第11話 ゴブリンの親分になっちゃった!

15 キノコの奇蹟


 ひえー! 

 沼の水面まで20メートル近くある。

 ちょっとまずいよ! 

 リンを抱きしめながら目をぎゅっとつむったその時、


「んごー、んごー、んごごごごごごごごごごごごごごごー!」


 いままでずっと寝ていたマタンゴが起きて叫び声を上げた。


 すると、地鳴りのような音が辺りに響いて、

 沼が——爆発した。


 いや、キノコだ。

 沼の底からキノコが爆発的に成長して、沼全体を覆い尽くし、さらにぐんぐんと伸びていく。


「ぶべっ」


 僕たちはキノコの上に着地した。

 柔らかいのであまり痛くない。

 コトやルーニャたちも無事みたいだ。

 ルーニャは勢い余ってキノコの山に上半身を突っ込んだ状態だったけど、


「このキノコ、おいしいにゃ〜」


 と言っているので大丈夫だろう。


「た、助かったー……」

「お、おい」


 腕の中で声がする。

 あ、リンを抱きしめたままだった。


「あ、ごめん」

「いや……、ありがとな……。あたいのこと助けようとしてくれて」

「う、うん」


 それにしても今回は焦ったな。

 思わず汗をかいちゃったよ。

 手に持っていた布で額を拭う。

 ん、これ何だ? 


