第9話 ゴブリンの世界の空を半裸で飛んじゃった!

07 ゴブリンのルール


「あたいが今かぶってるとんがり帽子、他のやつとは色が違うだろう?」

「うん」


 リンがかぶっているのは赤い帽子。

 他の子は緑とか青、茶色が多い。

 僕たちは茶色だ。


「これはゴブリンのランクを示しているんだ。赤が一番偉い。それから青、緑、茶色と続く。あたいはこの辺りで一番偉いんだ」


 やっぱり帽子の色は階級と関係あったのか。


「どうすればランクを上げられるの?」


 旅行者が簡単にランキングに割り込める様なシステムになってるとは思えないんだけど。

 でもランクを上げないと呪術師にマタンゴを取ってもらえないんなら、挑戦してみないと……。


「ゴブリンのランクを分ける能力……、それはシーフのスキルさ」

「シーフ?」


 それって、盗賊のことだよね。

 僕、物を盗むのはちょっと……。


「まあ私のハートは出会った頃からモノに盗まれっぱなしだけどね!」


 コトが口を挟んでくる。


「なーに、難しいことじゃないさ。あたいの帽子を取ればいい。それで王座交代さ」

「えっ、そ、それだけ?」

「ああ。下のランクが上のランクの帽子を取れば、階級が入れ替わる。上のランクか同じランクが勝てば、負けた方は勝った方の子分になる。それがゴブリンの掟さ」


 シーフなんていうから身構えちゃったけど、ゲームみたいな感じなんだね。


「ルールは3つ。その1、この試合が始まるのはお互いが合意して、鐘がなった瞬間からだ。その2、試合の期限は次の日の朝の鐘が鳴るまでだ。その3、帽子を取られた瞬間を相手に気付かれたら無効だ。力づくで奪うのは禁止。それじゃあ盗賊のスキルは測れないからな。それ以外は、まあ概ね何でもありだ。どうだい、やるかい?」


 リンは試す様な眼でそういった。

 参ったなあ。

 負けたら子分にされちゃうなんて。

 相手はゴブリンの世界で一番偉い盗賊だ。

 それに対して僕はその手の非行とは一切無縁の学校生活だったし、勝算は皆無だ。

 しかもそれに加えて、


「んごー! んごー! むにゃむにゃ……!」


 マタンゴが僕の頭の上で寝てしまっていびきをかいている。

 これじゃあ気付かれずにリンに近づくなんて出来そうにないよ! 

 ちょっと戸惑いを見せるとリンは、


「まあ、流石にあんたに分が悪すぎるし、特別にあんたたち4人まとめて相手してやるよ。4人対あたい1人だ。これでどうだい?」


 そう言ってくれた。

 4人なら、3人がリンの気を引いて、もう1人が帽子をこっそり取る、みたいな連携プレーもできるね。

 それに、僕の帽子が取られないように常に誰かに見張ってもらう事もできるし、かなり難易度は下がりそうだ。


「わ、わかった。挑戦するよ」

「よし! じゃあ今からスタートだな!」


 リンは口笛を鳴らした。

 すると、


 ご〜ん!


 どこか遠くの方で鐘が鳴った。

 これが開始の合図か。


08 試合開始


「コト、ルーニャ、テュピ、お願い、力を貸して!」


 僕が振り返って3人に協力を要請すると、


「帽子を取ったら子分に……? モノにあんなことやこんなことを……。いや、私が負けてモノに色々命令されちゃうのも……。でもそれは別に子分にならなくても……。やっぱり……、ううん、ダメダメ! モノのことを助けないと……!」


