あなたにはかなわない
「いず、おはよう」
「おはようございます」
クリスマスイベントを控えた、十二月の日曜日。朝、俺が街へ行くバスに乗るとマリアさんから声をかけられた。挨拶を返し、隣の席に腰かける。
「外出ですか?」
「ああ、礼拝に……いずは?」
何て言うか、らしい答えが返ってきたかと思うと、逆にマリアさんに尋ねられた。
まあ、当然だろうな――日曜なのに、制服とコートを着ていれば。
「今日は、母の三回忌なんです」
「……そうだったのか」
「親戚がいないので、お寺さんにお経をあげて貰って、墓参りを……高校生だと、制服は正装になりますし」
あと、父さんも一緒のお墓に眠ってるんで、二人に白月の制服を見て貰おうと思った。去年の一回忌の時は、進学しなかったんで普段着だったからな。
「そうだ。これ、良かったらどうぞ」
ふと思いつき、俺は持っていた紙袋からタッパを取り出した。中にはホットケーキミックスで作り、ラッピングしたかぼちゃ饅頭が入ってる。お寺さんにとお供え物用に作ったけど、いつもマリアさんには貰いっ放しだしな。
「ありがとう、いず」
そんな訳で手渡すと、マリアさんは綺麗に微笑んで受け取ってくれた。そして嬉しそうに鞄にしまうマリアさんを、乗り合わせた生徒達は遠巻きに、大人しく見守っていた――流石、元とは言え風紀委員長だ。生徒会でも、見習わないとな。
(騒がなければ、かー君達もバスに乗れるし)
そうすれば、車の分の予算を節約出来るよな。まあ、運転手さんを完全にリストラするつもりはないけど――そう思ってたら、マリアさんから声をかけられた。
「……元気か、いず?」
「はい」
前とは違い、即答出来たことを嬉しく思ってると一斉に視線が集まり、何事かと思ったらすごい勢いで視線を逸らされた。えっと、目が合っても石にはならないと思うぞ?
※
街に着いた俺はマリアさんと別れ、自宅へ向かうバスに乗った。そしてアパートを換気し、仏壇に手を合わせると俺は三回忌の為に、両親の墓のある寺へと向かった。
三回忌って言っても、マリアさんに話した通り俺は親戚がいない。だから花を買い、お寺さんにかぼちゃ饅頭を渡すと本堂でお経をあげて貰った。それからお布施代を渡して、俺は外にあるお墓へと向かった。
「……久しぶり。父さん、母さん」
お墓と周りの掃除をし、花を供えると俺は墓石に水をかけて清めた。そして線香をあげると立ち上がり、両親に話しかけた。
「これ、高校の制服。お盆の時は、暑くて着てこなかったから……まあ、もう知ってるだろうけど」
死んだことがないんで、実際のところは解らないけど――死んだら、風とか星になるって言うから。何となくだけど、二人で俺を見ててくれてんじゃないかと思う。
「特待生で、ガラじゃないけど生徒会にいる。卒業した後はまだ、決めてないけど……趣味としてでも、書いてたい。ただ高卒だと、就職先が限られるから。特待生のまま、大学に進むかも」
そこまで話したところで、俺は一旦、言葉を切った。
「……刃金さんのこと、好きになってごめん。先のことは解らないけど、嫁さんとか孫の顔見せられないかも」
それから、亡き両親にカミングアウトしたところで――思いがけない、いや、むしろ聞こえちゃいけない声が耳に届いた。
「そう言うのは直接、おれに言えよな」
※
「……何で」
振り向くと、その先には声の主――刃金さんが、いた。
自宅学習中だよな、とかどうしてここ(墓地)にいるんだ、とか。何で、このタイミングで聞いちゃうんだとか。カミングアウトを聞いた割には平然としてるな、とか。そもそも俺、お断りメールしてたよな、とか。
色んなツッコミが脳内を駆け巡る俺の前で、唇の端をニッと上げて刃金さんが言葉を続ける。
「A判定が出たから、会いに来た。寮に言ったら、銀頭が墓参りに行ったって言うから、お前の幼なじみのチャラい奴に聞いて来た。お前の本音が聞けたのは、ラッキーだった……まあ、聞けなくてもねじ伏せるつもりだったが」
「……A判定、おめでとうございます」
「おう」
俺の脳内ツッコミに、次々と刃金さんが答える。エスパーか、と思ったけどA判定(合格ほぼ確定)は喜ばしいことだ。そんな訳で祝いの言葉を口にすると、刃金さんが近づいてきて俺の頭を撫でた。
……諦めなくちゃいけないのに、久しぶりの接触が嬉しくて。そんな自分に困って、また吐きそうになる。
「そもそも、お前がメールで断るのが不自然なんだよ」
「……えっ?」
「お前なら、会うのは無理でもせめて電話で伝える。それをしなかったのは……声を聞いたら、断れないからだ。つまりは、おれのことが好きってことだ」
そう言って、勝ち誇ったように笑う刃金さんに抱き締められたのに――腕の中でしばし考え、俺は口を開いた。
