ立派な異世界案内人だみゃ。この程度で満足したらいつまでもレニャさんみたいにはなれないみゃ!」


 そう言い捨てると、ミイニャはポポンを連れて自分の家に帰って行った。


「ばいばーい、後で一緒にお風呂に行くにゃー!」


 ルーニャは彼女にぶんぶんと手を振った。

 花火はそれからしばらく続いていた。



 お城の方から突然何か音楽が流れてきた。


「あっ、パレードの始まりだにゃ」


17 パレード


 あちこちから歓声が聞こえる。

 やがて向こうからずんぐりしたゾウのように大きい猫が、メロンの形をした車を引いて歩いてきた。

 かぼちゃの馬車ならぬ、メロンの猫車だ。

 その巨大なメロンの中から小さな可愛らしい女の子が手を振っている。


「あっ、女王様だにゃ。うおーい、女王様〜!」


 ルーニャがぴょんぴょん跳ねると、猫車の中の女王様はこちらに気づいて、にこりと微笑んで手を振った。

 女王様は他のケット・シーに比べると小さく、それに反して目は大きく、宝石のように輝いていた。


「王族は他のケット・シーに比べると猫の血が濃く残ってるにゃ」


 そうなのか。

 僕は何気なく近くに生えていた大きな猫じゃらしのような草を引き抜き、振った。

 すると女王様は猫車から飛び出し、


「うにゃーん、うにゃーん!」


 シュッ、シュッ!

