第19話 ギガンテスさんとお昼寝騒動!

08 街を歩く


 街の大通りをミレイユさんと並んで歩く。


「どこに行きたい?」

「うーん、食べ物は後で軽く食べるとして、まずはお店を見ながら歩きたいかな」


 時間的には正にランチタイムって感じなんだけど、ケーキを食べたばかりだからね。

 特にルーニャはまだ少し辛そうだし。

 テュピはまだまだ食べたいようで、通りのレストランとかのメニューを興味深そうに眺めている。


「じゃあまずはこの露店からだな」


 ミレイユさんが指差す通り沿いには野菜や果物、香辛料などを売っている露店が並んでいた。


「わあ、おいしそう」


 果物や野菜を見ると、人間の世界のものをそのまま大きくした感じのものが多い印象だった。

 トマトとか、リンゴとか。

 このスイカみたいなサイズの苺なんて、お土産に持って帰ったらびっくりするだろうな。


 隣には服を並べてあるお店もあった。

 食べ物はまだしも、大きい服は使い道がなさそう……。


「ここにあるのは日常生活で必要なものが多いな。もっと城に近いところには旅行者向けの店も多いんだけどな」


 というわけでそっちの方に向かう事になった。

 ミレイユさんは歩幅が大きいので、ちょっと歩くごとに振り返って僕たちを待って、ということを何回か繰り返した。


「ん、おい、モノ、端に寄ったほうがいいぞ」


 ミレイユさんに言われて振り向くと、後ろの方から何か大きなカゴや箱を持ったギガンテスの行列がやってきた。

 近くのお店の軒下に行って、そこから眺めると、その行列は街の入り口からお城の方までずっと続いていた。


「あれは城の女王様たちのお食事を持っていく行列だ。数日に一回ああやってまとめてお城に作物を運んでいくんだ」


 女王様かー。

 どんな人なんだろう。


「女王様の姿は滅多に見れないぞ。ギガンテスは生きている限りずっと体が大きくなるんだが、女王様は大きすぎて城から出られないんだ」

「えっ」


 僕はお城のほうを見る。

 入り口には大きな門がある。

 ミレイユさんの身長と比べても数倍はある。

 それでも出られないなんて、どれだけ大きいんだ。


「おーい、それよりお店に行くんだろ、こっちだ」


 ミレイユさんが手招きしている。

 僕たちは行列のそばを離れて、大通りから横道に逸れた。


「この辺りは旅行者が多いだろ?」


 確かに、周りを見るとギガンテスとは違う種族が結構いる。

 下半身が蛇の女の子、犬耳と炎が燃え盛る尻尾を持つ女の子、僕の太ももの高さぐらいの背丈で、ハンマーを持っている女の子など。

 中にはゴブリンの子やスライムの子もいる。

 今までの世界では、他の世界の子はあまり見かけなかったからなあ。

 ここは異世界旅行がかなり盛んみたいだ。


「ギガンテスの世界は大きさ以外はあまりクセがないから、行きやすい異世界として人気にゃ」


 なるほど。

 確かに、暑すぎず寒すぎずの気候だし、空を飛んだり水に潜ったりして移動しなくちゃいけないわけでもないし、旅行しやすい世界かもしれない。

 ルーニャと同じケットシーの子も何人かいる。

 彼女の知り合いもいたりしないのかな? 


