振ったり、振られたり

 寒いと食べたくなる料理の一つに『鍋』がある。

 基本、皆で一緒に食べるものだと思うけど――ほら、自分はこれが食べたいって言うのがあるだろう? 一人鍋用のボーションが出たのは、そんな顧客のニーズに応えたんだと思う。

(このメニューも、そうなんだろうな)

 今、俺の前では一人分の鍋、そして炊きたてご飯から熱々の湯気が立っている。

豚バラのピリ辛鍋は、いくらキャベツがたっぷり入っていても真白には食べられない。

 思う存分、しかも人が作ってくれたものが食べられるファミレスって普段、家事をしている身としてはありがたいよな。


「仮に、そう、仮にだよ? りぃ君に、好きな相手が出来たって言うんなら諦めるしかないと思うんだよね」

「…………」

「だけど、選べないって言うんなら……今までと、同じじゃない? だったら俺も、今まで通りに頑張るまでだよ」


 しみじみと思いながら食べている俺の前では、カフェオレだけを頼んだかー君が力説をしている。

 腹減らないのかな、と思う一方で、食べ物を余所に話されても、あるいは食べながら話されても困る(まあ、しないとも思うけど)んでうん、かー君紳士って思っておこう。

(って言うか、まあ、かー君の言う通りなんだよな)

 諦めてくれって言うのは、完全に俺の我が儘だ。だから逆に、そんな俺の我が儘を許してくれた他の面々は優しいと思う。

(だからって、かー君が優しくない訳じゃない)

 俺だって(自分で振っておいて)刃金さんのこと好きなまんまだし。諦めろって言われても、無理としか言えないもんな。

 そんなことを考えつつ、鍋を美味しく頂いた俺にかー君が言った。


「俺を諦めさせるんなら、りぃ君が腹を割るしかないよ」

「……腹筋を六つに?」

「そうじゃなくて! 俺には、本当のことを言ってよ……好きな人、出来たんでしょ?」


 しまった、驚きのあまりボケてしまった――って言うか、バレていたのは幼なじみ故なのか、あるいは腐男子故なんだろうか?

(いや、もしかしたら皆も気づいてはいるのかも……だけど)

