第22話 マーメイドと一緒に泳ごう!

01 マーメイドの衣装


「今回はこれを着てもらうにゃ!」


 マーメイドの世界に行く前日の夜。

 ルーニャが僕たちに差し出したのはホタテみたいな貝殻2枚と、魚の尾ひれのような形の服だった。


「………………」


 思わぬ服の登場に言葉を失う僕とコト。

 いや、そりゃあ確かにマーメイドの衣装といえばこんな感じだけどさ。

 っていうか、その貝は僕もつけるの? 


「あの、この貝なんだけど……」

「ん? ホタテじゃなくてサザエの方が良かったにゃ?」

「ご冗談を!」

「うーん、明日が楽しみだにゃ。それじゃおやすみにゃーん」


 ルーニャは一瞬でスヤスヤと寝てしまった。

 懸念を残したまま寝ないで欲しいんだけど……。

 枕元に置かれた衣装に不安を感じながらも僕たちは眠りについた。



 翌朝。

 僕たちはそれぞれの場所で着替えて、リビングに集まった。


「みんな、よーく似合ってるにゃ」


 服装はもちろん昨日もらった服だ。

 僕も貝を二つ、胸につけている。

 こいのぼりみたいな布も下半身に履いている。

 歩きにくい。


「さあ、一刻も早く旅立とう! ヘイ!」


 僕はルーニャとテュピを急かした。

 というのも、お母さんが笑いながら僕たちをスマホのカメラで撮影しているからだ。

 というわけで、今回は慌ただしい出発だった。


02 マーメイドの世界


 バシャーン! 

 いきなり僕たちは水の中に投げ出された。


「うわぁ! あっぷあっぷ!」


 突然の事に焦ってもがく僕。

 泳ぐのは苦手なんだ! 


「慌てる必要はないにゃ。ほら、落ち着いて体勢を整えるにゃ」


 ルーニャの声がする。

 あれ? 

 水の中なのに普通に喋ってるし、声が聞こえるぞ。


 僕は試しにちょっと鼻から息を吸ってみた。

 うん、普通に吸える。

 呼吸ができる。


 それに……。


「ほらー、見て見てモノー!」


 コトがすいすいと僕たちの間を泳ぎ回る。

 マーメイドの衣装の、尾びれの部分を動かすと、不思議なぐらいの推進力が得られるみたいだ。

 僕も腰をふりふりとさせて泳いでみる。


「わっ」

「きゃっ」


 思わぬ速さが出て、ついコトにぶつかりそうになった。

 慌てて彼女を抱きしめる。

 僕たちは上半身は二つの貝殻以外は何もつけていないので、肌の感触がダイレクトに伝わる。


「ご、ごめん」

「うん……」


 照れながら離れると、コトが僕の手をそっと握る。


「ねえ、泳ぐのに慣れるまで手、繋ごう?」

「うん」


 僕はコトの手を握ると、一緒に尾びれを動かして泳ぎ始めた。

 水はどこまでも透明で、辺りには何百もの熱帯魚のようなカラフルな魚が泳ぎ回っている。


「きれいにゃ! おいしくなさそうだけど、きれいにゃ!」


 ルーニャがはしゃいでいる。

 テュピは魚のあとを追ってのんびりと泳ぐ。


 泡がキラキラと輝いている。

 丸い岩が星のようにフワフワと浮いていて、そこに水草が生えている。

 うーん、気持ちいいなあ。


「ねえ、マーメイドはどこだろ?」


 そう言えばマーメイドの姿は見当たらないなあ。

 ギガンテスの世界で会ったマメちゃんはどこかにいるんだろうか? 

 迷子になってたっぽいし、まだここにたどり着いていない可能性もあるよね。


 マーメイドを探しつつ、4人で泳いでいると、向こうに大きな魚がいるのが見えた。

 青くて、丸っこくて、ギガンテスの世界のゾウ様ぐらいの大きさだ。

 始めはのんびりと泳いでいる様子だったので、こちらも気軽に構えていた。


 でもそのまあるい目が僕たちを捉えると、魚は突然こっちに向かって急接近してきた。


「ギャー!」


 4人で手を繋いで逃げる。

 尾びれをバタバタと猛スピードで動かす。


 相手は大きいから小回りは利かないだろうと、岩の間を泳ぐけど、どうやら岩を丸ごと食べながら泳いでいるようだ。

 熱帯魚の群れもどんどん大きな魚に飲み込まれていく。


「ひええー!」


 なおも巨大魚は僕たちに迫ってくる。

 僕たちだけしか見えていないかのようだ。


 僕も尾びれを必死に動かしてはいるんだけど、やっぱり本職の魚にはかなわない。

 だんだん距離を詰められていく。


 大きな魚の大きな頭が僕たちに近づく。

 その顔はどちらかというと愛らしい部類なんだけど、今はそんなことを言えるような状況ではない。

 黒い真珠のような眼は真っすぐに僕たちの方を見ている。


 魚は大きく口を開けた。

 僕の視界はその口の中の暗闇で覆い尽くされ、

 そして……


03 魚の中


「ようこそマーメイドの街へ」


 ぐったりと倒れ込む僕たちのまわりを、マーメイドの集団が取り囲む。

 それぞれ踊りを踊ったり、ハープを演奏したりしている。

 先頭にいるのはマメちゃんだ。


「この前会った人がいたから、フォルちゃんに頼んで吸い込んでもらったんですよー」


 マメちゃんがのんびりとした声音で言う。


 マメちゃんが魚をけしかけたのか。

 すごく恐かったんだからね! 


