2-13
私は戦い続け、その戦いの思考と同時に、並列して雑多な思考が常に流れ続けていました。
どうして、ここまでして戦いが拮抗してしまったのだろう。
私達の方が色違いよりも弱かったにせよ強かったにせよ、戦力に差があれば、これまでに死者が増える事は無かったでしょう。逃げてここから去るにせよ、勝って追い払えたにせよ、ここまで戦い続け、死体が増える事は無かった筈です。
崖下にも死体は沢山あります。この崖の上にも死体は沢山あります。一体、何匹のワイバーンが死んだのでしょう。
ノマルの死体はいつの間にか誰かが放った火球により、相打ちになった色違いと共に燃え始めていました。
燃えて体内の燃料が爆発し、腹の中身をぶちまけた死体があります。首を噛み千切られた死体があります。崖っぷちにあり、戦って死に、葬られるべきなのに、あの糞尿の場へずるりと落ちて行った死体があります。
その沢山の死体に躓いて、そこを狙われたワイバーンも沢山居ました。
もう、どちらも、戦い続けて勝ったとしても得る物は無いと分かり切っていました。時々発せられる咆哮は虚しい響きがあり、敵であっても命を奪うまではしないワイバーンもちらほらと現れ始めています。
私も戦いが好きだとは言え、もう、辟易していました。意味も無いのに殺し続けるのは嫌な事でした。
振るわれた尻尾の刃を噛み砕き、色違いが驚いた瞬間に私は体当たりをして色違いを倒しました。しかし、私も殺す事はもうせず、頭を強く踏みつけて気絶させるだけに留めました。
折れた一本の角が弾け飛び、私の皮翼にこつんと当たりました。
気絶した事を確認すると、私は噛み砕いた刃を吐き出しながら、周りを見回してみました。
負けて気絶したり、怪我を負ってふらふらと戦いの場から逃げるワイバーン達を追うワイバーンも既に居なくなっていました。
しかし、そうになってまでも戦いは終わりません。決定的な何かが、勝敗を決定づける何かが起きない限り、戦いは終わらないのです。
これ以上命を散らしても何も得る物が無くとも、戦いは勝敗が決まるまで終わりません。
引き分けたとしたならば、そこには死体以外は殆ど何も残らないでしょう。
戦い続ける内に、やっと喧騒は収まって来ました。曇り空は更に濃くなってきていました。
聖域での戦いも半数が死に、今尚戦っている僅かを除くもう半数が動けなくなって一線から退いていました。
体と体がぶつかり合い、ただひたすらに戦う音がそこからはずっと響いていました。
こちらの戦いももう殆ど終わっていました。僅かながら私達の群れが最後にまた優勢になり、私とアカは本当に久々に共に、二匹の色違いと戦う事となりました。
アカの方が疲労しているのも、あの時、老ワイバーンと戦った時と同じです。しかし、アカの疲労は番を守り切った代償でもありました。アカの番は今、遠くで戦いから逃れられていました。
ぜい、ぜい、と大きく息を上下させながら、背や腹から血をたらたらと流しつつも、アカは前に立つ二匹をしっかりと睨み付けています。
ぽつ、ぽつと雨が降り始めていました。
ごろごろと、雷の音も聞こえ始めていました。きっと、すぐに大雨になるでしょう。
私はそうなる前にと、息を吸い込みました。
「ルアアアッ!」
「グオオオッ!」
そして、それを皮切りにきっと最後の戦いが始まりました。
毒針は後、四本ありました。その内の二本をそれぞれに向けて放ちますが、流石にこれまで生き延び、戦って来た色違い達には当たりませんでした。
翼腕で弾かれ、角で受け止められ、そのまま二匹は私達に突っ込んで来ます。
アカは姿勢を低くして待ち構え、私は走り、一匹に向って跳びました。それに対し、尻尾の刃が振るわれ、私は同じく尻尾の先でそれを弾き、跳び蹴りを防御している翼腕に強く放ちます。
後ろではアカともう一匹の色違いも既に交戦していました。
着地し、後退った色違いは防御で口を隠すと同時に息を吸い込んでいました。私は後ろに下がり、アカと交戦している色違いとの直線上に立って待ち構えました。