「うーん、ケットシーはほとんど誰でも異世界案内人になれるし、とっても人数が多いにゃ。知り合いに会える確率はかなり少ないと思うにゃ」


 そんなことを話している間も、ミレイユさんとの距離は開いていくので、慌てて背中を追いかける。


09 ルーニャの友達


「キャー!」


 不意に少し離れたところから悲鳴が聞こえた。


「何だ何だ」


 ミレイユさんが走って声のする方に行ってしまう。

 僕たちも走って追いかける。


「いやーん! 何するんですかー!」

「す、すまない。風の魔法が暴走して……」


 あ、なんかデジャヴ……。

 そこにいたのはエルフの世界でいろいろお世話になった人、エルシアさんだった。

 僕の時みたいに、魔法で誰かの服を引き裂いてしまったみたいだ。


 彼女の隣には牛の着ぐるみを着た女性がいた。

 着ぐるみのあちこちが破れて豊満な胸がこぼれてしまっている。

 僕はエルシアさんにグッジョブ、と握手を求めに行こうとしたけど、コトに頬っぺたを引っ張られて正気に戻った。


「大丈夫ミノンさん!? ちょっとエルシアさん、またなのみゃ!? いい加減にするみゃ!」


 側では金髪のケット・シーがプンプンと怒っている。


「まったく、ルーニャのやつの知り合いだって言うから不安だったけど、やっぱり予感、いや、悪寒が的中したみゃ!」


 ん、今ルーニャって単語が聞こえたような気が……。


「あー、ミイニャちゃん!」


 ルーニャがそのケット・シーを指差して叫んだ。


「ゲエッ、ルーニャ!」


 ミイニャと呼ばれた猫娘は驚きに目を丸くした。


「ミイニャちゃーん、久しぶりだにゃー」


 ルーニャはミイニャの元に駆け寄ると、抱きしめてすりすりした。


「ひいいっ、やめるみゃ!」


 ミイニャの髪がゾワッと逆立つ。


「ふーっ、ふーっ」

「モノさん、この子はワタシの幼馴染で親友のミイニャちゃんだにゃ」


 怒って興奮している様子のミイニャを僕たちに紹介するルーニャ。


「きーっ! 私はルーニャの親友になった覚えはないみゃ! いつもいつも勝手に……」

「まあいろいろ積もる話があるにゃ。とりあえず今夜バーで語り合うにゃ」

「ルーニャは飲めにゃいでしょ!」

「まあまあ、気分だにゃ」


 にゃーにゃーと話し合う二人。


「おお、君はモノ殿とコト殿。奇遇だな」


 エルシアさんは今僕たちに気づいたようだ。


「私は今宿屋を更に盛り上げるための秘訣を学びにこの世界に遊……勉強しに来たんだ。先ほどの失態もほんの些細な物だ。決してダリアに言いつけるなよ」


 彼女はその辺の露店で売っているフランクフルトを口にくわえ、ソフトクリームやコロッケ、おせんべいのような物を手に持っていた。

 満喫してるなあ。


「じゃあ夜、大地の巨人亭で待ち合わせにゃ」

「あーもう、わかったみゃ! ちょうどここには数日滞在する予定で、時間があるから付き合ってやるみゃ! みなさんごめんにゃさい、観光の続きをするみゃ」


 ルーニャたちの話が終わったみたいだ。

 ミイニャがエルシアさんと牛娘(ミノタウロス族だにゃ byルーニャ)、ほか何人かを連れて去って行った。


「じゃあまた会おうモノ殿」


 エルシアさんが手を上げて別れを告げる。

 その拍子に手に持っていたソフトクリームがミイニャの顔につく。


「つめたっ! きーっ! ホントいい加減にして欲しいみゃ!」

「す、すまん!」


 うーん、大丈夫かな。


10 買い物


 近くのお店の前で待っていてくれたミレイユさんと合流して散策の続きをする。

 お城に近づくにつれて、ミイニャたちのような異世界旅行者たちの姿は増えていって、お店の商品もギガンテス用のサイズの物ばかりではなく、もっと小さめの物も多くなった。


「この辺りが主に旅行者向けの区画だ」


 うーん、色々な物があるぞ。

 出発前に慌ててお土産を探さないで済むように、今のうちにいい物は買ってしまおう。


「じゃあこれからしばらく自由時間にするにゃ」


 そう言うとルーニャはテュピと雑貨屋に入っていった。

 ミレイユさんはちょっとした広場の草の上に横になると寝てしまった。

 寝てから数秒で大きないびきをかき始めたので、近くで寝ていた大型犬のような大きさの猫がびっくりして逃げてしまった。


 僕はコトと手を繋ぐと、通りを適当に歩いた。

 途中、おそらくエルシアさんが買ったと思われるソフトクリームやコロッケを売っているお店を見つけたけど、まだあまりお腹は空いていなかったので通り過ぎた。


 ぬいぐるみのお店もあった。

 中には僕たちと同じぐらいの大きさか、それよりも大きな動物のぬいぐるみが所狭しと並べられている。

 値段もそれほど高くない。

 思わず欲しいと思ったけど、さすがに置くスペースがなー。

 コトはかなり真剣に迷ってたけど、最終的には諦めたみたいだ。


 隣のお店で目に付いたのは、この世界の地図だった。

 異世界の地図が壁に貼ってあるというのも、ミステリアスな感じでちょっといいかもしれない。

 よし、買おう。


