2-12

 すぐに私は横に跳びました。私を追って来た色違いの一匹が息を溜めているのが見えたからです。

 それでも瞬時に跳んで全部躱す事は出来ず、私の翼腕に火が燃え移りました。更に尻尾が私の首を裂こうと来て、咄嗟に身を伏せます。

 攻撃の鋭さが下で戦っていた色違い達とは違いました。散開したりと戦法を取っていたからか、流石に成獣したてのような雑魚ではないようです。姑息な戦い方をしていた癖に。

 残念ながら、対処するのが私一匹しか居なかったら負けるでしょう。しかし、今は後から登って来る私達の仲間を待つまでの間、耐えられれば良いだけです。

 毒針をそれぞれに放ちますが、崖の上に来た五匹全てには当たりません。地面に翼腕を押し付けて炎を消しつつ、向けられた幾つかの牙を一匹に体当たりをして躱します。

 更に数匹の色違い達がやって来て、また火球が放たれました。今度は同時に二つです。咄嗟に転がって、私が体当たりをして転ばせた色違いの翼腕を持ち上げ、代わりに受け止めて貰いました。

 火球には貫通力は無いのが幸いでした。

 至近距離で悲鳴を聞きつつ、同時に私はまた毒針を放っています。既に毒針の数は半分を切っていましたが、今は出し惜しみする時ではありません。こんな大勢を相手にするには、それだけをしなければ間に合いません。

 そして私が、毒針を身に受けて必死になった色違いの跳び蹴りを横へ躱すと、とうとう仲間がやってきました。

 中にはアカも居るのが見え、アカは崖縁に居た色違いの尻尾に噛みつき、下へと引き摺り落としました。

 他の仲間達も次々とそこに降り、炎に包まれてのたうち回っていた色違いが踏み潰されて殺され、私もアカが生きていた事にほっとしながら跳び蹴りの後に苦し紛れに振るわれた尻尾を踏みつけて抑え、首に鉤爪を突き刺し、引き抜きました。

 ぶしゅ、と口元に飛んだ血を舐め、私は吠えます。

「ラ゛ア゛アアアッ」

 毒針を受けて必死になった色違い達を屠るのは大して難しい事ではありません。直情的な攻撃は簡単に躱せます。数があれば少し不利であっても勝てると思っていたのでしょうか?

 残念ながらそれは間違いでしょう。現に戦いは今、この場ではこちらの方が優勢なように思えます。

 後ろをちらりと見ましたが、そちらでも倒れているワイバーンは色違いの方が多いですし、こっちでも私達の群れは殆ど誰も倒れていません。

 これは普通に勝てるのでは、と思い、殆どの上に登って来た色違いを殺し終えた後、私は後ろを振り向きました。

 すると聖域で戦っている、牙を血に濡らした色違いと目が合いました。下には喉笛を切られて倒れているワイバーンが居ます。

 その色違いはこちらを広く見渡しました。私達の方は残り僅かになった色違い達を追い詰め、殺しています。

 下にはまだどの位の色違いが居るのかどうか分かりませんでしたが、現状ここでは色違いは不利である事を確認したように見えました。

 すると、その色違いはつまらなそうな目で私の方を見た後に大きく息を吸い込み、天へと頭を伸ばしました。

「……ラ゛ラ゛ラ゛ララッ!」

 半ば掠れたその咆哮は、何かの合図のように聞こえました。私は嫌な予感がして身構え、次に一斉に羽ばたく音を耳にしました。

 ばさりばさり、と途切れる事無く聞こえるその音は、悲鳴を伴いながら強くなって私達の方へ向って来ています。

 アカとその番が私の近くに来ました。母が様々な場所から血を流して辛そうにしながら、組んでいた相棒らしきワイバーンと遠くに避難して行きました。

 遠くではいつの間にか居たノマルが番や仲間達と共にゆっくりと息を吸い込みました。

「ア゛アアアア゛ッ……」

 ……ハの断末魔が、唐突に聞こえました。短く叫び、そして声は聞こえなくなってしまいました。

「イグッ」

 続いて、マメとアズキの子供の一匹の断末魔も。ぶちぶち、という肉が引き裂かれる音が聞こえました。

 何も、出来る事はありませんでした。自分に対する嫌悪感と、それ以上に色違い達に怒りが湧きました。

 羽ばたきの音は強く、うるさくなってきます。私達の大体は察し、殺した色違いの体を動かせるように身構え始めました。

 理解してなかった一匹のワイバーンが恐る恐る崖下を見ようと頭を出した瞬間に、そのワイバーンの首に二匹の色違いの牙が突き立てられ、ただ無言の内に頭にも噛みつかれてそのまま落ちて行きました。

