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「面倒そうな顔してる」
結論をさっさと言って欲しいと思っている事を見切られ、睨まれると俺は小動物のようになってしまった。
怯え、そんなものを感じてしまうのはこの幻獣という生物の前では仕方ない事なのだろうとは思いつつも、情けなかった。
「いや、いい。
結論から話そう。
……彼女は、不死だ」
意味が分からないまま、麒麟は喋り続けた。
「俺はこの麒麟という姿になってから数百年は生きている。彼女は肉体を変え、魂だけがずっと変わらないまま、この俺よりも遥かに長く生きている。
千年はきっと多分、軽く越えている」
魂が変わらない?
「転生という事象は、魔獣から幻獣へとだけではなかった。
かなり長い年月を掛けて、その可能性を知った。
それは俺が身に受けたような一回きりの転生ではない。永遠に続いてしまう、内包された死を失ってしまう事による転生。
俺がさっき話した転生、広く幻獣の間や、智獣の僅かな中に知られている転生は一回きりのもの。
幻獣は靄が晴れるように存在が自然に溶けていくような死に方だから、転生は出来ない。肉体、そして魂さえもが、掻き消えていくような死に方だから。
死んだ後には、毛の一本も何も残らない。俺は、死ねる」
さっき、感情を激しくして言った、死なない生物は生物とは言えない、という事は自分の事だけではなかったのだろう。
「……魂というのは、例えるなら内側から鍵の掛かったような箱のようなもの。
魂を所有している肉体でしか鍵を開ける事は出来ないが、そもそも内側にまず潜り込む事は幻獣ですら出来ない。
幻獣も誰かの魂は勿論、自分の魂さえも操作する事は出来ない。
しかし、魂が変質している時だけ、その鍵を開ける事が出来る、自分の魂を弄る事が出来ると、俺は知った」
……あり得ない。魂が変質している時? それは……。
「あり得ないと思う? けれど、彼女はそうしたんだ。
智獣と魔獣は、普通魂を見る事は出来ない。生物がもう助からなく、僅かな時間で完全に死に至る時、魂は変質していく。その時だけ、智獣と魔獣は魂を見る事が出来る。
見た事あるだろう。
……。
本当にあり得ないとしか思えない。しかし彼女はそうした。そうしてしまった。
彼女は自分が死ぬ寸前に、自分の、抜け出て変質していく魂を自ら操作した。
そしてその結果、何が起こったのか分からないが、魂は固定された。
肉体を離れても肉体に入ったままの形を保ち、時に肉体にまた入り、そして肉体が滅んでからもまた魂だけはふわふわとどこかを放浪し、そうしてずっとこの世界を回っている」
止める方法は無いのか? 俺はそう聞きたかったが、聞く事は出来ない。言葉が理かい出来るようにされようとも、喋る事までは出来ない。
麒麟は話し続けた。
「彼女の正体に関しては、こういう事だ。
まだ、話していない事はあるけれども。
聞きたいか? そうでないと不満?」
俺は頷いた。
「なら、もう少し話そう」
-*-*-*-
「ヴ……」
……ああ。
…………あれ? そうだ、戦わなければ。
そう思い、辺りを見回すと焼け焦げた智獣が数人、檻の前に転がっていました。
他の檻に居る魔獣も、倒れていたり、私に怯えていたりしました。
「う゛……」
檻の外で倒れている一人が、呻き声を上げて焼け千切れた腕にもう片方の手を伸ばしていました。
私がやったのでしょうか? そうなのでしょう。
もう、それは確信でした。
魔法は、魂と肉体の波長を合わせる事によって事象を起こすものです。
魔獣の肉体に、私という何と名称されてもない魂が入った事に因る不具合が、この結果なのだと理解出来ました。
しかしまだ、死んでいない智獣も居ました。
殺さなければ、いけない。……いや、殺したい。
そうでないと、私が収まらない。
ロは、もう助からない。そして姉さんをここから出して助けなければいけない。
ずっと泣き叫んでいたいのは山々でしたが、私は今は、ワイバーンです。
何度目の生だろうと、こんな時にそれを言い訳にしてすべき事を諦める訳にもいきません。
もう生きている智獣は誰も戦えなくなっていましたが、殺す位、やって良いでしょう。
檻から出てケットシーを踏み潰し、コボルトの首に毒針を突き刺して、私が思考している言語を喋る人間の頭をゆっくりと噛み砕きました。
