カボチャは馬車より煮物が好み
「BLイベント! 大賞は、納得の結果だったよねっ」
「そうだな」
「不器用な年下攻めを、年上ならではの包容力で癒す受け! 書籍化されたら絶対、買うんだーっ」
「……あの話、途中から年齢制限かかったよな」
俺がそう言うと、部屋の共有スペースで力説していた一茶はウッと言葉に詰まった。
そう、サイトの規約で性描写や極度な暴力描写が入る場合、専用タグをつけて未成年に見られないようにすることになってるんだ。
「書籍化される頃は、俺、十八歳だから大丈夫!」
「はいはい」
「……って言うか、出灰! ちゃんと聞いてよっ」
高校生なのはOKなんだろうか、いや、ボーイズラブってそもそも(店によるらしいけど)年齢確認入らないか――そんなことを、ソファに寝転がって考えていた俺に、一茶からのお叱りの声が飛ぶ。とは言え、卒業式と入学式が終わってやっと一段落なんだ。休みの日くらい、のんびりさせろ。
……ちなみに、ソファに懐いてる俺の書いた話は書籍化されなかった。
と言うか年末に完結はさせたけど、途中で応募要項が変わった関係で、書籍化作家の俺はそもそもイベント参加が出来なかったんだ。
「ラスト、クリスマスパーティーで、独占欲丸出しで出灰の腰に手回すキング、良かったよなー。サイトで読んではいるけど、本屋さんに並ぶのも見たかったなー」
「いや、お前、実際に見ただろ?」
そもそも、イベントに参加したからって書籍化する確約はないんだが。まだ、見たいって言うか読みたいのか……読みたいんだろうな。
残念そうに言う一茶の気持ちも解らなくはないが、俺にだって言い分はある。
「お前はともかく、平凡がイチャイチャするのって、別に見たくないだろ?」
「問題ないよ! むしろ、俺が編集・製本するから『灰かぶり君』同人誌にしない!?」
「しない」
相手をするのが面倒になってきたので、ちょっと早いけどコンビニに買い物に行くことにした。そろそろ苺も終わりだから、買ってきてジャムでも作ろうと思ってる。
「ちぇー……でも、同人誌はともかく。続編とか番外編って書かないの?」
「……ワンコ×腐男子、スピンオフで書いたら反響ありそうだな」
「行ってらっしゃい!」
尚もねばる一茶にそう言うと、流石にやばいと思ったらしく個人ルームに逃げ込んだ。
それにやれやれと思い、財布と携帯を持って俺は部屋を後にした。
正直、長い(一ページの文字数が少ないが)話なので一茶が言うように、続編とか番外編は特に求められていないと思うし――これはサイトに掲載している以上、今更なんだが。
(イチャイチャしてるのとか、そう言う時の刃金さんを……これ以上は、広めたくないし)
なんて、我ながら頭が悪いと言うか、独占欲全開なことを考えながら、俺は寮長室の前を通りかかった。
「出灰、買い物?」
寮長室から、顔を出したのは――女将ではなく、元Sクラス委員長の藤郎だった。今は猫達を連れて卒業した女将の代わりに、迫るチワワ達を笑顔でかわしながら寮長を務めている。
「ああ、コンビニまで……何か買ってくるか?」
「良いの? じゃあ、コーラ……」
「それくらいなら、差し入れる」
「ありがとう」
「いや」
財布を出そうとした藤郎に言うと、爽やかな笑顔で返された。それに返事をして、俺は寮を出た。
……一茶に、藤郎や岡田さん、あと女将や橙司先生との仲を勘ぐられたことがある。
俺としては、本人達から別に何も言われていないので「ないだろ」と言ったけど――鈍感、なんだろうか? 一茶だけじゃなく、サイトのコメントでも言われたんで流石にちょっと気になるけど。
(今までのことを考えると、ないとは言えないけど……自惚れはいけないよな、うん)
そう結論づけて、俺はそれ以上考えるのをやめた。
※