 向かい側は本屋だった。

 この世界の文字は読めないので早々に立ち去ろうと思ったけど、よく見ると絵本や画集など、文字があまりない物がメインだった。

 なるほど、異世界の人向けに考えられた品揃えになっているみたいだ。

 ギガンテスの世界の歴史的な名画が集められているらしい画集を1冊買った。


 コトはそこから少し離れた店で大きなコーヒーカップを買った。


 あと穴場だったのがギガンテスの幼児向けのおもちゃ屋さんで、手頃な大きさの人形がたくさん売ってた。

 ふう、今回は結構お金を使ったなー。


 途中お菓子が入った大きな袋を抱えたルーニャとも合流したので、そろそろミレイユさんのところに戻ることにした。

 まだ広場で寝てるのかな。


 広場の緑の方を見ると、ミレイユさんの姿はなかった。

 どうしたんだろうと思ってあたりを見ると、近くにあった隠れ家的なカフェの扉の前に大の字で横たわっていびきをかいていた。

 寝ている間にここまで転がってしまったみたいだ。


11 爆睡ミレイユ


 彼女の周囲にはお店に入りたがっている人や、好奇心から眺めている人などでちょっとした人だかりができていた。

 ギガンテスの野次馬は「またか」というにやけ顏を、それ以外の種族の野次馬は面白い土産話ができたかもしれないという期待に満ちた顔を浮かべていた。

 恥ずかしいけど、他人の振りをするわけにもいかないので駆け寄って声をかけた。


「ミレイユさーん、起きてくださいよー」

「ぐごごー! ぐおー! フンガー!」


 ゆすっても起きない。

 どうしたものかと思案していると、


「ミレイユ! またお前か!」


 二人の兵士がやってきた。

 町の入り口前にいた人だ。


「こらー、起きなさーい!」


 兵士はミレイユさんの体を無理矢理起こすと、頬をペチペチと叩いた。


「ふがっ! ん、ママ、もうご飯?」

「何を寝ぼけている! みんなに迷惑をかけて、もう勘弁ならん! ゾウ様にお尻ぺんぺんの刑をしてもらう時が来たようだ……!」

「ひええ、そ、それだけは勘弁してくれ! 何でもするから」


 ミレイユさんはまた地面に横になると、駄々っ子のように手足をバタバタとさせた。

 周りにいる人たちがクスクスと笑う。


「いいや、もうこれ以上は見過ごせないな。最近は1日一回は厄介事を起こしてるし。そのせいで勤務中の昼寝時間が著しく減っちゃったんだぞ!」


 プンプンと怒っている兵士のお腹をもう一人がつっつく。


「まあまあ。ミレイユに『あの事』相談してみたら?」

「ん? うーん、なるほど……。少し頼りないがまあいいか……。ミレイユ、私たちの頼みごとを聞いてくれたら罰は無しにしてもいいぞ」

「本当か!? 面倒で気がすすまないが何でも話してくれ!」

「わかった。ここは人が集まってるからお前の宿屋で話そう」


 二人の兵士はそう言うと踵を返し、宿屋の方に向かった。


「よし、モノたちも協力してくれ」

「え?」


 ミレイユさんは起き上がると、僕とコトを小脇に抱えて宿に走って行った。


「待って〜」


 ルーニャとテュピがあとを追いかけた。


12 女王の話


「頼みというのは女王様についてなんだ」


 薄暗い灯りと、ギガンテス族の建物にしては低い天井。

 話し合いは大地の巨人亭の中にあるバーで行われた。

 この場にいるのはバーのマスターとミレイユさん、二人の兵士、そして僕たち旅行者4人だけだった。

 兵士たちは僕たちが話に加わるのを渋々ながらも了承してくれた。


「ミレイユも知っての通り、女王様は今年で2000歳の誕生日を迎える。ギガンテスは生きている限り体が成長する。そして必要な食料なども増えていく。城の前にできる作物の行列も長くなる一方だ。まあそれはいい。お前に頼みたいのは水の事だ」

「水?」

「女王様は100年ごとに平原の向こうにある洞窟の、聖なる泉で水浴をする事になっている。泉の水には魔よけや体の浄化などの効果があるからな。ところが女王様は大きくなりすぎて城から出られなくなってしまった。仮に城を少し破壊して出たとしても、今度は洞窟の入り口が狭くて入る事ができない。そこでお前の出番だ」

「どうすればいんだ?」

「バケツで洞窟と街を往復して水を汲んできてくれ。数千回往復すれば何とかなるだろ」

「嫌だー!」


 ミレイユさんの叫び声が宿に響いた。


「うおーん! いやいやー!」


 ミレイユさんは椅子から床に転げ落ちるとゴロゴロした。

 バーのマスターが迷惑そうな顔をしている。


「はっはっは。まあ方法は何でもいい。水をこっちに持ってくるのでも、女王様をどうにかして向こうに連れて行くのでもいい。とにかく聖なる泉の水で女王様を水浴させる事に見事成功したらお尻ぺんぺんは許してやろう」

「うう……」


 そう言うと二人の兵士は帰っていった。

 と思ったら引き返してきて、お酒やおつまみをじゃんじゃん頼み始めた。

 お酒の誘惑に勝てなかったようだ。

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