一幕『その列車に乗り合わせたのは、幸か不幸か』Ⅱ
[機械猫を連れた娘]
列車が走り出す。ガタガタと揺れる車両の通路を進む。ゴゥンゴゥンと鳴り響く機関の駆動音が車内に木霊し、蒸気が吹き出す音が窓の外から聞こえてくる。車窓の向こうを過ぎていく景色は、変わらず暗雲だらけだ。こればかりは、何処に行っても代わり映えがしない。
男は辟易気味に溜息を零し、さてと手元の切符を見下ろして自分の席を探すべく歩き出そうとし――
「――うぉう」
「――おっと」
危うくすれ違う相手にぶつかりそうになってしまう。男は身体を傾けてぶつかるのを避けながら、どうにか踏み止まって相手を振り返った。相手は、男の胸元程度の背丈しかない少女だった。見たところ、十代半ばと言ったところか。赤みがかった髪の上に黒のキャスケットを被った小柄な娘は「おおう」とその場でたたらを踏みながらもどうにか持ち直す。
男はその様子に安堵しながら、被っていた帽子を手に取って会釈する。
「申し訳ない、お嬢さん。お怪我はないかい?」
「――ん、大丈夫」
相手の娘は、淡々と返事を返す。随分と抑揚のない声音だった。随分と、こう……覇気の欠いた少女の様子に男が戸惑ってしまった。そんな男の様子など気づいていないのか、少女は「ん?」と足元を見下ろす。自然、男はつられて視線を足元に落とした。其処には――
「――……猫?」
疑問形だったのは、其処にいたのが男の知りえるどの猫にも類似しない姿をしているからだ
というのも、それは猫の姿をしていたいが、それが生物ではなかったからだろう。
その猫の身体は、機関機械で出来ていた。
その猫の身体は、機械仕掛けで出来ていた。
――
確かロンドンにある碩学院で研究が進められているという、小型の機関機械だ。大型である蒸気馬などと比べると、その大きさ故に内部機構が複雑化するため、作るには手間もかかれば費用も掛かるという機械動物である。
少女の足にすり寄っているのは、そういう存在だった。しかもかなり精巧な作りをしているのか、その挙動には僅かな
そんな小動物型機械人形を引き連れているこの少女は何者なのだろうと、男は思わず少女を中止する。しかし、身に着けているものから彼女の身分を読み取ることはできなかった。いや、むしろ見た目だけならば、少女は一見すれば
一瞬、盗品かという疑問が男の脳裏を過ったが、だとすれば機械猫が少女に懐いている仕草を取るのは可笑しい。機械人形は
男の疑念は其処に尽きた。しかし、少女と関わりのない男に、その疑問を解消する方法はなかった。
男が懊悩する中、少女はまるで何事もなかったかのように男を見上げて、
「じゃ」
と一言残して歩き出す。余りに素っ気ないというか、此方のことを気にかけたない様子に、男は「あ、ああ」と返すしかなかった。そんな男に向けて、機械猫が「にゃあ」と一言鳴いてから、飼い主らしき少女の後を追っていく。
その様子を、男は半ば呆然としたまま男は見送ったのである。
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