第8話 ゴブリンの親分を押し倒しちゃったよ!

01 家で


 家で過ごす午後。

 いつものようにコトとゲームをやったり勉強をしたりしていると、


「ねえ、ルーニャちゃんから連絡ないの?」


 コトが尋ねてくる。

 僕も少し気になっていたことだ。


 エルフの世界に行ってからまだそれほど経っていない。

 海外旅行だったら短い間にそう何回も行ったりはしないと思うし、それを考えるとしばらくは旅行の誘いがないのは普通のことなんだけど。


「異世界旅行は手軽だし、楽しいし、何回も行きたくなるよね」


 確かに、服はルーニャが用意してくれるし、パスポートとかもいらないし、近所からテュポーン号に乗り込めばすぐに現地に着くし、遊園地に行くより気軽かもしれない。

 そういえば旅行記を書くように言われてたけど、どういうふうに書けば良いんだろう。

 一応スケッチブックに絵を描いたり、メモを取ったりはしているけど。


 そんな事を考えていると、ピンポーン、とチャイムが鳴った。

 おや、誰か来たようだ。

 お母さんが出たみたいなので、僕はそのまま読んでいた本の続きに戻る。

 するとドタバタと階段を駆け上がる音がした。

 何だ何だ。


02 ルーニャ登場


 ガチャーン! と勢いよくドアが開く。


「モノさん! 今すぐゴブリンの世界に行くにゃ!」


 部屋に入るなりルーニャが叫んだ。


「ルーニャ! どうしてここに!?」


 待ち合わせは公園だったよね!? 


「毎回手紙を出したり待ったりするのは面倒だにゃ。もう2回も旅をして寝食を共にしたし、遠慮する間柄じゃないから、家にお邪魔したにゃん!」


 そう言うとルーニャはその場で踊った。

 この前は猫耳フードで猫耳を隠していたけど、今は普通に耳が出ている状態だ。


「そ、その耳でここまで来たの!? 騒ぎになっちゃうよ!」

「フードはこの家に入ってから脱いだにゃ。モノさんのママに色々説明したにゃ」

「えっ、お母さんに異世界旅行のこと、言ったの?」


 僕はぎょっとする。

 異世界云々なんて言っても普通は信じないし、最悪の場合警察を呼ばれてしまうかもしれない。

 しかし、


「モノ、ダメじゃない、こんな楽しそうなこと内緒にするなんて」


 開け放たれたドアからお母さんがやってきた。


「ママさん!」

「こんなかわいい猫娘がいるなんて。私も異世界に行きたいわ。今度パパと一緒に連れて行ってね。もちろんコトちゃんのママたちも一緒に」

「もちろんにゃ! 絶対楽しい異世界家族旅行にするにゃ!」

「さっすがルーニャちゃん、いい子ね~」


 ルーニャの頭をなでなでするお母さん。


「うにゃ~ん、ママも美人さんだにゃ~」


 意気投合してる……。

 僕はげんなりした。


 とにかく、今回から待ち合わせ場所は自宅になった。


03 ゴブリンの世界へ


「さあ、異世界に行くにゃ!」


 ルーニャは腕を振り上げると、僕たちの背中を押して部屋の外に出た。


「ちょ、ちょっと、テュポーン号はどうするの? うちは広いスペースはないから、やっぱり公園に行ったほうがいいんじゃないの?」

「まあいいからワタシについて来るにゃ」


 下に降りてリビングに行くと、ソファーに小さな女の子が座っていた。

 腰まで届くような長いピンク色の髪に、白いワンピース。

 お母さんが出したのか、ホットミルクを飲んでいる。


「もう行くの……?」


 そう言うと女の子は立ち上がった。

 白い素足はよく見ると少し床から浮いていた。


「あの、この子は?」


 新しい旅行者さんかな? 

