第5話

レイは文字通り、目を真ん丸にさせた。

 大司教は面白いものでも見たかのように、ほっほと笑う。


「だ、大司教……、何故そのような大役を、わたしが?」


 数々の仕事をこなしてきたレイも、さすがにその言葉には唖然とするしかなかった。

 しかしその反応も、当たり前と言えば当たり前のことだった。


 女神はこの世界の創造主たる神であり、同時にこの世に存在する全てのモノを統べるものと言われている。動物はもちろんの事、植物、大地、風、水。そこにある全ての存在の母であった。

 しかし女神は人の前に現れる事は無く、代わりに人間の中から選ばれた女性が、女神の言葉を伝える役割を担う。

 それが、「乙女神」と呼ばれる存在だった。


 乙女神は、国の代表的な穀物である麦の豊作具合や、季節ごとの災害に関する事や、その年に生まれる子供の数等色々なことを予言し、人々に恩恵を授けている。

 それとともに、恐ろしい魔物が棲まうと言われる異世界とこの世が繋がる扉の「鍵」としての役割を担っており、彼女の存在そのものが平和である事の証であるとして、崇拝されているのだった。


 人間は魔物に対抗する術を持たない。彼女がいなければ、この世は魔物で溢れすぐに滅んでしまうだろう。

 世界と女神と魔物。

 それらの均衡を保つ乙女神は生涯をかけて、平和と安全をもたらしてくれる存在だった。


 そしてつい先日。先代の乙女神は天命を全うし、今は世界中が喪に服している時期だった。

 すなわち現在、乙女神はこの世界に存在しない。この状態が続けば世界は均衡を崩し、やがてその歪みから膨大な数の魔物が出現する。

 人々は先代の死を悼むとともに、次の乙女神の再臨を今か今かと待ち続けているのだった。


「次世代の乙女神を探すという大役は誰にもたらされるのか。それを知るのは国王と、大司教にのみ受け継がれてきた秘密だ。お前が知らないのも無理はない」


 王は相変わらず冷たい声でそう言う。レイはじっとしたまま、二人の紡ぐ言葉に耳を傾けていた。


「乙女神とは、広い人間界の中から選ばれるお方だ。誰が探しにゆくのか。そもそも彼女はどうやって選ばれるのか。その秘密を知っている者はごく僅かだ」

「先日、わたしはとある夢をみたのだよ」


 バトロンはその詳細を語った。

 気が付くと彼は、巨大な図書館のような場所に立っていた。上にも横にも、遥か彼方まで無限に本棚が存在しており、バトロンはその中心部に居た。

 夢だというのに妙にはっきりとした意識を持ち、これはただの夢ではないなと瞬時に悟ったらしい。


「やがてその空間に、一人の女性が現れたのだ。紛うことなく、それは紅き女神様であった」

 彼女はこの世で最も高貴な色とされる紅色の髪と瞳を持つ。バトロンをじっと見つめ、その美しい唇は、とある一言を告げたのだ。


 "騎士"のレイ・グラン―ーと。


「要するにレイ、君は女神に選ばれたのだよ」


 一気に話すと、ふうとため息をつく大司教。

 唖然としながら話を聞いたレイだったが、腑に落ちない点を素直に述べた。


「大司教……。乙女神は、我々人間に恵みをもたらしてくれる大切なお方だ。例え女神がわたしを選んだのだとしても、何故わたしだけなのでしょう?

 兵を動かし大人数で捜索したほうが、見つけ出す確率も高く、乙女神を安全にお迎えする事が出来ます」

「レイ・グランよ。いい考えではあるが、それでは得策とは言えぬ。大勢で動くからこそ、危険なのだ」

「……?」


 先代の乙女神はレイが生まれた頃にはもう齢60歳を過ぎており、以前どのように一人の女性が乙女神として任命されたのか知らなかった。


「乙女神が存在しない今、他国も同様に乙女神の存在を欲している。知ってのとおり、かの御仁の力は強大だ。仮にその存在を手中に収めることが出来たとしたら、おぬしならどうする?」

「……利用、します」

「そう。そう考える無粋な輩がどれほど存在するかわたしとて想像つかぬ。我等が国をあげて捜索開始したとなれば、その捜索を邪魔したり、逆に跡をつけて乙女神様を誘拐するだろう。となると戦争は避けられぬし、我が国の貴重な民を危険にさらしかねんことにつながる。

 それだけは絶対に、避けなければならない」


 だからこそ ―― と、大司教は真剣にレイを見る。


「一人だけ、最も信頼のおける者を迎えに来させるのだ」


 そこには、有無を言わさぬ圧力がかかっていた。

 これ以上はなにを言っても無駄だろう。ここまで言われたら、レイに残された選択肢は一つだけだった。


「……承知いたしました。このわたくしめ、喜んで任務をお引き受けしましょう」


 紅き女神の御加護があらんことを ――

 そう言い残し、レイは王の謁見の間を去った。

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