 ブツブツ言いながら何かと戦っている様に首を振るコト。


「あの、コトとは試合してないからね?」


 大丈夫なのかな……。

 リンの方を見る。

 気付かれずに事を遂行しなくちゃいけないというゲームの性質上、朝までずっとお互いに警戒していればどっちも帽子を取られずにノーゲームになってしまうけど……。


「親分、下の方でリーナが喧嘩を! 何とかしてくれ〜!」


 階段の方からゴブリンが少し慌てた様子でやってきた。


「やれやれ、またあいつか。今行くよ」


 リンは呆れた様子で階段に向かった。

 そうか。

 旅行者で時間がある僕たちと違って、親分であるリンにはやる事がある。

 どこかで隙が生じるかもしれない。

 ふふふ。

 勝機が見えてきたぞ。


 僕たちもリンについていく。

 下では2人のゴブリンが取っ組み合いの喧嘩をしていた。


「これは私のキノコプリンだ!」

「ふざけるな! 私の方が先に取っただろ!」

「ばかー!」

「あほー!」


 お互いのほっぺたをつねったり、罵り合ったりしている。

 周りには人だかりができていて、賭けをしたりして盛り上がっている。


「おいおい、くだらない事であたいの手を煩わせないで欲しいんだけどなあ」


 リンが輪の中に入って2人の肩をつかんだ。


「「親分! だってこいつが!」」


 2人同時に相手を指差しながら言った。


「はいはい、喧嘩両成敗さ。というわけで……キノコプリンはあたいが貰おう!」


 そう言うとリンはキノコのテーブルの上にあったプリンの器をひょいと取り上げ、口笛を吹きながら階段を登り始めた。


「あー!親分のばかー!」

「親分のあほー!」


 2人は泣きながらリンを指差している。


「お、親分……、2人を仲直りさせるためにあえて憎まれ役を……!」


 周りの子分たちは感動していた。


 再び自分の場所に戻ったリンはホクホク顏でプリンを食べ始めた。

 プリンと言っても小さなカップではなく、丼に入っていて、キノコや野菜が入っているみたいだ。

 もしかしたら茶碗蒸しに近いものなのかもしれない。


「ああ〜、うま〜」


 床に座って夢中になって食べているリン。

 その顔には満面の笑みを浮かべている。

 ……これはチャンスかもしれない。

 幸い頭の上のマタンゴも、今はいびきは止まっているみたいだし、そろそろと音を立てずにリンの後ろに回る。

 ルーニャとテュピはそれを察し、リンの気を引こうとする。


「それおいしいにゃ? ワタシにも一口ちょうだい!」


 尻尾をフリフリしながらルーニャがおねだりする。

 テュピも真似してくねくねと踊る。


「えー、やだよ。試合に勝ってあたいより偉くなったら考えてやらない事も……、ん、試合!?」


 リンははっとして振り返った。


「あぶねー、すっかり忘れてた!」


 気付かれちゃった! 

 完全に裏目だよルーニャ! 


 キノコプリンを食べ終わってからもみんなで隙をうかがったけど、さすがにそう何度も油断を見せるリンではなかった。


09 バシルーム


 何もできないまま時間は過ぎ、深夜になった。

 いつもの僕ならもう寝る時間だけど、ゴブリンの世界ではこれからが本番だ。

 リンの元にはまだまだ下から色々な人たちがやってきて、お願いや報告をして去っていく。


「バシルームの調子がおかしいんです」


 下から来たゴブリンの一人が言った。

 さっき僕たちをここに運んでくれた、大きなエノキみたいなキノコの事か。

 あの時は別に何ともなかったけど。

 いや、そういえば飛ばされた時に、お風呂に入ろうとしていたリンに突っ込んでしまったんだ。

 もしかしたら本来であればそんな事態にはならなかったのかもしれない。


「どれ、ちょっと様子を見に行くか」


 リンは階段を降りた。

 徒歩だと結構ある道だ。


「あれがたくさんあれば移動が楽になるんだけどね。かなり珍しいキノコで、栽培も難しいんだ」


 リンが言う。

 僕たちは沼から生えている巨大キノコの上を移動している。

 キノコは広大な沼を覆うようにいくつも生えている。

 その沼の方を見ると、来た時よりもずいぶん遠くに水面がある気がする。

 さっきまでは手を伸ばせば届きそうだったのに、今では飛び降りるのをためらう高さだ。


「あたいらがいるこのキノコは夜から朝にかけてぐんぐん伸びるんだ。そして昼間、ゴブリン達が寝ている間に元の長さに戻る。一番伸びきっている早朝にキノコから落ちると危ないから気をつけな」