「えっ……? お、おい、それは……」


 リンの声が震えている。


「?」


 布を広げてよく見る。

 それはリンの赤いとんがり帽子だった。

 落ちた拍子に掴んじゃったみたいだ。


「……お前の、勝ちだ……」


 その瞬間、朝と試合終了を告げる鐘が鳴った。


16 解毒と解呪


 それから、キノコの山を渡って洞窟に入った僕たちは、呪術師ゴブゾンビにお願いしてリーナの解毒と僕の解呪をしてもらった。

 両方ともあっさり解決した。

 リーナはゴブゾンビが、


「キエーッ!」


 と叫びながら頭をチョップしたらキノコを吐いて治った。


 僕のマタンゴの方は、さっき叫んでキノコを成長させた時点で満足したみたいで、すぐに頭から下りてくれた。

 それでもアジトに戻る頃にはみんな疲れ果てていた。

 今は人間の時間でいうと、朝の七時ぐらいか。


 この世界では、そろそろ寝る時間だ。


17 親分


「あたいが勝負に負けたのは生まれて初めてだ。今からあんたが親分さ」


 リンは僕に赤いとんがり帽子を渡した。


「えっ、う、うん……」


 起き抜けにそんなことを言われてしまった。

 今はお昼過ぎだ。

 コトは僕の隣ですやすや寝ているし、テュピは寝ぼけてルーニャの尻尾をガジガジかじっている。

 ルーニャは、


「うう、ドラゴンに食べられる……」


 悪夢を見ているのか、呻き声をあげている。

 周りにいる子分のゴブリンもぐうぐういびきをかいている。

 この辺りで起きているのは僕とリンだけか。

 あと僕の頭からとれたマタンゴがぴょこぴょこと走り回ってるぐらい。


「ほら、受け取りな」


 赤い帽子を僕にかぶせるリン。

 その目は泣き腫らしたように赤くなってる。

 初めて試合に負けたみたいだし、もしかしたら寝ていないのかもしれない。


 僕は別に帽子を取ろうとして取ったわけじゃなくて、たまたま偶然だったし。

 もうマタンゴも取れたわけだし。

 あと数時間で帰るし。

 今回のゲームはなかったことにしても良いと思うんだけど。


 でもこの勝負はゴブリンの掟で。

 大切なもので。

 それを断るのも悪いのかもしれない。


 まあ、せっかくだから束の間の親分を堪能しようか。


「よし、じゃあ今からあたいは子分、あんたは親分だ。よろしくな。お、親分……」


 リンは慣れないみたいで少し照れてる。

 僕だって親分なんて呼ばれたのは初めてだし、何だかくすぐったい感じだよ。

 そんな感じで親分になってしまった。


 それから約一時間。

 リンは僕のすぐそばについてマッサージしたりおんぶしようとしたりしてくるし、コトやルーニャまで悪乗りして、


「おやぶんおやぶーん♪」


 と抱きついてくる。

 テュピは、


「親分、足揉めー……」


 とマイペースだ。


「そろそろ風呂の時間だぞ、親分」


 リンはそう言うとタオルとかを用意し始めた。

 ここに来た時に彼女が入ってたドラム缶風呂に入れてくれるのかな。


「いや、あれを見てくれ」


 リンは沼を指差した。

 寝る前まではキノコで覆い尽くされていた沼も今はすっかり元通りだ。

 そこでゴブリンが何人も泳いでいる。


「あたいらは普段はドラム缶風呂だけど、祝日にはみんなで沼に入って体を清めている。色々なキノコの成分が溶け出していて力がみなぎってくるんだ」

「へえ、今日は祝日なんだ」

「ああ。今日は新しいリーダーが誕生した日だからな」


18 キノコの沼


 みんな服を着たまま沼に入っているので、僕もそれに倣ってそのまま飛び込む。

 何だか水は濁っていてお世辞にも綺麗とは言えないんだけど、体には良いらしい。

 コトとのんびりと浸かっていると、


「親分! 新しい親分!」


 大勢のゴブリン達が寄ってきてペタペタと触ってきた。


「へへ、親分!」


 リーナが背中から抱きついてくる。


「お前ら……、あたいにはそんなになついてなかっただろ……」


 リンが少し不機嫌そうになる。


「だってー、リン親分はこわいもーん!」

「お前らー!」

「きゃー」


 リンと子分の追いかけっこが始まった。

 うんうん、みんな仲良しだなあ。

 彼女達の方を眺めていると、


「おやぶんおやぶん! あたしとも遊んで!」


 背中をツンツンと突かれた。

 振り向くと、


「わっ」


 翼の生えた少女が満面の笑みで僕を見ていた。

 明らかにゴブリンとは違う種族だぞ。


「はーやーくー! 遊んでくれないとつまんなーい!」


 短い金髪の少女は手足をバタバタとさせる。


「あの、君は?」

「あたしはハーピーのピヨ。おやぶんはゴブリンのおやぶんでしょ!? せっかく遊びに来たんだから、遊んで!」

「いや、僕は今親分になったばかりで、ゴブリン族じゃなくて……」

「も〜! 遊んでくれないんならあたしが勝手に遊ぶ〜!」


 そう言うとピヨは僕をひょいと背負って、空に舞い上がった。


「ひええ〜!」

「きゃははー! 下見てー! キノコ! キノコ! きゃははははー!」


 ビュンビュンと飛び回るピヨと必死で背中にしがみつく僕。

 ひえー、目が回る〜! 


「モノー、あとで私とも遊んでねー」

「ふむふむ、次はハーピーの世界も良いかもしれないにゃ。うう、でも高いところは……」


 コトとルーニャの二人はのんびりとキノコ水浴を楽しんでいた。


19 帰る


「なあ、本当に帰るのか?」


 帰る時間になった。

 リンや子分達が見送りに来てくれた。


「うん。さみしいけど、帰る場所があるからね」

「そうか。そうだよな」


 リンは寂しそうに笑った。


「帽子、返すよ。親分がいないと困るでしょ?」


 赤いとんがり帽子を脱いで渡すと、突き返された。


「それはお前のものだ。返したかったら、また来てあたいと勝負しな! 今度は負けないからな!」

「う、うん。絶対行くよ」


「またねー親分ー!」

「すぐ来てくれないとやだよー!」

「おいしいキノコ鍋作るからねー!」


 子分達が次々と僕やコト達に飛びついてくる。

 うん。

 今回も良い旅行だったな。


20 家


「ただいまー」

「おかえり。旅行どうだった?」


 テュピの髪に包まれて家に帰ると、お母さんがキッチンで朝食を作っているところだった。


「ゴブリンの世界に行ってきたにゃ。キノコだらけで楽しかったにゃ」

「まあゴブリン。それで、お土産は?」


 うーん、お店とかなかったし、特に用意してないぞ……。

 リンのとんがり帽子は大事なものだからあげるわけにいかないし。

 ちなみにエルフの世界でもらった変Tはあげたけどね。


 どうしようかな。


「はい、これ」


 コトがお母さんに小さなキノコを幾つか渡した。


「美容に良いキノコだよ。お風呂に入れて使ってね」


 コト、いつの間にお土産を用意してたのか。


「ありがとうコトちゃん! モノと違って気がきくわね! コトちゃんみたいな子がモノのお嫁さんになるんなら安心ね」

「まかせて! 結婚の事も孫の事も、何も心配はいらないからね!」


 ……なんかコトとお母さんが話してると自分の家にいるのにアウェーみたいな気分だよ。

 じりじりと壁際に追い詰められてる感じ? 


 僕はとんがり帽子を目深にかぶった。

 ゴブリンの親分も、家ではこの二人に頭が上がらないよ。

 トホホ。

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