第6話

謁見の次の日から、それまで就いていた任務を同僚に引き継ぐ作業に追われた。

 いきなりどうしたのだと周囲はいぶかしんだが、本当の事を言えるはずもなく適当に濁していたら、いつのまにか「あいつは王の怒りをかって首になったらしい」とかいう噂がたっていたのには仰天した。


 とはいえ一頭の馬と最低限の食糧をそろえて出発した時は、まさかこんな事になるなんて、一体誰が思っただろうとぼんやりと考えたのを覚えている。

 ということで、レイは乙女神を探す旅の最中にいるのであった。


(まあ、特典がついてるのはいいけどな)


 乙女神を迎えに行くという大役を仰せつかったためか、バトロンから旅人として最大級の恩恵を授かった。

 まず、旅費は全て教会持ち。何を買おうとどこに泊まろうと、レイにかかる経済的負担はない。薄い金で出来た一枚の札を見せると、皆快く応じてくれた。

 貰えるものは貰っておこうかと、旅に出る前に薬やマント等の装具一式を新調したのだが、これも文句一つ言われることはなかった。


 レイはシャワーをあびて、泊まった宿屋で朝食を食べ腹ごしらえを終えた。旅仕度を整えたので、目的とする地に向かって馬を走らせているところだった。


『乙女神様がおられる場所は、いくつか見当がついている』


 あのあと、バトロン大司教から直々に手紙を受け取った。


『まずは、首都から北西に位置するファナ遺跡へ向かってくれ。その他の場所についても、追って連絡する     バトロン・ウルファング』


 流暢な文字で、それだけ。おそらく他の場所についても大体の位置はつかめているのだろうが、他者に知られるのを恐れているのだろう。


 広大なこの世界のどこに「彼女」がいるか分からない。レイ一人で早急に探し出せというのは酷な話であった。

 だから乙女神に次いで神に近い存在とされるバトロンが、その力を惜しみなく使おうと申してくれたのだった。


 彼はこの世界の人口の、およそ十万人に一人の確率で生まれてくる『紅翼』と呼ばれる存在だった。


 『紅翼』とは、女神の恩恵を特に授かった、異能を使う者のことを指す。

 その能力は様々で、使う者によって威力も種類も異なるという。


 バトロンの持つ力は『千里眼』。彼が何をどこまで見えて、見える範囲がどこからどこまでなのか、それは本人しか知り得ない。視る事が出来ないのは女神の御姿と未来だけ、とすら言われている。

 つまるところどこで何をしていようと、彼の手にかかれば行動も思考も全てが丸裸にされてしまうも同然という事なのであろう。


 とはいえ彼の力を持ってしても、乙女神を探すのは困難を極めるようである。

 複数見当がついているとはいえ、それすら断言はしていない。


 人任せにするつもりはないが、こればかりは闇雲に動いても時間がたつばかりであり、『紅翼』ではないレイは居場所の検討すらつかない。ある意味バトロンからの便りが頼みの綱なので、命じられるままに動くしかなかった。


「ファナ遺跡……ね」


 目的地はだいぶ近づいている。

 今朝泊まった宿屋はファナ村と呼ばれる。このファナ地方はルドと呼ばれる甘酸っぱい果物の産地で有名で、乾燥がひどくどこに行っても埃っぽい。

 鼻から下をスカーフで覆って息はなんとかしているが、舞い上がった砂埃が始終付きまとい、さっきから目がちくちくして前が見え辛かった。


(しかし地元民も知ってるのか怪しい小さな遺跡に、本当に手がかり……もとい、乙女神はいらっしゃるのだろうか)


 村にあった小さな書物庫を見せてもらい、ファナ遺跡に関する資料がないかと探すが、見当たらず。仕方なしに村人に聞いて回ったのだが、これといって収穫は無かった。


『ファナ遺跡? ここから少し行った山の中にあるけど、もしかしてお兄さん、行くつもり? やめときな、あそこは行くのはきついくせに、中身はなーんにもありゃしないんだよ』


 農作業をしていた村人の言葉を思い出す。いったいいつから、誰が何のために建てたのかもわからない小さな遺跡。ずいぶん昔にあった嵐でその6割は崩れ去り、めぼしい遺物も盗賊に荒らされ、それっきり。

 人々の記憶からも薄れ始めており、いくらバトロン大司教が指定した遺跡とはいえ、レイは「ここははずれではなかろうか」と疑い始めてすらいた。


(すぐに終わる旅とは思っていなかったが、長丁場になるのもごめんだ。少しの手がかりぐらいはあってくれよ)


 レイの行く手には、すでにそれらしき山が見えている。このまま進めば、数十分もすれば麓にたどり着けるだろう。


 レイは再び馬の尻に鞭をうって、馬の動きを促したのだった。

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