 子供1人で一体どうしたんだろう。


「この子がテュポーン号だにゃ。名前はテュピちゃん。仲良くしてにゃ」

「ええっ!?」

「テュポーン族は異世界を移動する能力があるにゃ。普段は女の子の姿で、異世界に行くときは別の姿に変身するにゃ。その能力と、ワタシたちケットシー族の、どんな種族とでも言葉が通じて交流できる能力を組み合わせる事によって、異世界旅行が可能になるにゃ」


 へー……。

 まさか異世界に行く飛行船が女の子だったなんて。


「早く行こう……」


 テュピがルーニャの袖を引っ張る。

 そうだね。

 旅行の時間を長く味わいたいし。

 それに、後ろでお母さんがこっそり僕たちの様子を見ているのも気になるし。


「よーし、じゃあ今度こそ、しゅっぱーつ、しんこーう、だにゃ!」


 ルーニャがぴょんと飛ぶ。

 テュピは手に持っていたカップをテーブルに置くと、


「ありがとうママさん……。今度異世界連れてく……」


 僕のお母さんの方を向いてそう言うと、長いピンクの髪がブワッと広がって……、

 僕とコトとルーニャは髪に包まれた。


04 ゴブリンの世界


 テュピ(テュポーン号形態)は沼の中の大きなキノコの上に着陸した。


「ここがゴブリンの世界だにゃ」


 僕たちはゴブリンの服に身を包んでいる。

 とんがり帽子とタンクトップにベスト、下はショートパンツにブーツだ。

 スライムやエルフの世界でもそうだったけど、結構足を出す服だからちょっと恥ずかしい。


 あたりを見ると大きなキノコがたくさん生えている。

 エルフの世界は木、木、木だったけど、ここはキノコキノコキノコだ。

 家は見当たらない。

 キノコの上でゴブリンたちは生活しているようだ。


 ちょうど食事時だったのか、火を囲んで集まっているゴブリンたちが何グループか見える。

 辺りは薄暗い。

 時刻は夕方。

 ゴブリンは主に夜に活動し、昼に眠る。

 なので、今は大体のゴブリンは寝起きみたいだ。


「とりあえずエルフの世界で会ったリンちゃんを探すにゃ」


 あたりをキョロキョロ見てリンの姿を探す。

 キノコばかりで、視界を遮るものがあまりないから探しやすいとは思うけど。

 でもゴブリンたちはみんな同じような服装だし、なかなか見分けづらい。


 ああ、帽子の色が違うな。

 リンの帽子の色は、確か赤だったと思うから、それを目印にしよう。

 緑や青の帽子をかぶっている人は多いけど、赤い帽子をかぶっている子はいない。

 珍しいようだ。

 何かの階級を表しているのか、趣味なのか。


 とりあえず焚き火の火を頼りに、巨大キノコの上をあちこち歩いてみる。


「………………」


 元気に歩くルーニャに対してテュピはぼーっとした感じだ。


「どうしたの? 眠いの?」

「この姿になったり、人と話したりするのは久しぶり……。疲れた……」


 それでも食事を用意しているゴブリン達が気になるみたいで、グツグツと煮えたぎっている鍋をじーっと見ている。


「リンちゃーん、リンちゃんはいないかにゃー」


 ルーニャがあちこち声をかけて回る。


「おい、あんた、親分——リンさんの知り合いか?」


 キノコの地面に座って焚き火を囲んでいるゴブリンの子に話しかけられた。


「そうだにゃ。エルフの世界の温泉で、ゴブリンの世界に来るように誘われたにゃ。ちょっと挨拶して、ついでに案内してもらいたいにゃ」

「リンさんはこの辺りを仕切るリーダーだ。奥の方にいるぜ」


 ゴブリンが指差す方を見る。

 かなり遠くの方に、キノコが階段状に生えている。

 その段の上に一際大きいキノコがそびえ立っている。

 あの上にリンはいるのか。


「遠いにゃ……あそこまで行くのにかなり時間がかかるにゃ」

「それならあれを使うといい」


 ゴブリンが別の方を指差す。

 そこにはエノキのような細長いキノコが生えていた。


「これは何にゃ?」

「これはバシルームっていう移動に便利なキノコさ。まあ見てなって、おい、こいつらをリンさんのところに連れて行ってくれ」


 ゴブリンがバシルームに向かってそう言うと、その細長くて大きなエノキはシュルシュルと伸びてきて、僕たちに巻きついた。


「ひいっ、不気味すぎるよ!」


 僕たちに絡みついたエノキは、その場でぐるぐると回転した。


「ヒエー! 目が回るー!」


 そして、キノコは僕たちを思いっきり空中に放り投げた!