 そして息を吸い込んだ色違い達が、今崖の上に居る私達の数よりも確実に多く、一気に姿を現し、私達に向けて一斉に火球を飛ばしました。


 先程と同じように、私は今さっき殺した色違いを盾にしてその火球から身を守りました。大体が同じようにして身を守れたのですが、そう出来なかったワイバーンは悲鳴を上げて体を地面に叩きつけてどうにかして炎を消そうとしていました。

 ばしゅ、びしゅ、と毒針を放つ音が沢山聞こえます。私も同様に毒針を使って応戦しますが、更に登って来た色違い達が前に出てそれを食らいながらも火球を私達に浴びせてきました。その後ろでは、毒針から身を隠し、既に色違い達が次の火球の準備をしています。

 これは……記憶にある。

 遠距離の相手に対して攻撃出来る、連続して使う事は出来ない武器を段階ごとに別々にする事によって連続的に攻撃する戦法。

 深呼吸という溜めが必要な火球を、火球を放つ味方を盾にして行い、そして前に出て盾になりながら火球を放つ。放ったら後ろに退いて深呼吸をする。

 どうやって、この色違い達がその戦法を身に付けたのかは分かりませんが、私達はその戦法によって一気に不利に陥っていました。

 毒針で反撃出来るとは言え、肩や急所に当てられなければすぐに墜落はさせられません。私達の群れから数匹が飛んで、それを止めようとしますが、数の暴力によって一匹がすぐに全身を噛み千切られ、落ちて行きました。今すぐにこの攻撃を止めさせる事も出来ません。

 更にそれに加え、ワイバーンの死体は長く盾に出来ない事もあります。ワイバーンの死体は中に燃料があり、高熱になると爆発してしまうのです。

 後ろで溜めの呼吸を終えた色違い達が前と交代しながら、次々と火球を繰り出しました。その三度目の火球が来る直前、私は盾にしていた色違いの死体を捨て、飛び上がりました。これ以上火球が来たら爆発してしまう可能性がとても高く思えたのです。

 案の定、それは様々な場所で起こりました。ぼん、とワイバーンの死体が弾ける音が連続的に聞こえ、一気に炎が飛び散っていきます。

 ノマルが爆発に巻き込まれ、纏わり付いた炎を消そうと叫びながら地面に体を押し付けていました。消す前に死んでしまう程ではありませんが、消すのに時間が掛かりそうでした。

 しかし、既に手遅れなワイバーンも居ました。全身に炎を浴びてしまったワイバーンが死なば諸共と色違い達に飛び、同じく切り裂かれて何も出来ないまま落ちて行きました。

 難を逃れたワイバーンの数は、今上空で火球を吐いて来たワイバーンの数よりも圧倒的に少なく、一気に私達の群れは混乱に陥りました。その中に色違い達は降り立ち、炎を身に受けたワイバーンから集中的に屠られて行きます。私もノマルを助ける余裕もなく、次々と襲って来る色違い達の攻撃に対処するしか出来ません。

 下から残りの仲間がやって来ましたが、その数を以てしても色違いの数よりは少なく、混乱に陥っているのを止められません。

 もしかして、色違い達はこうなる事まで分かっていてこの戦法を取ったのでしょうか? ただ、数が多いだけの烏合の衆ではないのを今更私は思い知りました。 

 さっきとは形勢が逆転し、私達灰色のワイバーンが屠られ、地に血溜まりを作りながら倒れて行きます。

 これじゃあ、勝ってももう、群れとしての数は維持出来ない。

 私は絶望的にそう思いました。私が出ようと思ったからこの色違いが来たのでしょうか? そんな事はあり得ないと思いながらも、私は落ち込んでいました。

 喧嘩で培って来た経験に半分身を委ね、至近距離の火球を躱して首に食らいつき、そのまま肉を噛み千切って飲み込みます。

 けれども、どうであれ、この色違い達を全滅させなければいけない。

 アカが傷付いた番を守ろうと必死に数匹の色違い相手に毒針を放っていました。

 ノマルが自分に纏わり付いた炎を消してほっとした瞬間、首を踏みつけられ、何とか折られるのだけは回避して立ち上がりました。

 傷付いた母の方へ色違いが数匹行きました。

 ここでも炎が燃え盛る今、全ての戦況が私には鮮明に見えました。しかし、私自身、他のワイバーンを助けに行く余裕がないのも同じでした。

 毒針もうかなり少なくなっていました。火球を放てるのも良くて後二回でしょう。しかし、殺すべき色違いの数はそれでは到底足りず、私の喧嘩で培った体力も確実に削れてきていました。