 フォルちゃんっていうのは僕たちを食べた魚のことかな? 


「フォルネウスちゃんです。私たちマーメイド族はみんなフォルちゃんの中に住んでるんですよー」


 ここは大きな魚の体内なのか。


 起き上がって辺りを見てみる。

 フォルネウスの中は暖かくて、あちこちに光を放つ貝が置いてあって結構明るい。

 僕たちが立っている場所はちっちゃな島のようになっていて、その周りを水が川のように流れている。


 島の上には大きな貝がいくつもあって、その上でマーメイドがお店を開いたり、食事をしたり、休んだりしている。

 ここでは貝が家のような役割を果たしているみたいだ。


 僕たちは周りにいるマーメイドたちとマメちゃんに自己紹介をして、この街を案内してもらう事にした。

 下半身が魚のままだと歩き辛いので、尾びれ型の服は脱ぐ。

 でもその下には何も履いていなかったので、海藻を巻きつけた。


 カラフルな海藻が近くのお店に売っていて、みんな装飾品として買っていた。

 他にも綺麗な貝や真珠のような宝石を売っているお店がいっぱい並んでいる。

 街は基本的に一本道になっているので、迷う事は無さそうだ。


「宿屋さんはないので、私の家に泊まっていってくださいねー」


 先頭を歩くマメちゃんが言う。

 先に進むと、木がたくさん生えている場所があった。


「ここは最近異世界から集めた植物を育ててる場所ですー。こういうものはこの世界では自生してないので重宝されてるんですよー」


 その近くにはレストランがあって、何人かのマーメイドがパスタのようなものを食べていた。


「ここで少し休んでいきましょうかー」


 ちょうど小腹がすいてきた頃だし、何か食べていこう。

 そういう事になった。


「これで大体フォルちゃんの中は案内できましたねー」

「意外と早かったね」

「食べ終わったら私の家に案内しますねー」

「はーい」


 僕たちが頼んだパスタは貝やイカなどがたくさん乗っている贅沢な一品だ。


 フォルちゃんの中は暖かいので、胸に貝を貼り付けて下半身に海藻を巻きつけただけの格好でも快適だ。

 今回はいつもの旅行よりのんびりできそうだ。

 最近いろいろ動き回る事が多かったし、たまには良いよね。


 食後に炭酸のドリンクを飲んで、レストランを出る。

 マメちゃんに案内してもらってたどり着いたのは、ピンク色の貝の上だ。


「ここが私の家ですー」


 貝は人が3人ほど、ぶつからずに大の字になれるぐらいの大きさで、もちろん貝としては大きいんだけど、みんなが泊まるにはちょっと窮屈かも。

 でもまあ、寝る時はその辺の地面に横になれば良いか。

 どうやらマーメイド族は、形式的に自分の住所を持っているだけで、あまり家に帰ることはないみたいだ。


「みんな夜は集まって踊ったり、楽器を演奏したりして、そのまま地面で寝ちゃうことが多いですからねー」


 今もちょっと離れたところで何人かのマーメイドがハープのようなものを奏でている。


「あと、マーメイドは水を介して色々な所にワープすることができるんですよー。私はそれで結構迷子になっちゃったりするんですけど」

「そうだよ、この前も遊んでたら突然いなくなっちゃって、びっくりしたんだから!」


 後ろから誰かが会話に混ざってきたので振り向くと、アザラシの着ぐるみを着た少女がいた。

 足は魚のようになっていない。

 マーメイドとは違う種族みたいだ。


「あっ、ルキちゃん!」

「遊びにきたよん。そっちの人は、旅行者さん? 珍しいねー」


 ルキちゃんと呼ばれた子が僕たちに微笑みかける。


「私はルキちゃん。セルキー族なんだ。マーメイド族とは仲良しでよく遊びにきてるの」


 僕たちもルキちゃんに自己紹介をする。

 マーメイドはゲームとかで知ってるけど、セルキーはちょっと聞いたことないなー。


「そうだ、マメちゃん、この人たち、ケロちゃんに連れて行って良い?」

「えー。この人たちは今日私の家に泊まって行ってもらうんですー」

「この貝じゃあちょっと狭いでしょ。うちのケロちゃんはもっと遊ぶところもあるし、広いよ。うちに来なよ」

「私のうちが良いんですー」


 ぐいぐい。二人で僕の腕を引っ張り始める。


「ていうか最近マメちゃんもうち来てないじゃん。うちで一緒に遊ぼうよ」

「あ、良いですねー」


 マメちゃんがパッと僕の腕を離した。

 その拍子にルキちゃんの胸に抱きついてしまう。

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