「ぎゃーーー!」


 空に僕たちの叫び声が響き渡る。


05 リンと再会


「ふう、今日も1日がんばるか」


 巨大なキノコの上で、リンは服を脱いでドラム缶風呂に入ろうとしていた。

 その時、


「ひえー、避けてー」


 バシルームで飛ばされた僕たち三人が上空から現れた。


「うわっ、ギョエー!」


 どたーん! 

 リンとぶつかって、絡み合って倒れる僕たち。


「うーん、いたた……」


 顔を起こすと、視界に褐色の肌が広がった。

 僕は裸のリンを押し倒した状態になっていた。

 手はリンの太ももを押さえつけている。


「わっ、ご、ごめんね!」

「て、てめえ……」


 リンは顔を赤くしてぷるぷると震えている。

 この世界も性別は存在しないみたいだけど、だからと言って裸を見られることの羞恥心がないわけじゃないんだなー、などと妙に冷静に考えているうちに、頬を叩かれました。



「で、ゴブリンの世界を案内してくれっていうのか?」

「そうだにゃ。ゴブリンのスーパーキノコワールドの魅力を見せつけて欲しいにゃ!」


 お風呂上がりで上気した肌のリンは、焚き火の前で不機嫌そうにあぐらをかいている。

 下の方にいたゴブリンたちは食事中の子が多かったけど、リンはまだだったみたいで、僕たちもリンやその仲間たちと一緒にご馳走になることになった。


06 マタンゴ


 食事の内容は、ここまでの景色を見ていれば当然というべきか、キノコ料理だった。

 人間の世界のキノコも、味や食感など豊富だけど、ゴブリンの世界はそれに輪をかけて様々な種類のキノコがあるみたいだ。

 それをどっさりと煮込んだ鍋がメインディッシュだ。

 コリコリしていたり、モチモチしていたり。

 辛かったり、甘かったり。

 キノコだけでも全然飽きないよ。

 テュピもご満悦のようでキノコを夢中になってモキュモキュと食べている。


「うまいだろ。まあ中には毒キノコもあるけどな。あたいたちは大丈夫だけど、人間にはどうかな。頭にキノコが生えたりしてな。あっはっは!」


 リンや仲間のゴブリン達と一緒に僕も笑う。


 あっ、笑った拍子にとんがり帽子が落ちちゃった。


「モ、モノ! 頭の上にキノコが生えてるよ!」

「ええっ!?」


 頭の上に手をやる。

 確かに何か生えてる! 


 スマホを取り出して、カメラアプリの内カメラで自分の頭を見る。

 何かリボンをつけて、落書きみたいな顔が書いてあるキノコがそこにいた。


「ふっふっふ! 我はキノコの精霊マタンゴ! キミの体はもらったよー!」


 何かしゃべりだしたー!? 


「冗談じゃない! 僕の頭から今すぐ退居してよ!」

「べーっ!」

「わーん! 何とかしてよリン!」


 周りのゴブリンたちは笑ったり、普通に食事を楽しんでいたりして助けてくれそうにない。

 ルーニャまで笑ってるし。

 もう!


「あー、私もマタンゴを見るのは初めてだな……。呪術師に聞けば何とかできるかもな」

「食べ終わったら案内してよ!」

「会っても多分相手にされないと思うぞ」

「何で!?」


 このままじゃ家に帰れないよ! 


「あいつは気難しいし、いつも何かお祈りに集中してるからな。あたいの言うことなら何とか聞いてくれるんだけど」

「じゃあリンから頼んでよ。お願い!」

「やだね」


 リンは首を振った。


「あたいは誰の言うことも聞かないよ。あたいに頼みがあるんだったら、あたいよりも上のランクになってみな」

「上のランク?」


 何のことだろう。

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