第7話

道なき道を歩いて早四日目。

 かろうじて道と判断できる細い山道――獣道といっても差し支えは無いだろうが――をただひらすら進んでいた。

 村人が行くのはやめとけと言う理由が分かった気がする。草木はもちろん伸び放題で、しばらく人が立ち入った気配が無い。

 山なので自然が繁茂する事は当然といえば当然なのだが、いちいち細かい枝や鋭い葉を持つ植物がマントや皮膚に引っ掛かり、細かい傷を作る。

 消毒薬と毒消しを買っていてよかったと思うと同時に、町に出たら再び補充せねばならないなと、やや徒労感に苛まれるのもまた事実。


 帰り際に乙女神がいることを想定し枝葉を切り、道を広げながら進むのだが、山頂までの道のりが遠いことこの上ない。

 仮に乙女神がそこに居られたとして、その先を想像すると正直気が滅入る。

 万物を統べる力を持とうと、体は生身の人間。ましてや女性だ。傷の一つもつけるなとバトロンに言われているわけではないが、万一捻挫でもさせてしまったらどうなる事だろうか。

 今好き勝手に使っている旅費全てを、罰として全て教会に償還しろと言いかねない。


「たくましい御方だと好ましいな」


 本来民衆が求める乙女神は「華奢で、美しく、愛と慈愛に溢れる方」なのだが、今現在レイが求めるのは「足腰が丈夫で、毒蛇ぐらいなら素手で倒せる」ような御方だった。


「しかし、こんな場所に本当に何かあるのだろうか。女神は何だってこんなに、厄介な場所を示されるのだろう」 


 もはやレイは、遺跡があること自体疑っていた。人っ子一人もいないような場所に、人類の希望とも言える存在を降臨されるのであろうか。

 いくらあの大司教が言ったことでも、たまには間違いもあるのではないだろうか?


(とりあえず山頂には向かおう。そこで遺跡を探し、何もなくても大司教に報告せねばなるまい)


 白い花に群がる美しい蝶に目をやりつつ、レイはまた一歩、足を進めたのだった。




  ◇◇◇◇ 



≪ファナ・ヒルミナ山 山頂≫


 そんな事が書かれた崩れかけの看板が見えた時には、レイは色々な思いが詰まった息を、深々と吐き出したのだった。


(ファナ・ヒルミナ山というのか。元々このあたりの名前もそんな名前だったのかもしれないな。人々の口伝で受け継ぐうち、後半部分はいつの間にか廃れてしまったのだろう)


 山頂は開けており、景色は見事であった。

 数日前まで泊まっていたファナ村を眼下に見る事が出来、遠くには近隣エルガンド国との境目に位置するミハル湖や、国を分断するようにそびえるエナ・タハヤ山脈が見える。

 さすがに国東に位置する、希望都市ハンジェッタの大時計台までは見えなかったが、壮大な景色にこれまでの疲れをしばし癒す事が出来たのだった。


「すごい……こんな場所があっただなんて。上ってきた甲斐があったな」

(すごいわレイ、とってもきれい。見て、あのお城。いつも見上げるのに、あんなに小さくみえる)


「…………」


 彼女ならきっとそう言って喜ぶ。そしてレイはそんな彼女を見て、そうだな綺麗だなと言うのだ。

 景色もそうだけど、君はもっと美しいよとは照れくさくて言えなくて、それで誤魔化すように彼女を抱きしめるのだ。


 ――そんな情景が目の前に浮かんでは、薄っすらと消えていく。レイの心の奥底が小さな痛みを訴え、いつまでも疼く。

 そんな光景は二度と訪れないと分かっていても、未だに彼女との事を想像してしまう自分は、あの日から一歩も動けていないのだといつも再認識してしまうのだった。

 それとともに寂しさと情けなさと、惨めさと。いろんなものが噴き出ては、無理やりそこに蓋をして、見ないフリをする。


「俺はちっぽけな人間だ」


 頭を振って眼下の光景を断ち切り、周囲を見渡した。強引に思考を切り替えて、目的とする遺跡を探す。


「……あれか」


 ほどなく、伸び放題の草木と蔦に囲まれ、山とすっかり一体化した遺跡らしきものを発見した。

 まさしく"人に忘れ去られた遺跡"と呼ぶに相応しい風貌。

 屋根部分は全体の2割程度しか残っておらず、内部も雨風に晒されているようだ。

 人がいなくなって久しいようだが、一応長椅子と祭壇、それに女神を象った石像のようなものがある。

 想像していたよりも小さい遺跡であったが、どうやらここが「ファナ遺跡」であるようだ。


(中に入って、色々と調べてみよう。来るのには苦労したが、大司教が示した遺跡だ。きっと何かがあるだろう)


 あるいは、何もないかもしれない。

 それもそれで収穫だ。少なくとも久方ぶりに女神へ祈りを捧げる事は出来る。


 レイは一つ息を吐き出すと、遺跡の内部へと足を踏み入れた。

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