こんな奴等、全員死ねば良いのに。そうじゃなければ、きっと姉さんも普通に今は群れの中で暮らせていた筈なのに。そうじゃなければ、こんな檻に閉じ込められて暮らす魔獣何て居ない筈なのに。
そんな事を思いながら、血を流していて倒れているロの方に歩きました。
……どうして、私はこんな魂になってしまったのでしょう。
不死になりたいという願いは誰しもが一回は考えるかもしれません。
しかし、子供の頃は死なない、という事がそこに入っていても、大人になってそれを願うとしたならば、死ねる、という事がそこに入る筈です。
永遠に生きるという事は子供の時しか望まない、嘘で塗り固められた幸せのようなものです。
けれども、そうだとしても私はこんな永く生きて、自分から死にたいとは思えない気持ちもありました。
死ねるという事は望んでも今、私は死にたいとは思っていませんでした。
ロはまだ、死んでいませんでした。弱々しい、口からではなく喉からの呼吸がひゅー、ひゅー、と微かに聞こえました。
私が無意識に放った、雷には幸いにも当たらなかったようでした。
……ごめん。私に付き合ったばっかりに、こんな事になってしまって。
そんな時、ふと、近くに倒れている人間に目が付きました。
人間は、右手で左手首を握っていました。その地面には血が多く流れている痕跡がありましたが、今は血は流れていません。
…………。
-*-*-*-
「彼女を不死から戻す為には、魂をまた、変質させなければいけない。
その為の方法は、四つ程ある」
四つ……。
俺には、三つ、既にその方法が思い浮かんでいた。そして、この麒麟が俺に頼みたい、一番そうであって欲しくない事を、予想してしまった。
その感情が伝わってしまったのか、麒麟は言った。
「ああ。
その方法はもうやった。けれども、変化は無かった。
彼女は魔獣に食われても、魂は吸収されなかった。
いつも通り普通に死んだ時のように、空にその形のまま飛んで行った」
ほっとすると、麒麟は続けた。
「三つの方法の内、一つはほぼ非現実的な方法だ。置いておこう。
残り二つの内、一つは彼女が不死になってしまった時と同じ事を、彼女自身がやる事。
死ぬ直前に、自分の魂に干渉を掛ける方法。
けれども、ワイバーンとしての彼女は、意識的に魔法を使う事は出来ない。
このワイバーンとしての生では、無理。
そして、最後の方法は、お前も思い付いているだろう?」
それは、智獣を沢山食べ、幻獣へと転生する事。幻獣は、幾ら高尚な魂を持っていようが、転生出来ない。
俺は頷いた。
「……けれど、その為に、普通の群れの長でもない魔獣が食べなければいけない智獣の数は、十や二十では足りない。
最低の数は知らない。けれど、百は必要かもしれない」
-*-*-*-
私の中で、心臓が強く鳴りました。たった今、私の中で二つの選択肢が浮かびました。
今、私はこの治癒魔法を使える、死んだ振りをしている人間を脅し、ロの傷を塞がせる事が出来ます。しかし、ロは血を流し過ぎていました。塞いだとしても、ロが飛べるとは限りませんでした。
そしてもう一つ、そうする以外の、とても誘惑される、甘美な選択肢がありました。
私がこの不死から逃れる方法。その一つ、幻獣に転生する方法。
その為には本当に沢山の智獣を食べなければいけない事を私は思い出していました。そして、ロはその沢山の智獣の魂を身に入れていました。
何百年、何千年、もしかしたら万にもいく年月を生と死を繰り返して、自分の記憶に無意識に鍵を掛けてしまう程に生きて来た私にとっては、それは本当に、何もかもをかなぐり捨ててまでも飛びつきたい選択肢でした。
ロを、食べるという選択肢。ロの中にある、大量の魂を自分が奪うという、選択肢。
私の呼吸は酷く激しくなっていました。
「ア゛……ア……ヴ、ア゛ッ…………」
姉さんに迫ろうとしていた、選択出来ない選択肢が思い出されました。
子供を捨てるか、逃げるか。
結局、子供は姉さんの檻には居らず、選択を迫る事はありませんでした。
迫られるのは、私だったなんて。
こんな選択をしなければいけないなんて。
助けたとしても、ここから姉さんも連れて逃げられるかどうかは絶望的。
食べてしまえば、私はこの不死から逃れられるかもしれない。
いつの間にか流し、枯れていた涙がまた、流れ始めました。
呼吸は一層乱れを増し、私は膝を付きました。
選択、しなければならない。時間はもう、無い。
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