私、ワイバーンです。
マームル
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気が付いてまず最初に目に飛び込んで来たのは真っ白く、滑々とした掴み所の無い、私を小さく閉じ込めていた周壁でした。
白い……。私はその瞬間にも、自分の中に違和感を覚えていました。何故、この世に生を受けたばかりなのに白いという色の概念を知っているのか、いや、何故生まれたばかりなのにこんなに鮮明な思考が出来るのか、私はまず何よりも先に混乱に陥りました。
けれども混乱している間も無く、本能が私を突き動かしました。これが、卵殻である事も私は何となく分かっていましたが、壊さなくてはいけないという事は、何故かある私の知識だけではなく、私の本能も知っていた事だったのです。
こつこつ、こつこつ。
私の生まれたばかりの体は、口以外はどこも柔らかくてこの頑丈な殻を壊すのには役に立ちそうにありませんでした。少し足や指の無い腕を使って試してみましたが何も出来ませんでしたし、何よりも口で叩くのが一番普通に思えました。
こつこつ、こつこつ。
何度も叩いている内に、鮮明だった思考は本能に乗っ取られて私はとにかく無心でこつこつと殻を叩きました。
こつこつ、こつこつ。こつこつ、こつこつ。
……ふぅ。
本当にすぐに、私は疲れてしまいました。まだ数えられる位しか私は殻を叩いていません。それでも私はすぐに、殻を叩くのをまた始めました。
何というのでしょうか、本能がそうさせると言うより、そうしたくて堪らないという感じが私の中を占めていきました。これを壊せば、開けた世界が待っているという限りない希望みたいなものがあったのです。
暫くすると、外からごつ、という強い音と衝撃が卵殻に響きました。ただただ口で殻を壊そうとしていた私は、思考を殆どしていませんでしたが、それがまだ見た事の無い親による助けだという事だけは何となく分かりました。助かった、と疲れた私は情けなく思いました。
ごつ、ごつ。たった数回でしたが、その頼れる力強い助けでこの硬い殻にひびが入りました。
私は嬉しくなりました。後少しの頑張りで私は、とうとう外へ出られ、親と出会えるのです。
疲れていましたが、そんなものも今はもう関係ありません。
私は一層頑張って、そのひびを叩き続けました。
ぱき、ぱきぱき。
ひび割れが大きくなり、とうとう殻に穴が空く時が来ました。割れた殻の破片が私の口に当たって中に落ち、からりと音を立てました。その瞬間、私は新鮮な空気が殻の中へと入り込んで来るのを感じ、それは少し寒いものでしたが、それを感じるより先に私は感動しました。何と言うのでしょうか、いや、言葉では表せないような心地良さがありました。
私はその小さな穴から無理矢理頭をぐいぐいと突っ込みます。殻の断面が少し痛いですが、そんなもの関係ありません。外への希望はそんな痛さでは到底覆いきれないものです。びきびきと、殻は更にひび割れていきますが、卵は本当に頑丈なようで卵全体がばきりと割れるような事はありませんでした。
それでも、私は無我夢中に穴から顔を出そうと頑張りました。
しかしその結果、余りにも馬鹿らしい結末を私は迎える事になってしまいました。
頭が出て、私は初めて外の世界を見ました。どうやら洞窟の入り口のような場所で、母親が私の目の前に大きな顔を近付けてきました。
私は素直に親と対面出来た事に喜び、ぴぃぴぃと鳴きましたが、そのすぐ後に動こうとして気付きました。
私は、頭だけ卵の殻から出して、動けなくなってしまいました。動こうとしましたが、その結果は卵ごとごろりと転がってしまうだけでした。私は虚しく、もう一回ぴぃと鳴きました。卵の殻にしっかりと私の首は固定されていたのです。
母親がまた、私の方へ顔を近付けました。何だか、その顔は困惑しているようにも思えました。まあ、私も困惑してました。殻を破れたのは良いですが、私はこれ以上何をする事も出来ませんでしたので。
因みに私の視線の先には、先に生まれたと思われる兄妹達と、それを可愛がっている父親が居ました。
父親の姿は雄大であり、後ろ脚で立っていました。前脚、いや、腕には分厚い皮の翼が付いていて、翼腕とでも言えば良いでしょうか。鍵爪も付いています。長い尻尾の先には無数の棘があります。体全体は主に灰色で、頭には一対の角があり、肉を引き千切るのに有用そうなギザギザで尖った真っ白な歯を持ち、その口からは大きい舌が伸びて兄妹達を優しく舐めていました。
それは、ワイバーンでした。ただ、私は何故私や両親、兄妹の種族名をワイバーンと知っていたのかは、知りませんでした。
また、私がどうしてそんな事を知っているか、困惑していると母親が私の殻を仕方なくと言ったように割りました。
私は、そうしてやっと体全体を外の世界に出す事が出来ました。
きょろきょろと周りを見回しても、私の他に卵はありませんでした。どうやら私は末子のようです。後、性別は雌のようです。
アレはありませんでしたから。
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