さて、先輩連中が卒業し、三年に進級した俺は進路を考える時期になった。
三回忌、両親の墓参りをした時は『就職に有利なように進学』って考えてたけど。
……今の俺には、やりたいことがあって。
結果としては進学なんだけど、それはやりたいことを実現させる為だったりする。
やりたいことが出来たのは、卒業して刃金さんの紹介で就職したFクラスの面々に、さしいれを持っていった時だった。
「坊主の作る飯は、本当に美味いな」
多めにおにぎりやらおかずを持っていってたんで、会社の他の人達にも食べて貰ったんだけど――現社長(刃金さん卒業後、代替わり予定)に褒めて貰えた。
そこまでなら社交辞令だと思うけど、続けられた言葉に俺は驚くことになる。
「金は払うから、また作ってきて貰う訳にはいかんか?」
「えっ……」
「カミさんがいる奴は、弁当持参だが……独り身の奴は、仕事だけで精一杯だし。そうなると、コンビニとかになるからな」
出来合いの弁当だと、どうしても飽きるんだよ。
そう持ちかけられたのに、少し考えて――隔週の土曜日なのと、個人経営とは言え十数人は従業員がいるんで丸々弁当じゃなく、今のさしいれレベルで良ければ、と了承を貰った。
そんな訳で、用意した食べ物を会社に届けるようになったけど――今更だけど気づいたのは、俺は『誰かの為に何かをする』ことが嫌いじゃないってことだ。
料理やお菓子作りしかり、あと小説を書くこともしかりで。
小説みたいに、今やってることを続けていく為にはどうすれば――そう考えた俺にある方法を提案してくれたのは、チワワ達から相談を受けた元ファンクラブ隊長、詩桜さんだった。
「一から店を開くとなると、大変かもだけど……ワゴン車で、お弁当屋さんとかって言うのはどう?」
そう言って、詩桜さんは開業するのならと必要な資格――運転免許や、必須ではないが調理師免許について教えてくれた。
「調理師免許は専門学校でも取れるし、飲食業で二年間、決まった時間働けば試験も受けられるわ……も、もし本気なら、うちの喫茶店紹介してあげても良いけどっ」
相変わらず可愛らしい詩桜さんに和みつつ、気持ちだけ受け取ることにした。紅河さんや紫苑さん達からの申し出を断ったのに、詩桜さんに甘えるのは気がひける。
ただ、教えて貰った専門学校について調べてみると――特待生制度や、デュアル制度(昼は紹介先でバイト、夜は夜間部で勉強)があって。
資金を貯められるのと最悪、開業出来なくても何らかの形で調理に関われると思った。運転免許は、十八歳になったら取りに行く予定だ。
「オレ、出灰が弁当屋になったら毎日、買いに行くからな!」
「ありがとうな、真白」
「俺、毎日萌えを拝みに行くから!」
「一茶、そのうち安来先輩に怒られるよ」
俺の卒業後の進路について話したら、真白達からとっても『らしい』コメントを貰った。
一茶のは、かー君達からも真白と同じことを言われたからだけど。
(うん、洒落にならないからあんまり刃金さんを刺激しないで欲しい)
ちょっと不安はあるけど、それぞれの道に進んでもこいつらとは続いていく気がする。
……いや、ちょっと違うか。
勿論、刃金さんの隣にいる為にも頑張るけど。
白月(ここ)で知り合った面々と、何らかの形で繋がっていたいのは俺だもんな。
ドレスなんて着ない。
ガラスの靴は割れそうだから、スニーカーで。
馬車だと公道は走れないから、ワゴン車を。
そうなるとカボチャの出番はなくなるから、美味しい煮物にでもなって貰おうか。
(我ながら、お姫様要素ゼロだよな)
だけど王子のサポートとか、魔法使いのフォローが仮になくても――シンデレラが『めでたしめでたし』だったのは、理解って言うか実感した。
―終―
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