第10話 ゴブリンの子分になっちゃった!

10 リーナとぶつかっちゃった


 抱き合ったままゴロゴロ転がる僕とリーナ。

 そのままキノコがたくさん生えている場所に突っ込んでしまった。


「いたた、ごめん! ケガはない!?」

「う、うん……ん?」


 ゆっくりと体を起こすリーナ。

 大丈夫みたいだ。


「こ、これは」


 リーナの目の前には大きなキノコがひっそりと生えていた。


「これならすごいキノコプリンが作れるよ! よーし!」


 リーナとその友達はバナナのように黄色いそのキノコを引き抜くと走り去って行った。

 僕もリン達のところに戻るか。

 でもズボンがないままで移動するのは恥ずかしいな、と思っていると、


「モノ! 大丈夫だった!?」


 コトが僕のショートパンツと下着を持ってやってきた。

 それを履いてバシルームのところに戻る。


「おう、モノ」


 リンは相変わらずバシルームを調べていた。


「何かわかった?」

「いや、よくわからないな。こんなことは初めてだ」


 そうかー。

 親分のリンでもわからないのかー。

 バシルームはぐるぐると落ち着きなく動いている。


「ん?」


 突然バシルームの動きが止まり、シュルシュルと天に向かって勢いよく伸び始めた。


「何だ何だ」


 空を見上げる。

 大きな月が浮かんでいる。

 それに照らされて、バシルームは白く光りながら尚も伸びていって……、


 ぽぽぽぽーん! 


 という破裂音が響き渡った。


11 バシルームの胞子


「わわっ、何? 何なの?」


 慌てて辺りを見る。

 何か空からキラキラと輝く粉のようなものが降ってきた。


「これは、バシルームの胞子だ!」

「胞子!?」

「ああ。キノコはこれで増えるんだが、バシルームの胞子なんてあたいも初めて見たぞ……」


 そんな珍しいものなのか。

 胞子が地面に落ちると、そこから早速小さな白いキノコが生えてくる。


「これで数ヶ月もすれば移動に使えるバシルームがたくさんできるな。賑やかになりそうだ。あんたたちも良いものを見れたね」

「うん。良い旅の思い出ができたよ」

「そうかそうか。それで、ところで何か忘れてないか?」

「えっ?」


 リンの方を見ると、彼女の手には茶色いとんがり帽子があった。

 指先でそれをくるくると回している。


 僕はハッとして頭に手をやる。

 マタンゴがぐうぐう寝ている他は何もない。

 いつの間にか帽子を取られてしまっていたようだ。


「お前がバシルームに捕まって飛ばされた時にな。不可抗力だけど、あんたは気付いてなかったみたいだし。これで勝負ありだね」

「うぅ……」


 リンの子分になってしまった。


「さて、上に戻るか。バシルームも子分も増えたし、今日は良い日だな! あはは!」


 リンは上機嫌で僕の帽子をくるくると回しながら歩き始めた。

 バシルームはもうしばらくは様子を見るから、徒歩で帰る。


「ふう、ちょっと疲れたな。そうだ、モノ、子分なんだからおんぶしてくれ」

「え〜、やだよ」

「親分の言うことは聞くもんだぞ」

「しょうがないな……」


 リンを背負う。

 背丈は僕の胸の高さよりも低いくらいだし、そんなに重くないや。


「ずる〜い! 私もおんぶして〜!」


 コトが腕にしがみついてくる。

 うーん、リンを子分にすることに失敗しちゃったし、マタンゴはどうすれば良いんだろう……。


12 リンの子分


「ふぅ〜、疲れたー」


 リンはアジトに戻ると床に座って靴を脱いだ。


「モノー、足もんでくれー」

「…………」


 子分なので素直にリンの足を揉む。


「あ、そうだー。一応朝まではゲームは継続中だからなー」

「え、もう僕の負けで確定しちゃったんじゃないの?」

「本来はな。でも今回は特別ルールでそっちの3人も参加することにしただろ?』


 コト、ルーニャ、テュピを指差すリン。


「あたいが全員の帽子を取るまではチャンスはあるさ。朝まであと二時間ぐらい……ま、精々頑張りな」


 そうか、まだ完全に終わったわけじゃないのか。

 もうすっかり子分の気分になっちゃってたよ。


「あ、モノ、足の次は腰な」

「はい、合点承知です親分!」

「モノ……」


 コトが白い目で僕を見ている。

 これはゴブリンのルールだからしょうがないんだよ! 

 リンの背中を服の上から丁寧に押す。


「うっ、なかなかやるな」


 気持ち良さそうに呻くリン。

 マッサージのことはよく知らないから適当なんだけどなー。

 ルーニャたちは周りで他のゴブリンたちと話しながらも、リンの隙をうかがっている。


「あ、蛍……」


 ふらふらと虫を追いかけるテュピ。

 こっそり隙をうかがってるんだよね? 

 僕のこと忘れてないよね? 

 しばらくそんな感じでリンのことをマッサージしていると、


「…………」


 最初のうちは色々喋っていた彼女が、何も言わなくなった。

 寝ちゃったのかな? 