 コトはその辺に生えているキノコを興味深げに見ている。

 キノコの上にキノコ、そのまた上にキノコが生えている。

 ちょっと不気味だけど、幻想的な感じもする世界だ。

 ルーニャはキノコを食べて混乱したり毒に侵されたりしている。

 ほどほどにしなよ。

 テュピはルーニャが混乱した時に激しいツッコミを入れて正気に戻している。

 そうこうしているうちにバシルームのところまでたどり着いた。


「うーん、見た感じいつもと変わらないな」


 リンはバシルームをぽんぽん叩いたり、引っ張ったりしている。


「目的地と微妙にずれたところに飛んだりするんですよ。ちょっとずれる程度ならまだしも、沼に飛ばされたら大変だ」


 最初に僕たちにバシルームを紹介してくれたゴブリンが言う。

 この子がこれを育てる係みたいだ。


「そうだな……」


 リンは腕組みした。


「よし、モノ。ちょっと試しに飛んでみてくれ」

「やだよ! 話聞いてたでしょ! 沼に飛ばされたら困るよ!」

「そうか、まあそうだよな」


 リンはあっさり引き下がった。

 ふう、よかった……。

 と胸をなでおろす僕だったけど、突然背後から何者かに抱き上げられた。


「うわっ! バシルーム!?」

「今の会話に反応したみたいだな……」


 バシルームは僕の体にぐるぐると巻きつくと、体を高く持ち上げた。


「ひええー、降ろして〜!」

「うーん、やっぱりちょっと様子がおかしいな」


 リンは腕組みして冷静に事態を見守っている。

 助けて!


「こらー! こーらー! モノを放して〜!」


 コトがバシルームを引っ張るけど、ビクともしない。

 ヒョロヒョロしてるけど、数百メートル離れた場所に僕たちを投げ飛ばす怪力の持ち主だもんね。

 何て感心してる場合じゃなかった。

 キノコは僕を抱き上げたままぐるぐると回転すると、ポーンと乱暴に放り投げた。


「ふええー!」


 綺麗な放物線を描いてゴブリンの街を飛ぶ僕。


「ん? なんか妙に開放感があるな」


 自分の体を見る。


「げっ、ショートパンツと下着が脱げてる!」


 投げられた時に弾みで脱げてしまったみたいだ。

 いやん。


 せっかくだから下の様子を観察する。

 もう深夜だけど、あちこちで背の高いキノコが街灯みたいにぼんやりと光っているので、あまり暗くない。

 ゴブリン達の様子がよく見える。


「ん、あの子は……」


 僕の進行方向の先に、見覚えのある二人のゴブリンがいた。

 さっきキノコプリンを取り合っていた子だ。

 片方は確かリーナって子だったよね。


「まったく、親分め! せっかくのキノコプリンを食べちゃうなんて!」

「こうなったら私たちでキノコプリン作っちゃおう! 親分も見たことないとびっきり大きいの!」

「いいね! 早速材料を探そう!」


 何か話し合っている。

 ふむふむ、仲直りできたみたいだね。

 よかったよかった。

 うんうん……ん? 

 どんどんリーナと僕の距離が近づいていくぞ。

 これはちょっとまずい。


「リーナ! 避けて〜!」

「ん? キャアッ!」


 ペチーン! 

 リンの時と同じようにぶつかってしまった。

 うん、やっぱりバシルームは調子が悪いみたいだ。

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