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 私の体は母や父の力強い体とはまだ全く違いました。まだ体は湿っていてぷよぷよとした感じで、肉を引き千切る牙も尻尾の多分、毒針みたいなものもありませんし、体は鶏より小さいです。

 グルルと喉を唸らせる事も出来ません。ぴぃぴぃとヒヨコのように鳴く事しか出来ません。翼腕は、ちょっと力を入れただけでべりべりと破れてしまいそうなほど、薄く心許ないものでした。

 私自身の顔は分かりませんが、母親のような凛々しい顔でもなければ父親のように逞しい顔でもないでしょう。きっと、ほんの少し成長して私の少し遠くに居る兄妹達と同じような、のほほんとして可愛らしい顔だと思います。角もまだ無いに等しいでしょう。

 要するに、普通の赤子そのものでした。

 こんな強い獣でも、最初はこんなに弱いのか、と私は思っていました。何故でしょうか、私の頭の中には鹿や牛、またコボルトやリザードマンと言った見た事が無い筈の獣や魔族達が頭の中に存在していました。まあ、襲われる危険性が無いからという理由からである事も何となく分かっていました。

 取り敢えずは、と私はその何故かある知識と思考能力に関しては考えない事にしました。私が今出来る事は、私をこの世に生まれさせてくれた両親に感謝し、全うに育つ事だけですから。

 私と同じようなワイバーンが居るかどうかとかを調べたりするのは、十分に成長してからにしましょう。そう決めました。

 母親は濡れていた私の体を舐めて綺麗にした後に、洞窟から飛び立っていきました。きっと、私の為に食べ物を取りに行ってくれたのだと思いました。

 そして、母親が見えなくなってから私はお腹がとても減っている事に今更気付いたのでした。


 母親はすぐに戻って来てくれました。見た目では母親は何も持って帰って来てないように見えますが、お腹の中に溜めてある事が分かりました。口からは血も少し垂れていました。

 私にはまだ歯も生えていないのです。食べようとしても、私は飲み込むしか出来ないのです。

 母親はそんな私の為に、一度咀嚼した肉を口移しで優しく移してくれました。生まれて初めての食事です。

 味はともかく、体が漲る感じがして、私は今度は急激に眠気に襲われました。空腹に紛れていましたが、私は疲れてもいたのです。

 殻をとにかくずっと叩いてましたから。

 母親は私が満足したのを見ると、どすどすと足音を鳴らして兄妹達の方へと同じく食べ物をあげに行きました。私は眠気に身を委ね、自分が破った殻に体を乗せて寝る事にしました。殻はまだ微妙に温かかったのです。滑々とした感触も心地いいものでした。


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 私が生まれた季節は春と夏の間位のようでした。夜になれば結構肌寒く、凍える私や兄妹達を母親が、時たま父親が温めながら寝かしつけてくれました。

 兄妹の数は私を含めて六匹でした。まあ、生まれた直後位に両親とは違って何故か隠れていないソレを見て区別した訳ですが、雄四匹に雌二匹、という構成でした。まだ差異はそんなに分かりませんから、あだ名とかを付けたりはしませんが。それでも、私の姉にあたるワイバーンに対しては、心の中では姉さんと呼ぶ事にしました。今では、ソレを見なくても雄雌位は直感で分かるようになってます。

 あ、後、前世というものがあったなら、私は言葉を持つ種族だったのでしょう。言葉という概念も元から持っていたのですし、前世という変な概念も持っていたのですから、まあ、そこから考えるとそこそこは賢い種族だったんじゃないでしょうか。あくまでも、前世というものがあるならば、ですが。

 いや、前世というものが無ければこの私の状況が分からなくなっていきます。他のワイバーンが私のようだとはどうも思えなくなっていました。ただの勘ですが。

 それと私は、私自身に何か名前を付けようとは思いませんでした。名前という概念も元から私の中にありましたが、それは自分自身で付けるようなものではない、という感覚もありましたから。

 問題は四匹の兄達です。あだ名は心の中で呼ぶだけなので勝手につけるつもりですが、大兄さん、中兄さん、小兄さん、……えっと。大大兄さんとでも言おうかな、などと、どう呼ぶか全く決まっていませんでした。この時点でも、私は誰が一番先に生まれて来たとかは分かっていなく、ただ大きさの順で勝手に決めつけていたのですが。

