第8話
遺跡入口で女神像に向かって一礼するとレイはぐるりと内部を見渡した。
中に入って最初に感じたことは、案の定、遺跡の中に人の気配は感じないなという事だった。
(ここに乙女神は居られぬようだ)
十分予想出来る事だったので特段驚きはしなかった。むしろ一人の女性が、帰り際に険しい山道を下る必要な無さそうなので、若干ほっとしたぐらいだ。
風化した壁、蔦に覆われた長椅子、更に遺跡の外壁から天井部分までくまなく調査を行っていくものの、特にめぼしいものは見受けられない。
やはり何かあるとすれば、祭壇と女神像だろう。
レイは遺跡奥に設置された祭壇、そして最奥部に鎮座する女神像へと足を向ける。
「私が乙女神をお迎えに上がった、”騎士”のレイ・グランでございます」
女神像に向かってあいさつし、これまで出来なかった女神への祈りを述べる。レイは熱心な信者というわけではなかったが、それでも週に1回は教会を訪れる程度の信仰心を持っていた。
祈りを終えてまずは祭壇に触れる。高さは腰あたりまでで、供物を捧げる小さな台や燭台が設置されている。
「うーん……特に何もないようだ」
やや拍子抜けしつつ、本題の女神像へ目を向ける。
かろうじて人の姿としての形を保っている石像は、左手を胸に、右手を天へ向け、空を仰いでいる。
都の女神像はそれに更に細かい彫刻が施されており、優しく微笑んでいるのだが、残念ながら目の前にある像は表情が分からない。
「ん……」
そこでレイは、とあるものを見つけた。
胸に添えられた左手の上に、淡い碧色をした石が置かれてある。
「なんだ、これ」
遠目からは見えなかった。何せ女神像すら植物に覆われ、半分以上は緑色なのだ。その中に紛れていたようだ。
レイはそれをまじまじと見つめた。陽光に反射してきらりと光っているその石の表面はさほど汚れておらず、少なくともこの遺跡とともに歴史を重ねた形跡は無いようだ。
レイは手を伸ばし、その石に触れた。
「――――!」
そして触れた瞬間、石は凄まじい光を放った。
反射的に目を閉じ、右手は無意識にガラザスへと向かう。
(なんだ、いったい何が起こった……!?)
『後ろを向いて、私を見なさい』
レイはゆっくりと目をあけた。目の前にあったはずの碧色の石が無くなっており、代わりに背後から声が聞こえる。
言われたとおりに振り返り、そして目が飛び出るかと思うほど、彼は驚愕した。
『よくぞここまでやってきました。次の乙女神を探し出す捜索者よ』
「ジャネット…様……」
レイの目の前には、半年前亡くなったはずの先代の乙女神の姿――ジャネット・マリアスの姿があった。
先ほどの石と同じ淡い碧色の瞳と金髪は、年を重ねた今も美しい。生前と何一つ変わらぬ凛々しい表情を湛え、背筋をしゃんと伸ばした美しい老婦人は、レイの目には――まさに消え去る寸前、のように見えた。
何故なら彼女の体は半透明であり、向こう側に先ほどレイが入ってきた遺跡の入口が見えるからであった。
『これを見ているという事は、わたくしは既に女神の元へと旅立っているのでしょう。聞きたい事はたくさんあると思いますが、捜索者よ、時間がありません。私の話を、よく聞いてください』
レイはごくりと喉を鳴らして、目の前の光景に圧倒されていた。ジャネットはどうやら――どうやら今のレイを見ていない。これは過去の、生前のジャネットがレイに残した痕跡のようだった。
ジャネットは前を見据え、きっぱりと、断言した。
『バトロンを信じてはいけません。あの男を、信用しないでください』
紅の女神 @shirotama
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