「…………」


 このチャンスを逃す手はないよね。

 僕はそっと彼女の帽子に手を伸ばす……。


「むにゃ」


 あともう少しで手が届くと思った瞬間、いきなりリンが僕の腕を掴んで、


「うぎゃー!」


 遠くへ投げ飛ばした。

 その小さい体からは信じられないぐらいのパワーだ。

 僕は受け身を取ることもできず、キノコの階段をボヨンボヨンと転がり落ちる。


「うひひ、プリン……」


 リンは僕の悲鳴にも気づかず寝言を言っている。

 寝ててもこれじゃあ、帽子を取る隙なんてないぞ……。

 さっきキノコプリンを食べているときは隙だらけに見えたけど、多分帽子に手をかけた瞬間気付かれただろうなー。

 そんな感じで、日の出の時間がどんどん迫っても、僕たちは何もできずにいた。


13 リーナ、呪われる


「親分親分! 大変です!」


 青い帽子をかぶったゴブリンが下から駆け上がってきた。


「あー、またか。今日は仕事が多いな。どうした?」

「リ、リーナが、とにかく来てください!」


 リンは頭をぽりぽりとかきながら子分の後をついていく。

 もちろん僕もだ。

 子分だもんね。


「うっきー! うっきー!」

「なんだこりゃ……」


 下に降りると、リーナが猿のように踊りを踊っていた。


「うっきー!」

「おいリーナ、ふざけてないでちゃんと話せ」

「うっきー!」


 楽しげにリンの周りでくるくるとステップを踏むリーナ。


「リーナがルーニャみたいになっちゃった!」

「失礼にゃ!?」


 踊り方が似てる気がするんだけどなあ。


「親分、リーナはこれを食べたんです!」


 リーナの友達がリンに大きな黄色いキノコを渡した。

 さっき僕がリーナにぶつかっちゃったときに見つけたキノコだ。


「こ、これは超危険な幻の毒キノコ、サルノコシヌケ! これを食べた者は奇妙な踊りを踊り始め、1日以内に解毒しなかった場合は永遠に踊り続けることになるという……」

「ひいい! リーナを助けてください!」

「うっきっきー!」


 リーナの友達は泣きながら懇願した。

 リンは厳しい表情で腕組みしている。


「わかった。呪術師に相談してみる」


 リンはリーナの手を掴むと、階段を駆け上がった。


「あの向こうにある洞窟が見えるか?」


 リンが指差す方を見る。

 沼の遥か彼方に、かがり火と洞穴が見える。


「呪術師ゴブゾンビはそこにいるんだ。今からあそこに向かう」

「でもどうやってあんな沼の向こうに?」


 洞穴がある小さな島は絶海、じゃなくて絶沼の孤島のような感じで、周りに橋もないし、高い場所にあるので船とかでも近づけそうにない。


「まあ見てなって」


 リンは口笛を吹いた。

 ピー、ヒョロリロリローン……。

 寂しげな音が響く。


 それからしばらくは何も起こらなかった。

 でも少し待っていると、どこからかブーン……、という静かな音が聞こえてきた。


「あれは……」


 向こうから大きなキノコの傘が飛んできた。


「空飛ぶキノコだ。ゴブゾンビの魔力で飛んでる。これに乗ればあの洞穴まで行ける。でも奴の魔力も無限じゃない。すぐ乗って洞窟に急ごう」


 みんなでそのキノコに飛び乗ると、ブイーンという音を立てて洞窟に向かってゆっくりと飛び立った。


14 洞穴へ


「悪いな、巻き込んで」


 キノコの上でしばらく無言だったリンが口を開いた。


「いや、子分だし」

「お前のマタンゴもなんとかしてもらおう」

「え、いいの?」


 結局試合に勝てなかったのに。


「ああ。ついでだからな。それにもともと帰る前には治してもらうつもりだったよ」

「そうだったの!?」

「当たり前だろ。旅行者をそんな呪われたままの状態で帰らせるわけにいかないだろ」

「じゃあなんで勝負なんて……」

「その方が旅の思い出になるだろ?」


 そこまで考えてくれてたのか……。

 良かった……。

 

 でも今はリーナのことが最優先だ。

 彼女は今も僕たちの横でうっきうっき言いながら踊っている。


「ほら、おとなしくしてろ。もう少しで着くから」


 今はようやく洞窟まで半分ぐらいのところだ。

 空はだんだん白くなっていく。

 この分だとあともう少しで朝の鐘もなるだろう。


「リーナも悪かったな。キノコプリン食べちまって。今度特大のやつやるよ」


 リンがぽんぽんとリーナの頭を叩くと、


「うき!? うっきうっきっきー!」


 飛び上がって抱きつくリーナ。


「わっ、バカやめろ!」


 よっぽど嬉しかったのか、今までよりも一段と激しい踊りを踊るリーナ。


「うっきうっき、うっ……」


 つるりーん。

 そんな音を立ててリーナは足を滑らせた。

 あっ、落ちる! 


「うおっ!」


 リンが慌てて手を掴んで引き寄せる。


「うわあっ!」


 入れ替わりになってキノコから落ちかけるリン。

 僕は思わず両手を伸ばして彼女を抱き寄せた。

 けど……、


「わわっ」

「きゃあっ」

「うにゃー!」

「おお……」

「うっきー!」


 空飛ぶキノコのバランスが大きくずれて、全員落ちてしまった! 

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