 まあ、そんなしょうもない悩みを抱えたまま、時はあっという間に過ぎて行きました。赤子の時代というのは前世があると言えど、同じく赤子である私にとっても、それこそ眠っている間に過ぎ去ってしまう時間のようにあっと言う間に終わってしまうものでした。


 私達兄妹は立ち上がり、自由に洞窟の中を歩き回れるようになりました。末子である私が一番最後にそうなった、という事は無く、私は三番目に歩き回って疲れ果てるという事を繰り返すようになりました。

 一番最後にそのように歩けるようになった兄は、兄妹の中では少し体が小さかったので私はマメと心の中で呼ぶ事にしました。私の中には植物に関する色んな知識も入ってました。

 それと一番最初に歩けるようになった兄は、どこからどう見ても好奇心旺盛のような性格をしていたのもありますが、それよりも目立つ外見がありました。それは、良く鼻水を垂らしている事で、私は自然にハナミズと心の中で呼ぶようになりました。

 後の二匹はまだ良く見分けがつきません。何だか、普通って感じです。

 そして、兄妹達は喧嘩を良くやるようになりました。私とマメは自分からは仕掛けはしませんでしたが、吹っ掛けられたら私はやる方で、勝率は兄妹の中では高かったです。しかし、マメは大概負けていました。極稀に勝った時は、私は心の中で喝采したものです。

 その少し後、私達が徐々に外見的に成長し始め、翼腕の皮翼が少しずつ厚くなり、まだ短い角も硬く形を成してきて、そして歯が生えて来ると、母や、偶に父はネズミやリスなどの小さな動物を、ある時は死んだ状態で、極稀に生きたまま持ってくるようになりました。

 まだまだ、骨ごと噛み砕けるようにはなっていませんが、私達はそのままの肉を食べるようになったのです。やはり、ちょっと申し訳なくも思いますが、母が一旦咀嚼した肉よりも断然美味しかったです。

 また、そうなると競争が始まりました。皆で誰よりも多くの肉を取ろうと、奪い合うようになったのです。

 ハナミズは力任せに肉を引き千切る事が出来たので、奪い合う前に自分の分だけ持って行ってゆっくりと食べている事が多かったです。私と姉さんと、まだあだ名を付けていない兄さん二匹の内一匹はとにかくその残った肉を奪い合いました。別の一匹は誰も最初に狙わない、尻尾や頭などの肉の少ない部分を先に取って結果的に得をしていたように思えました。私は、奪い合っていた方の兄さんが特にこれと言った特徴も無かったので普通を意味するノマルと呼ぶ事にし、そうでなく、小賢しい方をカラスと呼ぶ事にしました。

 因みに、生きたままの状態で持って来られた場合は、狩りとは到底呼べないような稚拙な狩りを洞窟内でやる事になり、洞窟外に逃げられたらそのまま飯抜きになってしまうので、私は嫌いでした。走るのも小動物より遅く、壁を掴んで走る事も出来ないので、六匹掛かりで食らいつこうとしても軽々と逃げられてしまうのです。

 私は逃げられてしまうのを何度か見る内に思いました。もし、生まれた時から一匹だったら、誰であろうと何も捕まえられずに餓死してしまうのでしょう。最も私の場合、そうだとしたら、捕まえようと努力する前に殻から抜け出せなくなって死んだのでしょうが。

 それと後、マメは良くその肉の奪い合いから弾かれて殆ど食べられない時も多かったのですが、母は特にマメに対しては何もしませんでした。ワイバーンという大空を駆ける強者であっても、弱肉強食はちゃんとありました。マメは小さいままで、殆ど綺麗になった骨をがじがじと噛んでいる事の方が多くなっていきました。

 そして私を含め他の兄妹も、マメに肉をあげるという事はありませんでした。ハナミズはそうではなかったのかもしれませんが、皆自分の分を取るので必死だったのです。

 けれども、流石に衰弱死する事も無く、マメも他の兄妹には劣りますが成長していきました。

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