 後ろで行われている聖域での戦いは、こんなに大勢での乱闘が行われていても邪魔される事なく続いていますが、こちらの方が有利だった筈がいつの間にか数は拮抗していました。

 しかし、その戦いで私に出来る事はありません。乱入しても良いかどうかも分かりませんし、乱入したとしても戦力になるかどうかも怪しいのです。

 とにかく、殺さなければ。私はそれだけに集中する事にしました。


 いつの間にか濃い曇り空が月を覆い、ワイバーンを燃やす炎だけがその代わりの明かりとなっていました。

 毒針の数が明らかに一桁台になり、火球を撃ち尽くしても色違い達はまだまだ居ました。無傷でも体力が少ないワイバーンは見るからに疲労し始めていて、そんな素振りを見せたワイバーンはまだ元気な私のようなワイバーンに屠られていきます。

 しかし、体力の面では色違い達の方が多く、劣勢なのは変わりません。

 決まった住処でのほほんと暮らしていた私達よりも体力が多いのは当たり前なのでしょう。

 ただ、どちらも数がもう少なくなっていました。

「イ゛アア゛ッ」

 ノマルの悲鳴が聞こえ、私は咄嗟にその方を見ました。私達の群れでは本当の成獣以外は半分、いや、八割以上が既に殺されてしまっていたのですが、ノマルはまだ生きていました。しかし、これは私が助けに行かないととても危ない状況でした。

 ノマルは尻尾の根本に噛みつかれ、そこからはぶちゅぶちゅと血が噴き出していました。

 その瞬間、距離を取って対峙していた色違いが襲い掛かって来て、私はそれを無視してノマルの方へ走りました。

「ガアアッ!」

 無視されて怒り、色違いは愚直に私を追って来たので毒針を後ろに放っておきます。

 すぐには全身が麻痺する事は無いですが、身に受けたにせよ、躱されたにせよ、距離が開くのは間違いありません。

 ノマルは必死に暴れながらも、二匹を相手に何とか生き延びようとしています。

 しかし全身の火傷に加え、この出血で弱々しくなっているのは明らかでした。

 ノマルの元へ辿り着くと、尻尾に噛みついていた色違いが気付き、私に振り向きました。色違いの方も本当に弱い色違いは殆ど生き残っておらず、簡単に屠れる事はもうありません。

 しかし、大体が私より弱いのは確かでした。

 ノマルは尻尾が自由になった途端に、尻尾を暴れさせ始めました。私の方を振り向いた色違いはそれに気付くのが一瞬遅れ、その尻尾を首を持ち上げて躱したものの、まだほんの少し残っていた尻尾の毒針が首に掠めました。

 そして私への対処も遅れ、私はその首に鉤爪を突き刺し、引き裂きながら後ろを振り向きました。

 断末魔の代わりに血飛沫を私に届け、その色違いは倒れます。

 ノマルと戦っている色違いはもう一匹居ますが、ノマルはもう殆ど戦えません。早く遠い所へ逃げて、誰かに尻尾の傷を舐めて貰うか、焼いて貰うかしないと出血で危険です。

 マメの姿が全く見えない今、私は兄妹が私だけになってしまう事を恐れていました。

 しかし、後の一匹だけは自力で倒してくれないと駄目でした。後ろからは私を追って色違いがやって来ているのです。強い足音がすぐ後ろに迫っていました。

 私は更に回転し、尻尾を強く振り回しましたが、それは当たりません。回転する視界に尻尾の鋭い刃が映り、私は咄嗟にそれを角で受け止めます。

 ガン、とその刃が僅かに角に食い込んだのを感じ、色違いはそのまま尻尾を押し引いて更に私の角を切ろうとしてきます。

 もし、その刃に毒があったとしたら。咄嗟に私が出した答は色違いに突っ込む事でした。

 このまま引き切りをされると、どのみち刃が角の先にある鼻を切り裂きます。その時点でその刃に毒があったら私は死んだと同じです。

 動けなくなったワイバーンは確実に全て殺されていました。私も殺しました。

 色違いは驚きながらも、今度は蹴りを私に食らわせようとしてきました。蹴りの速さは並なもので食らっても大して怯まないと思い、口を閉じ、敢えて蹴りを食らいます。

 顎に当たったその蹴りは頭に響きますが、あの犯されそうになった時程ではありません。大してふらつきもしません。そのまま私は色違いの腹にぶつかり、そのまま頭を下げて角を当ててから、思い切り持ち上げました。