 だからって、本当のこと――刃金さんが好きになったから、とは言わない。


「言ったろ? 皆が素敵だから、選べないって」


 完璧だとは思わないけど皆、それぞれ魅力はあると思う。だけど刃金さんを好きになったからだって言ったら、それも嘘になってしまう。それは、絶対に嫌だ。


「……俺を振りたいなら、嫌いだからってはっきり言ってよ」


 そんな俺に、かー君が真剣な表情(かお)でそう言ってきた。

 辛いことを言わせてしまった俺としては、従うべきかもしれないけど。


「嫌いじゃないのに、そんなことは言えない」

「俺が、諦めなくても?」

「そんな嘘、つきたくない」


 そもそも嘘をついてはいるけど、だからってかー君を傷つけることなんて言いたくない。たとえ、本人が言ってくれって言ってもだ。


「チャラ男のフリした、腐男子だけど……一途で一生懸命なかー君は、素敵なんだから」


 そりゃあ、ちょっと?暴走する面はあるけど――いくら諦めて貰う為とは言え、嫌いなんて絶対に言いたくない。


「優しくて頑固で、意地っ張りなりぃ君も素敵だよ」


 そう言ってかー君は、身を乗り出して俺の頬に触れてきた。うん、あんまり素敵な感じはしないけど、俺をよく捉えてはいるよな。


「俺を、好きになって欲しかったけど……一番は、りぃ君らしくいて欲しいんだよね」

「……かー君」

「何か、誰かさんみたいでムカつくけど」


 そう言って、嫌そうに顔をしかめるかー君に、俺は思わず頬を緩めた。うん、誰かさんって言うか、マリアさんだな。


「……ご飯、食べ終わったよね。申し訳ないけど、先に店出て帰ってくれるかな?」

「えっ?」

「最後に、おごらせてよ……友達になったら、ちゃんと割り勘にするし。絵師としても、これからもよろしくね?」


 笑ってはいるけど、俺を見る目や触れてくる手からかー君の決意が伝わってきた。だから俺は、それに応える為に身を引いて立ち上がった。


「……ありがとう」


 謝りそうになるのを何とか踏み止まり、代わりにお礼を言うと――俺はかー君に言われた通り、一人でファミレスを後にした。



 晩のバスで帰るから、とメールしたら、紅河さんが迎えの車を手配してくれた。

 来る時と同じ運転手さんだったんで、少しだけ気まずく思いつつも一人で車に乗った。かー君のことを聞いてこない運転手さん、本当にプロだと思う。

 そして寮に到着した俺は、まずモンブランを作り出した。マロンペーストは、昨日のうちに作ってある。だから、ホットケーキミックスで作った生地をオーブンで焼き、冷ましている間にシチューを作り出した。

(さて、と)

 モンブランにクリームと栗を乗せ、オムライスを作ったところで紅河さんにメールをする。


「「「いただきます」」」


 それから、声をかけた真白達と一緒にそう言って、夕飯を食べ出すと――しばらくした頃、ボソリと紅河さんが口を開いた。


「やっぱり、美味いよな」

「ありがとうございます」

「美味いし、媚びてねぇし……けど、俺だけじゃねぇんだよな」


 紅河さんは、食いしん坊なだけじゃなく食べると作り手の感情が解るらしい。不思議な話だけど、わざわざつくような嘘じゃないし――実は今日、ちょっと緊張してた。刃金さんってピンポイントまではともかく、誰か好きな相手がいるって伝わるのかと思ったからだ。


「お前は前に、媚びじゃなく純粋だって言ったけど……相変わらずマズいけど、俺へのこだわりではあるんだよな」


 ……マズいって言うのはともかく、紅河さん、成長したな。

 そう思ったのは、俺だけとか俺へのって言う時、どこか寂しそうな表情(かお)をしているからだ。

(うん、俺には飯は作れるけど……紅河さんだけを思っては、作れないな)

 自覚した今なら、もしかしたら刃金さんには――いや、やめよう。何て言うか、妄想だし痛い。


「……俺は、俺だけの奴を探すから。見つかるまで、口直しさせろよな」


 そんな風に自己完結していた俺に、やっぱり自己完結したらしい紅河さんがそう言った。


「偉そうだぞ、紅河! 出灰を振るんなら、飯作らせるのやめろよなっ」

「真白だって、出灰のこと諦めたくせに飯、食ってるじゃねぇか」

「うっ……!」


 紅河さんからの反論に、グッと真白が言葉を詰まらせる。

 まあ、俺としては真白も一茶達同様に『友達』だから、飯を作ってる訳だし。美味そうに俺の飯を食う紅河さんは微笑ましいと思うんで、こうやって作る分には問題ないけどな。


「確かに紅河さんの言う通り、好き嫌いと俺が飯を作るのとは別問題ですね」

「だろう?」

「ただし、口に合わないのを俺のせいにはしないで下さいよ? 俺、紅河さんの恋愛沙汰に巻き込まれるの、真っ平ですから」

「……善処する」

「そこは、解ったって言って下さい」


 俺の言葉にドヤ顔になった紅河さんだったけど、続けた内容には政治家みたいな曖昧な答えを返してきた。それに今度は、真白がドヤ顔になるのが面白いと言うか、可愛いと言うか。


「いっそ、真白はどうですか? 息ピッタリですよ」

「冗談!」

「同感だな。こいつ、料理出来ないし」

「出灰! 真白とも良いけど、俺様×健気受けもオイシイと思うよ……あ、オカン攻めに餌付けされるのもありかな!?」

「……一茶」


 そうお勧めしてみると、真白と紅河さんからは思いっきり否定された。

 ちなみに自分の萌えを推してきた一茶は、奏水からため息をつかれていた――うん、振られた(サラッと流した)けど、何はともあれ通常運行だな。

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