第20話 ギガンテスさんとまんまるゾウさん!

13 洞窟へ


「どうするの、ミレイユさん」


 コトが尋ねる。

 場所は宿屋の庭。

 僕たちは一旦部屋に買った荷物を置いて戻ってきたところだ。


「うーん、とりあえず洞窟に行こうかねえ」


 彼女は手を頭の後ろに組んでどこか他人事のように言った。

 さっきまで泣いてたのに、もうけろっとしている。

 切り替えが早いのか、忘れっぽいのか。


「まあ実際の泉を見てみないとね。一応バケツは持っていこう」


 僕が言うと、ミレイユさんは宿屋の従業員の部屋からバケツを持ってきた。

 うーん、これだと何回汲む事になるんだろう。

 まあとりあえず一回行ってみよう。


 ミレイユさんも洞窟に入った事がないというので、部屋に戻って、さっき買ったこの世界の地図を広げて洞窟の位置を確認した。

 観賞用に買ったものが役に立ってしまった。

 洞窟はここから8キロほどのところ。

 人間の歩幅では、それなりの距離だ。


 街の外に出て空を見上げる。

 日はもう傾きかけている。

 この世界の1日が何時間かわからないけど、帰る頃にはかなり暗くなってるかもしれない。


 ゾウ様はリンゴの木の下にいた。

 長い鼻をムチのようにビシビシと打ってリンゴを木から落として、むしゃむしゃと食べている。

 あの鼻でお尻ぺんぺんをされたら痛いだろう。

 何とかミレイユさんを助けないと。


14 洞窟到着


 数本の木に囲まれた地面に、洞窟の入り口がぽっかりと口を開けて佇んでいた。

 こんなRPGに出てくるような洞窟はなかなか自然にはできないと思うけど、中には人が手を加えたような痕跡は見当たらない。


 ミレイユさんに抱えられて走ったので、洞窟までは思ったより時間はかからなかった。

 今回も胸、背中、両腕で4人一気に運ぶスタイルだったんだけど、さっきと違って今は鉄の胸当てをしていないから、感触が柔らかい。

 ふかふかだよ! 


 まあそれはそれとして、洞窟の中に入ろう。

 入り口から足を踏み入れようとした瞬間、


「おお、モノ殿!」


 後ろから声をかけられた。

 驚いて振り向くと、そこにはエルシアさんが寂しげに立っていた。


「エルシアさん! どうしたんですかこんな所で。他の旅行者さんは?」

「みんなでちょっと草原を散策していたんだが、迷子になってしまった……」


 エルシアさんはまたやらかしていた。


「こんな洞窟にはミイニャたちは来てないと思うし、街に戻ったほうがいいんじゃないですか?」

「街がどっちにあるのかわからない……。それにもう何回も失態を晒してるし、今度こそすごく怒られるに違いない! ルーニャ殿はミイニャ殿と知り合いなんだろう!? たのむ、一緒に謝ってくれー!」


 小学生みたいなことを言われてしまった。


「うーん……、じゃあとりあえずワタシたちと一緒に来るにゃ。それで一緒に街に帰って、それから考えるにゃ」

「ありがとうルーニャ殿!」


 がびーん! 

 エルシアさんが仲間に加わってしまった!


15 洞窟突入


 洞窟の中は緩やかな坂になっていて、意外と広い。

 ミレイユさんがはしゃいでぴょんぴょん飛び跳ねてるけど、そういう事が余裕でできるぐらいの広さはある。

 ここに入れないなんて、女王様はどんだけ大きいんだろう。


 ぼんやり光る虫やキノコがあるおかげで辺りは意外と明るい。

 コトと手をつないで青白い光の中を進んでいく。


「ふむ、このキノコ、初めて見たけどなかなかうまいな」


 ミレイユさんがキノコをもぐもぐと食べている。

 あんまり知らないキノコを食べて、ゴブリンの世界での僕みたいに頭からキノコが生えてこなければいいんだけど……。

 などと思っていると、ミレイユさんの全身が青白く発光し始めた。

 幽霊みたいで不気味だなあ……。


 カニやカメが歩いてる道を抜けると、奥の方からさらさらと水の音が聞こえてきた。

 泉が近いみたいだ。

 意外と入り口からすぐのところにあったな。


「なるほど、これが女王様も浴びるという聖なる泉か! ヒャッホー!」


 ミレイユさんが突然服を脱ぎ始めた。

 下着を下ろしてお尻が半分見えた所で僕が後ろから慌てて止めた。


「ミ、ミレイユさん、まずはこれをどうやって女王様のところに運ぶか考えないと」

「む、そうだったな」


 エルシアさんにも歩いている途中で事情は話してあるので、魔法を使う方法も含めて考えないと。


「うーん……」


 みんなで色々と考えていると、後ろからずしーん、ずしーんと何かが近づいてくる音がした。


「な、何だろう」

「この足音は……」


 しばらくするとゾウ様が現れて、ゆっくりとこちらに歩いてきた。


16 ゾウ様登場


「どうしたんだろう……」

「パオ、パオパオパオン!」


 ゾウ様はミレイユを鼻先で指しながら語りかけた。


「ふむふむ、二人の兵士に、私がサボったり、水浴びしたりして遊ばないか見張るように頼まれた? あの二人め……そんな事するわけないじゃないか……!」


 さっき水浴びしようとしてたよね?