「イ゛……」

 ずぶり、と色違いの腹に二本の角が刺さります。色違いは怯み、私の角に食いこんでいた尻尾から力が抜けたのが分かりました。

 その瞬間に私は角を抜いて強引に距離を取り、刃から逃れました。

「ヴアアッ」

 どばどばと、色違いの腹からは血が流れ始めていました。私の角からも付着した血が額に流れて来ています。

 色違いは動けなくなる前に私だけでも、と襲い掛かってきました。死に掛けの生物は何だって必死で、ただ弱っているよりもよっぽど良い動きをします。しかし、直線的にもなります。

 噛みつきを後ろに下がってやり過ごし、口が閉じられた瞬間に私は翼腕を振るおうとしますが、尻尾の刃がそれを切り裂こうとして来たので引っ込め、次は両翼腕で突き刺そうと思いながら更に後ろへ下がります。

 こちらから攻撃を掛ける必要はありません。腹から出る血の量は多く、それに毒針が刺さった痕も足に見えました。放っておいたらこの色違いはどうせ動けなくなるのです。

「ヴヴ……」

 卑怯者め、と睨みつけられたように思えましたが、この色違いに正々堂々と戦って無傷で居られる自信はありませんでした。

 色違いは翼腕をがくりと落とし、地面に付けました。もう、限界なのでしょう。

 ……いや、違う。

 その一瞬後、足に力が入ったのが見えました。私に最後の攻撃を仕掛けようとしています。

「ア゛アアア゛ッ!」

 強く叫びながら、両足で跳躍するように色違いは私に向かってきました。

 また噛みつきか? 先程と同様、口が一番先にあります。しかし、今度は違いました。

 だん、と強い足音が聞こえ、私の目の前でいきなり身を伏せて体を回転させ、鉤爪を向けてきました。

 踏みつけて抑えつけられる絶対の自信がありません。それを更に後ろへ下がって躱すと、今度は尻尾が振るわれます。尻尾は高く上げられ、伏せるにせよ跳ぶにせよ、後ろに下がるにせよどれも間に合わない絶妙な高さで来ました。

 そう言う時の対処の仕方は、前に走る事でした。遠心力が余り働かない、前の方でそれを受ければダメージも少なく、私は背中でそれを受けました。

 しかし、尻尾は止まる事なく、先の方がしなって私を切り裂こうと刃が来ます。

 それを鉤爪で弾くと、色違いは私の後ろを取ろうと動いたのが感じられ、私は自分の尻尾をその足に引っ掛かるように振るいました。

 ばし、と足に引っ掛かる音がしたので、そのまま巻きつけながら、私は弾いた色違いの尻尾を叩き落として踏みつけました。

「ヴ……ヴヴ……」

 足を取られ、尻尾を踏みつけられ、もう色違いは動けない筈でした。引っ掛けてある尻尾を振り解こうともう片足を上げて私の尻尾が蹴られ始めたので、強く引っ張って転ばせます。片足で立っているなら簡単な事です。

 少しだけ、手強かったかな。

 そう思いながらも私は尻尾を踏みつけたまま振り向いて、うつ伏せに倒れている色違いに動かれる前に、首を踏みつけて折り、止めを刺しました。

 私が角で腹に穴を空けてからの攻防の跡には血の軌跡があり、死ぬ直前まで大量の血を流していたのが見て取れました。

 それでも全く動きを鈍らせなかったのは、敵ながら尊敬出来る事でした。

 そう言えば、ノマルは?

 私ははっとして、ノマルが戦っている方を振り向きました。

 …………ああ。

 ノマルも大量に血を流しながら、全身に火傷を負いながら、それでも必死に戦ったようでした。

 ノマルは、色違いと互いに首に噛みついたまま、倒れていました。もうどちらにも意識は無く、必死な表情だけが残っていました。

 ……それでも私には、感傷に浸る余地はありません。悠長に泣くのは許されません。

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