第4話

「はい。わたしが、レイでございます」


 ふむ ―― 大司教は右手で髭をなで、考え込むようにそう声を発した。

 レイは、こうして呼び出された理由は何一つとして聞いていなかった。

 予め送られてきた書簡の内容も簡素なもので、「いついつ来るように」と一言添えられていただけ。何について話すのか、この場に来た今現在でさえ分からない。


(噂にはきいていたが、大司教は確かに優しそうなお方だ。果たして実際は、どんな方なのだろう)


 そもそもレイは、大司教と直接話すのは初めてだった。

 ”騎士”となった時より、王の護衛や辺境地帯の見回り、近隣国との争いにおける統率等様々な仕事をこなしてきたが、それらは全て軍事に関わる事。

 軍事は大司教ではなく国王の管轄とする職務であり、それにならって自然と、今日まで大司教と直接のかかわりを持つことは無かった。


 一体何故、こんなところに呼び出されたのか ――


「王よ。まさかこれほど若い男であったとは思いもよりませんでしたぞ」


 ほほほ、と笑いながらバトロンが王に向かって話しかける。王は表情を変えず、返事を返した。


「剣だけではない。この私が"騎士"と認めた男だ。確かに若造だが、実力は確かだぞ」


 大司教はまたしても「ふむ」と声をもらし、髭を撫でる。どうやら癖であるらしかった。

 一方のレイは困惑していた。呼び出されて早10分、一向に話が見えてこないのだ。


(一体何だろう。早く要件を話してほしいんだが)


 スティアナにとって"騎士"とは、特別な存在だった。

 "ガラザス"と呼ばれる国宝の剣に選ばれた者のことである。

 女神がこの世を創造した時から存在しているとされ、その出自はいまだよく分かっていない。

 刀身は紅色の金属でできており、一体何の、どんな金属なのか今現在も不明であった。

 通常の人間がガラザスを持つと、とても重く感じる。どんなに屈強な戦士であろうと持ち上げることは叶わず、ましてや武器として機能してくれる事は絶対に無いのである。

 しかし”騎士”にとっては違う。その躰は羽のように軽く、主の意思と呼応して忠実に動いてくれる。

 どんなに剣と主が遠く離れていても、ひとたび剣の事を想えば、次の瞬間にはもう主の手の中にそれが収まっている。


 やがて剣の主が死ぬと剣はいつのまにか姿を消す。

 そして剣が認める次の主が現れると、この世に出現し、主が死ぬまで一生側から離れないのであった。


 ガラザスは物心ついた時から側にあった。いつもピッタリと心の側に在り、無言で自分を守り、静かに従ってくれていた。

 周囲が尊敬と嫉妬の入り混じった目で見てくる中、真の友人はいつのまにかガラザスとなっており、「良き相棒」としてレイを支えてくれている。


 こほん、とバトロン大司教が咳払いをし、口を開いた。


「レイ・グランよ。半年前、先代の乙女神が死去されたのは知っておろう?」

「ええ。もちろんです」


 半年前、この国の宝でもある乙女神が亡くなった。純粋な寿命だった。

 盛大な葬儀がとりおこなわれてまだ日が浅く、今現在の乙女神の位置は空席となっている。


「……グラン。おぬしに極秘任務を頼みたい」


 大司教は少し声を抑えて、真剣な瞳でレイを見つめ、言った。


「次代の乙女神を探しだし、無事にこの場に連れてきてほしい」

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