 お尻半分出してたよね?


 それからミレイユさんはゾウ様に事情を話した。

 するとゾウ様は、


「パオ!」


 鼻で自分の方を指差した。

 任せろってことかな? 


 ゾウ様は泉の方に歩くと、鼻を水面につけ、ずずずーっ、と聖なる水を吸い込んだ。

 そのまま吸って吸って吸い続けて……。


 10分ぐらい吸うと体が膨らみ始めた。

 それでもまだ吸って吸って吸い続けて……。

 ゾウ様の体はボールのように丸くなった。


 ゾウ様は鼻を水面から離すと、黙って振り返り、出口の方に歩き出した。

 なるほど、吸い込んだ水を女王様のところに運んでいくのか。


 洞窟から出た所で、ゾウ様は立ち止まり、僕の方を向いて背中を鼻で指した。

 乗れってことかな。

 僕たちはゾウ様の背中に乗った。

 丸いから少し乗りにくい。


 ゾウ様は少し助走をつけると、どっしどっしと走り出した。

 さすがに限界近くまで水を体内に溜めているから、かなり力をセーブしてるっぽいけど、それでも速い速い。


「ははは、風が気持ちいいぞー、いけいけー!」


 エルシアさんが腕を振り上げてはしゃいでいる。

 もう街が見えてきた。

 門番の二人はまん丸のゾウ様を見るとギョッとした顔になった。

 ミレイユさんは立ち上がると二人に向かって舌を出した。


「べーっ!」

「むきー! 生意気ミレイユめ! 後で覚えてろよー!」

「はっはー! お尻ペンペーン!」


 ミレイユさんは自分のお尻を叩いて挑発した。


「悔しかったら捕まえて、うわっ!」

「あっ、ミレイユさんがバランス崩して落ちた!」


 調子に乗りすぎたみたいだ。

 ゾウ様はミレイユさんに起きた悲劇に気づかずに走り続け、ようやく城門についた。

 衛兵が慌てた様子で門を開けたので、そのまま中に入る。


17 城


 赤い絨毯が敷いてある床を駆け抜ける。

 奥の方を見ると、正面に薄い幕がかかっている。


 その幕の向こうに、人のシルエットが見える。

 女王様だ。


 想像していたよりもはるかに大きい。

 丸く膨れ上がったゾウ様だって、数十メートルの大きさだけど、それでも女王様の顔の方が少し高い位置にある。

 しかもシルエットの形からすると、今は座っている状態みたいだ。

 立ったらどれ程大きいんだろう。


「あのー、聖なる水を持ってきたんですけど……」


 女王様の横に立っている、大臣っぽい人に恐る恐る話しかける。

 ミレイユさんがいないから勝手がわからない。


「なにっ、それは真か!?」


 叫んだのは大臣(仮)ではなく、女王様本人だった。


「ようやく清めの儀式を行えるのか。最近ではそれだけが気がかりだったのだ。どれ、持ってきた水を見せてみよ」


 すると大臣(仮)が紐を引っ張り、幕が上がった。


「おおっ、ゾウ様か。久しいな」


 幕の向こうにいた女王様は、僕の想像とは少し異なった感じだった。

 他のギガンテスとは違って腹筋も割れていないし、髪も長い。

 美少女のフィギュアをそのまま巨大化したみたいな容姿だった。


「ふむ、では食事が終わったらすぐにでも清めの儀式を行う」


 女王様は食事中だったようで、手には大きなシチューのお皿を持っていた。


「うーむ、それにしてもこのシチュー、ちょと味が薄いな」


 女王様は台の上にあった胡椒の瓶(これは普通のギガンテス用のサイズだったので、女王様の指先程度の大きさしかなかった)を料理に振りかけた。


 するとゾウ様が鼻をムズムズと動かした。

 胡椒を吸っちゃったのかな? 


「パ……パ……」


 ま、まずいぞ。


「パオーーーーーーーーーーーーーーーーーーックショーーーーーーーーーーーーーーーーン!」


 ゾウ様がくしゃみをした。

 その瞬間、彼女の体内にあった水が、弾みで鼻からジェット噴射のように飛び出した。

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