「ヴル?」
少し挑発すると、ぴたり、と色違いは放とうとした火球を止めました。
私が火球を避けられれば、仲間に火球が当たってしまうのです。後ろはぎしぎしと、鉤爪同士の擦れる音を立てて硬直状態になっていました。
息を止めていれば、火球の射程距離も短くなって行く。もう少しだけ待ってから、私はその色違いにまた攻撃を仕掛ける事にしていました。
「アアアッ!」
アカが後ろで吼え、色違いを強く押し出しました。
ざり、がり、と後ろから色違いが押されて近付いて来る足音が聞こえ、私は一瞬でそれが意図的なものかもしれないと察しました。
その瞬間、背に冷たく鋭い感触が当たり、上へとそれは駆け抜けて行きます。
背を切られた。理解すると同時に痛みで一瞬私は硬直し、その瞬間目の前の色違いの口が赤く光ったのが見えました。
「ヴ、アアッ」
避けなければ。反射的に、半ば強引に私の体が意志の伝達よりも先に動きました。左足が右前に動き、火球が色違いの口から一気に大きくなって私に向かってきます。
体を倒し、左足を蹴って私は跳びました。尻尾が回避に間に合わず、ねっとりとした炎に包まれ、焼ける感触が体をつんざき、同時に強い悲鳴が聞こえました。
それはアカの悲鳴ではなかったのが幸いでしたが、それを喜んでいる暇は私にもありません。
私も歯を食いしばりながら、燃えながら纏わり付いた燃料をどうにかして消そうととにかく地面に叩きつけます。
痛くて、熱くて、それでも雨は降ってきません。とにかく消さなければ私の尻尾は焼け焦げてしまいます。
とにかく無我夢中に尻尾を叩きつけているとアカが来て、私の尻尾を全身で抑えつけました。
燃える為の空気を得られなくなり、次第に炎は消えてくれました。
しかし、消えてもかなり痛いです。一度だけ火球をまともに受けてしまった事があるのですが、その時はすぐに川に飛び込めたので大して痛くはなかったのですが。
少し、痕が残ってしまうかもしれません。
「ヴル」
「ルララッ」
アカに感謝を伝えながら後ろを振り返ると、同じく背中の炎を消し終えてほっとしている色違いの二匹が私達の方を見ていました。
それを見て、私はこの色違い達も殺さないだろうと思いながらまた吼え、戦いを再開しました。
雨がさらさらと、そして強くなりながら降って来ていました。互いにじりじりと歩み寄り、背中の痛みで私は切られた事を思い出します。
その瞬間、私は体が一気に重くなるのを感じました。……やっぱり、毒がある。
私達の持つ毒の種類と同じなのでしょうか? 必死に誤魔化しながら、平静を保とうと歩みを続けますが、次に体を痺れが襲いました。
びり、びりと上手く体が動かなくなってきます。それを見て、色違いがすぐに襲い掛かってきました。
アカは私の異変に気付いていません。先程と同様、一対一が二つという形で戦う事になってしまいました。
しかも私の相手は無傷の、背中を火傷していない色違いです。
動けるは動ける。けれども、鈍くしか動けない。
色違いは私に噛みつこうとしてきて、翼腕でそれを受け止めながら噛み千切られる前にもう片方の翼腕で殴ろうとし、色違いは余裕でそれを避けました。
ずきずきと、ぼたぼたと翼腕からも血が流れてきます。
毒針は後、二本。もう余り動けない私はそれに賭けるしかありませんでした。尻尾は動かそうとするだけで酷く痛みます。正確な狙いも付けられそうにありません。
私はまた襲い掛かって来る前に後ろに転がりながら毒針を一本放って、一瞬だけですが距離を取りました。
体の中心に飛ばした毒針は何かで弾かれる音が聞こえ、最後の一本、私は再び距離を詰められる前に尻尾の細くなった先の方を咥え、先端を色違いに向けました。
もう、殆ど動けません。毒針には即効性は無く、けれども肩に当てれば飛べなくなるように、当たった場所はすぐに痺れます。
狙うは、一番防御が疎かになりやすい足。口で尻尾を固定すれば、毒針は確実に狙った場所に飛ばせます。