「……解りました、認めます。俺は、刃金さんのことが好きです。両親の墓前なんで、嘘偽りは言いません」
そう言うと俺は少しだけ身を退き、顔を上げて刃金さんを見上げた。
「だけど、この学校では許されても、外の世界じゃ男同士は歓迎されません。刃金さんは、せっかく自分の道を決めたんですから、わざわざ俺なんて選ばなくても」
「……やっぱり、面倒臭く考えてたか」
そんな俺の顔を、やれやれとため息をついて刃金さんが額を当てて覗き込んでくる。
「そんなの、最初から解ってる。逆なんだよ。クラスの奴らもだが、お前の為におれは家と縁を切ったんだ」
「刃金さん」
「……いや、違うな。為に、じゃねぇ。胸張って、お前と一緒にいられるように、だ」
そこでふ、と刃金さんは言葉を切った。
「なぁ、おれが好きなら傍にいて、おれを幸せにしてくれよ」
それから、一転して不安そうに眉を寄せて言われたのに――考える前に、俺は両手を差し出して刃金さんの頬に添えた。
「それは、こっちの台詞です。むしろ、俺ばっかり幸せだと思います。それでもよければ、どうぞよろしくお願いします」
「……しゃっ!」
グッと拳を握って笑った刃金さんに、またきつく抱きしめられながら俺は思った。
(かなわないな、この人には)
思えば、初めて会った時にごまかせなくてフルネームを名乗ったり。強引に、でも無理矢理じゃなくて一緒に出かけることになったりもした。
「嫌だったら、ガラスの靴を持って逃げて。覚悟を決めたら、魔法が解けても王子様の腕に飛び込んでね」
前に、俺にそう言ったのは桃香さんだ。
ガラスの靴じゃないけど、刃金さんは俺の隠していた本心を見つけて、こうして灰かぶりな俺を追いかけてきてくれた。
(だから、刃金さんのことが好きになったのかな……いや)
そこまで考えて、違うな、と俺は訂正した。そして、心の中だけで呟いた。
(だから、じゃなくて……好きだから、俺は刃金さんにかなわないんだ)
そう、俺は刃金さんが好きだ。そのことについては、異論はない。
ない、んだが――ギュウギュウ抱き締めてくる刃金さんの背中に、俺は手を回してペシペシと叩いた。
「刃金さん刃金さん、そろそろ離して下さい」
「ん? 痛かったか?」
「いや、そうじゃなくて」
腕の力を緩めながらも、俺を離そうとしない刃金さんに言葉を続ける。
「親の前で、あんまりイチャイチャするのは、ちょっと」
「っ!?」
そう言うと、刃金さんは息を呑んだけど――俺を離さず、逆に更に密着してきた。そして耳元で、俺だけに聞こえるような小声で話しかけてくる。
「やっぱりここは『息子さんを、おれに下さい』って言うべきか?」
「…………」
いやいや、そうでもなくて。
第一、カミングアウトだけでも衝撃だろうに、彼氏からの挨拶まで続いたら両親の心臓に悪い気がする(まあ、すでに止まってるけど)
「そういう挨拶は、俺が結婚出来るようになってからで」
「そうか。じゃあ、お前が十八になったらな」
「それは、法律的に許されてる年齢なだけですよね?」
真面目にとんでもないことを言いつつ、尚も離そうとしない刃金さんの背中を、俺は再びペシペシと叩いた。
※
両親への『ご挨拶』は思いとどまってくれたが、刃金さんはお墓で手を合わせてくれた。
そして、二人でお寺を後にして――バイクで送ってくれると言う刃金さんの申し出を、けれど俺は断った。
「何でだよ。別に、送り狼なんてしねぇぞ?」
「そう言う心配はしてません……真白達とかー君に、ケーキでも買って帰ろうかと思って」
「しねぇのかよ」
「どっちですか」
妙なことを言ってくる刃金さんに、お断りの理由を説明する。ささやかだけど今回、刃金さんと俺を引き合わせてくれた恩人達へのお礼のつもりだ。
「……買うより、お前が作った方がいいんじゃねぇか?」
「えっ?」
「別に、お前と帰りたいからってだけで、言ってるんじゃねぇぞ……Fクラスの奴らも、お前の作ったの喜んで食うし」
ツンデレか、と思わずツッコミを入れそうになったけど、それは何とか堪えた。
まあ、確かにまだ昼が過ぎたくらいだし――帰って作れば、夕飯の時に食えるよな。
「解りました、お願いします」
「……えっ? お、おう」
そう言って頭を下げると、刃金さんはちょっと驚いたように声を上げた。そんな刃金さんから、ヘルメットを受け取った俺を後ろに乗せて、バイクが発進する。
(驚かれたってことは、俺も刃金さんと一緒にいたいっていうのが、伝わってないのか?)
伝わるように頑張らないと、と思いつつ、俺は刃金さんの背中にそっと寄り添った。
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