一幕『その列車に乗り合わせたのは、幸か不幸か』Ⅲ


[研究者然とした女性と奇妙な紳士の邂逅]


 今日は実に奇妙な日だと、男は先ほどの少女のことを思い返しながら一人そう思う。労働者階級らしい少女が高級品とも言える小型動物型機械人形アニマロイドを連れ歩く光景に、めぐり合う機会など中々にあるまい。

 しかし、それも偶然と言ってしまえばそれまでのことだ。確かに、奇妙な組み合わせであることに違いはないだろうが、まあそういうことも稀にあるのだろうと、そう納得する以外他あるまい。

 男はそう自分に言い聞かせ、改めて自分の切符チケットを確認するために懐に手を入れる。上着の内衣嚢ポケットにしまったそれを取り出して、男はその場で足を止めて切符を見ようとした時だ。

 がちゃりと、男が立っていた目の前――客室の扉が開かれて、調度男の手が扉とぶつかった。

 突然の出来事に男は渋面を浮かべる中、客室から出てきた乗客が「おっと、これは申し訳ない」と謝罪の言葉を口にしながら、その御仁は男が落とした切符を拾った。

 切符を拾ったのは、壮年の紳士だった。男と同程度か、それ以上に高い背丈に、猛禽類を思わせる鋭い眼差しの男性である。

 紳士は単眼眼鏡モノクルの奥に見える瞳を柔和に細めながら軽く頭を下げ、切符を差し出した。

「私の不注意で申し訳ない、ミスター。どうぞ、貴方の切符だ」

 男は切符を受け取りながら寸前に浮かべていた表情を崩し、かぶりを振った。

いいえノン、ミスター。扉の前で立ち止まってしまった、これは私の不注意でもあります。申し訳ない」

「では、これで手打ちということになりますかな」

 言って、紳士は肩を竦める。男はそれに同調するように微笑で応じた。

「――……何をしているんですか、伯爵。また人様に迷惑をかけているのではないでしょうね?」

 問いかける声に、紳士が振り返った。男もつられて視線を声のした方に向けると、其処には白衣に袖を通した女性が立っていた。青みがかった銀髪の、冷然とした女性が、冷ややかな眼差しを紳士に向けている。

 紳士は困り顔を浮かべながら「それは誤解だ」と苦笑する。

「私が扉を開けた拍子に、此方の御仁が切符を落としてしまったのでね。拾って手渡しただけだとも」

「それを世間一般に、人様に迷惑をかけているというんですよ……」

 と、女性は呆れ顔で言い、男に向けて頭を下げた。

「連れがご迷惑をおかけしました。申し訳ありません」

 そんな女性の言葉に、紳士は項垂れた様子で「何故私がすべて悪いという扱いになっているのだ……」と愚痴を零している……そんな彼の様子を不憫に思い憐憫の眼差しを向けたが、女性は気にした様子もなく「日頃の行いでしょう」と一言に切って捨てたのだから、つまるところこの紳士は普段からこのような扱いを受けているのだろう――と、男は自分に言い聞かせて、視線を紳士から女性へと向けて、口の端を持ち上げて見せる。

「お気になさらず、お嬢さんレディ。私の不注意でもあったのですから、お互い様というやつです」

「そう言っていただけると、助かります」

 女性は深々と頭を下げた。男はもう一度だけ首を横に振って、「私はこれで」と断りを入れると、未だ壁に手を突き項垂れている紳士の隣を横切った。

 そして歩きながら、自分の客室番号を確認する。背後で「伯爵、いつまでそうしているつもりですか。みっともないですよ――紳士ならば」と厳しい苦言を発する

女性の声が聞こえてきた。

 男は胸中で紳士に同情の念を覚え――そして、ふとあることに気づく。

 あの女性は、かの紳士を何と呼んでいただろうか?

 男の記憶が間違っていなければ、女性は紳士を〝伯爵〟と呼んでいていた。

(――いや……まさか……な)

 思わず足を止めて振り返るが、其処にはもう二人の姿はなかった。どうやら客室へ戻ったらしい。

 男は何度の吐息を零した。どうやら、確かめるすべはないようだ。わざわざ部屋の扉をノックしてまで確認する事柄でもあるまいし、それこそ改めて確認し不敬と思われたらことである――そう自分に言い聞かせ、男は再び歩き出した。


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