「アアッ!」
「ヴヴ……」
アカが遠くでその背中を火傷した色違いを圧倒していますが、まだ決着は着いていません。
そして、私の目の前の色違いはゆっくりと翼腕を構えて歩いてきました。
雨は、激しくなっていました。
ただただ、じっと、最良のタイミングを私は待ちました。
色違いは毒針を弾けるように、翼腕を目の前に構えて少しずつ、少しずつ私に向かってきます。
体は非常に重く、気を緩めるとすぐにでも倒れてしまいそうです。しかし、倒れる訳にはいきません。
もう、負けても殺されないとしても、負ける訳にはいかないのです。この私達の群れの場所を食い荒らされる訳にはいかないのです。
ざあ、ざあ、と大雨が全てのワイバーンを平等に濡らしています。雨は背中や翼腕の傷に滲み、同時に熱く痛い尻尾を癒してくれていました。
そしてあちこちで燃え広がっていた炎は消え始め、視界は急激に暗くなり始めていました。
もう、色違いとの距離は体一個分程度しかありません。色違いはそこで止まりました。
視界が悪くなる事は色違いにとって好都合でした。私の毒針の狙いが悪くなってしまうのです。
けれどもまだ、最後の毒針を放つ最良のタイミングではありませんでした。色違いの防御の構えはしっかりとしており、今放ったとしても、弾かれるのが目に見えていました。
視界の隅では、アカが攻めあぐねているのが見えます。アカと戦っている色違いは、私と対面しているこの色違いが勝って加勢してくれる事を信じ、必死に耐えているようでした。
私が倒れない限り、あの色違いは倒れないでしょう。そして、逆も同じです。アカと戦っている色違いか私が倒れれば、それでこの戦いは終わるのです。
私が、勝たなくてはいけない。アカと戦っている色違いもそう思っている事でしょう。弱っているからと言って、負ける訳にはいかない。
強い雨の音に紛れ、足音は聞こえなくなっていました。視界はもう暗闇に近く、辛うじて輪郭が見える程度になっていました。
まだ、駄目だ。目も耳も、どちらも役に立たなくなったとしても、今じゃない。
火は消え、殆ど暗闇になりました。雨音が足音を消していて、私は目の前がどうなっているか殆ど分かりません。
そして、突如私はざしゅ、という切り裂かれた音を体で聞きました。
あっ……。右目が、切り裂かれた。尻尾の刃が、私の片目を、切った。暗闇が、無に変わった。熱い、痛み。
咄嗟に私は尻尾を強く噛んでいました。びぐ、と尻尾が強く反応し、毒針がいつもとは全く違う強さと速さで飛んで行きました。
「アア゛ッ」
「ヴッ」
どすりと、確かに刺さった感触がしました。どこに刺さったかは全く分かりません。しかし、動かなければ。相手が動けなくなるまでの間に、逃げるか、それか倒すかしなくては。
「ヴアア゛アア゛ッ!」
目は酷く痛く、熱く、だらだらと血や何かが出て来る生温い感触が顔を通って行きます。体はもう、殆ど動きません。けれども、動かなければ。逃げる程動けないけれども、どうにかして、どうにかして、この色違いを倒さなくては。
その瞬間、雷がすぐ近くに落ち、轟音と真っ白な視界が一瞬辺りを覆いました。
一瞬、まだ光がある片目が影と光だけの視界が私に縮こまった色違いの、アカの、全てのワイバーンの姿を映し出し、私はその瞬間、動けました。私だけが、片目を失明し、その光の方向を直接見ずに済んだ私だけが、皆程怯まずに動けたのです。
「ラ゛ア゛アアアッ!」
一歩踏み出し、翼腕を高く掲げ、そのまま再び暗闇となった目の前の空間へ強く振り下ろしました。
ごん、と頭に強く当たる感触がし、「ヴッ」と呻き声が聞こえます。
私は前に倒れながら、もう一歩踏み出し、蹴りを腹にどす、と加えます。
「ウアッ」
頭と頭がぶつかり、角と角がぶつかり、私は最後に翼腕を首の後ろに回します。腹に刃が刺さり始めました。
「アアアアッ!」
私はその刃が動く前に、最後の力を込めて、色違いを思い切り下へ叩きつけました。
「ア゛……」