 猫じゃらしに向かって猫パンチを繰り出してきた。



「女王様に向かって失礼にゃーご。気をつけるにゃーご」


 近くにいた大臣っぽいケット・シーに怒られました。



 猫車の後ろには大勢の猫の楽団が行進しながら音楽を奏でている。

 そのさらに後ろに踊っている子達がいる。

 誰でも踊りに参加していいみたいで、ルーニャもその中に飛び込んで行った。

 パレードはこの街をぐるっと一周するみたいだ。


 僕たちも付いて行こうと思って、隣のコトの手を握って、踊っている子達の後を追おうとすると、


「ウェーイ! ウェーイ!」


 他のケット・シーたちよりはるかに巨大な人が踊りの列に加わった。

 さっきお城の前で見かけたミレイユさんだ。

 隣にはエルシアさんもいる。


 二人は手と手を取って陽気に踊り回っていた。

 両者とも顔が赤い。

 酔っ払っているみたいだ。


 僕たちは静かにパレードの列を離れた。

 陰からそっと眺める事にしよう……。


18 夜店


 空にはいつの間にか飛行船の数は少なくなり、代わりにぼーっと薄い明かりを放つ風船が無数に浮かんでいた。


 何分かのーんびりと歩いていると、賑やかな広場に出た。


「みてみて、クレープとか、宝石とか、色々なのが売ってるよ!」


 コトの指の先には幾つもの屋台があって、その前にはケット・シーや他の種族が入り乱れて歩いていた。

 パレードは広場の真ん中で少し立ち止まって演奏を続けている。

 その間に少しお店を見て回ろう。


 幾つかの屋台を回って、串に刺さったフルーツや綿あめを買った。


 途中でたくさんの食べ物を抱えたテュピに会った。

 しばらく見かけないと思ったらここで買い物してたのか。

 テュピは僕たちに手に持っていたものをいくつか食べさせてくれた。


「………………」


 無言で僕の口に水飴やフルーツの串を近づけてくるテュピ。

 僕とコトは口に放り込まれるがままにそれらを食べた。

 うーん、もうお腹いっぱいだよ。


 それからくじ引きでぬいぐるみを取ったり、輪投げで何も取れなかったりした。

 お店で宝石や風船を買って、幾つか荷物を抱えながら、パレードの後を少し離れたところからついていく。


 パレードは街をぐるっと一周すると、お城の前に止まって、ひとしきり踊るとお城の中に入っていった。

 これでお終いみたいだ。

 まだ酔っ払いながら踊っているエルシアさんとミレイユさんを置いてルーニャが僕たちの方にやってきた。


「ふー、楽しかったにゃ。モノさんたちも楽しんだにゃ?」


 僕たちの荷物をちらりと見ながら言う。

 ルーニャはかなり汗をかいていたので、コトが鞄からタオルを取り出して拭いてあげた。


「うにゃ……、お風呂に入りたいにゃ。ママとミイニャちゃんたちを誘ってお城の地下にある銭湯に向かうにゃ」


 ルーニャの家の近くまで歩くと、テュピやレニャさん、そしてミイニャの一家が外で話していた。

 みんなそれぞれパレードや夜店を楽しんできたみたいだ。


19 銭湯


「みんなで銭湯に行くにゃ! 早速準備してくるにゃ!」


 ミイニャは少し渋ったけど、お姉さんたちやレニャさんにも説得されて一緒に行く事になった。

 そしてまたお城に向かった。

 パレードがいなくなってからも、道端には演奏する人や手品をする人がいて結構賑わっていた。



 お城に入ってすぐ横にある階段を降りるとカウンターがあった。

 レニャさんが受付で僕たちの分のチケットを代わりに買ってくれた。


「これがあれば色々なお風呂に好きなだけ入れるにゃん。でも溶岩のお風呂とか毒の沼地のお風呂とかもあるから気をつけるにゃん」


 脱衣所には大勢の人がいた。

 ケット・シーが一番多いけど、他にも羽が生えていたりトカゲのような尻尾が生えていたり、いろんな種族の人がいる。


 服を脱いでお風呂のほうに向かう。

 暖簾をくぐると、正面には大きなプールのようなお風呂があった。

 これは特に何の特徴もないお湯みたいだ。

 とりあえず入ってみる。


 気持ちいいけどちょっと物足りないな。

 周りにある色々なお風呂が気になる。

 早々に出てコトと一緒に他のお風呂を回ってみよう。


20 色々なお風呂


 ペタペタと歩いていると何やらやたら熱気を感じるゾーンがある。

 近くに溶岩のお風呂があった。


「あ〜、あったかいわん……」


 犬耳が生えた子が中でくつろいでいた(キマイラ族だにゃ byルーニャ)。

 とりあえずここに入るのは危険そうだから別のお風呂に向かおう……と思っていると、


「おおっ、モノ殿!」


 声がする方を向くと、エルシアさんが紫色のお湯に浸かっていた。


「さっきは声をかけたのにどうしていなくなったんだ? まあ良い。一緒にお風呂を楽しもう。このお湯は少しピリピリして何やらHPが減っていく感じがするが、それが癖になるんだ……」


 ボコボコと怪しく泡立つお湯の中でニッコリと手を振るエルシアさん。

 その腕は微かに震えている。


 隣にはゾンビやスケルトンの女の子がお湯を掛け合ってはしゃいでいる。

 もしかしてこれ、毒の沼地なのでは? 


 あわててエルシアさんを沼から引き出すと、彼女を連れて別のお湯に向かった。

 うーん、僕たちにも入れるお湯はないかなー。

 あちこち回ってみると、スライムの世界にあったゼリーのお風呂や、エルフの世界の回復魔法が溶けたお風呂があった。


「この辺は私たちでも大丈夫だね。どれに入る?」


 コトが僕の手を掴む。


21 ゴーレム風呂


「あっ、モノさん! こっちおいでにゃーん!」


 茶色に濁ったお湯の中にルーニャとレニャさんがいた。


「これはゴーレムのお風呂だにゃん。ミネラルが溶け出しててとっても健康に良いにゃん。一緒に入るにゃん」


 レニャさんに誘われて中に入る。

 温度は結構高めだ。


「ああ〜……あっはーん!」


 思わず声が漏れる。


「ふう、さっきの毒の沼地とは大違いだな。やせ我慢して入るんじゃなかった……」


 エルシアさんもご満悦のようだ。


「あら、あなたはエルシアさん……」

「ん、おお、あなたは……誰でしたっけ?」

「異世界案内人のレニャですにゃん。といってももう娘に役目は継いでもらいましたが。あなたの宿屋には何回もお世話になりましたにゃん」

「ん、ん〜……。ダリアとの話題に何回か出てきたような気も……」

「そういえば料理は出来るようになりましたにゃん? 前はよく炭の塊が出てきましたにゃん……」

「う、うぅ……」


 しどろもどろになるエルシアさん。

 宿屋の運営はダリアさんに任せっきりみたいだからね……。


「そういえばミレイユ殿も一緒に来てたんだ。どこに行ったかな?」


 エルシアさんはそそくさと湯船から上がった。

 僕たちもそれについていくようにお湯から出た。

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