ばしゃり、と頭から水に濡れた岩の地面に叩きつけられる寸前、色違いの呆気に取られる声を聞き、そして尻尾の刃は抜けていきました。
私ももう動けず、その色違いの上に倒れました。
「ヴゥ……」
私も、私の下に倒れている色違いもまだ意識はありましたが、もう戦いは終わりました。色違いは動こうとはしませんでした。
アカとそちらの色違いがどうなったかも、族長達がどうなったかも、この暗闇の中では分かりません。
偶に降る雷の光の一瞬を見るしかありませんでした。
腹の傷は浅く、出血は大した事はありません。片目を失ってしまったのは大きな代償でしたが、負けるよりはましでした。
雲から雲へと移動する雷が薄暗く周りの状況を時々一瞬だけ映し出し、こちらでの戦いは殆ど終わっているのが見えました。
アカはまだ戦っています。他のワイバーン達ももう殆ど戦い終え、勝ったワイバーンは雨雲に向って吼え、最後に残った数匹ずつが対峙していました。
そして聖域では未だにずっと、戦いが行われていました。族長ともう一匹が、三匹を相手に舞うように戦っている姿が散発的に映し出されます。確か、族長と一緒に戦っているワイバーンは族長の番の一匹だった気がします。
数では不利なのにも関わらず、ずっと戦って来たのにも関わらず、動きは鈍る事なく攻撃を仕掛け、全ての攻撃に対して正確な防御がされていました。
傷は全員に見られますが、全て浅いものでした。
雷がまた近くに落ち、しかし今度は怯える所か自分を奮起させて更に戦いが激しくなっていきます。
戦っているワイバーンを除く、全てのワイバーンはその戦いを見ていました。
傷付き、避難したワイバーンも、気絶から眼を覚まし、気怠そうに体を起こしたワイバーンも全てその戦いを見ていました。
ばしゅしゅ、と族長と番のワイバーンが何のタイミングに合わせてか同時に一匹の色違いに向って毒針を放ちました。
それは咄嗟に防御された皮翼に刺さり、そこに族長は突っ込んで体当たりを仕掛けていました。番は一時的に二匹のワイバーンを足止めします。
体当たりは踏ん張って、何とか耐えたものの、族長は即座に翼腕の殴りのフェイントをしながら股間に蹴りを放ち、その色違いを悶絶させ、倒しました。
……仕舞ってあるとは言え、きっと凄く痛いのでしょう。
二対二になり、私達が戦っていたのとは違く、一対一が二つではなく、どちらも二匹が互いに協力して新たに戦いが始まります。
「……ヴゥ」
「ヴル」
敵同士ですが、私と色違いは倒れたまま、その凄さに共感していました。
勿論、ノマルが死んでしまった事や、ここの群れの大半が殺されてしまった事はとても悲しいのですが、この色違い達には恨みはもう、余り湧きませんでした。
本当にこの色違い達が辺り構わず食い荒らしてきたとしても、生き方の違いを攻める事は出来ませんし、意味もありません。そうやって生まれてからそれが当然のように生きて来たのでしょうから。
それに私達だって、森から帰って来る試練が本当に単なる口減らしの為ならば、子供よりも肉欲を優先させている汚い群れなのです。
そんな事も考えましたが、何にせよ、生き方に正しさはありません。ただ一つ言えるのは、死んだのは弱かったのが悪い、という事です。ワイバーン同士の戦いなら、それだけです。
その感覚は、オチビを喪った時と似たような感じでした。
聖域での戦いは激しさがずっと加速していました。
次元が違うような速さ、技術、力。全てが私には敵いません。色違いの戦い方は力任せな部分が多いのですが、少し強くなると最低限の技術はありました。
更に強くなると私と同じ位の技術を持っている色違いも居ました。そして、目の前で戦っている色違い達は私よりも高度な技術を身に付けています。
結局、辿り着く所は変わらないのでしょう。技術が先か、力が先か。
戦い方の違いは、どちらが先に身に付いたか、それだけでした。
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