どうしてこうなった?

「いい加減にして下さい」


 両手と膝を立てた右足で、ガッチリガードしながら言った俺に、会長が目を丸くする。

 でも、俺は油断しない。いや、そもそもが強引に連れ込まれたとは言え、こんな密室――観覧車で、会長と二人きりになった俺が悪いんだけど。


「俺は、会長様のことは好きじゃありません。だからキスされても嬉しくありません……まだ解りませんか? その目とか耳とかは、綺麗なだけの飾り物ですか?」


 俺の上からどけてくれない会長に、ついつい口調がきつくなるのが解る。

 いや、だって真白とか親衛隊なら解るけど、何で俺にまで手を出すよ。今日までほとんど接点ないだろうが。節操無しにも程があるだろう?


「……よ」


 そんな俺の上から、ポツリと会長の呟きが落ちてくる。

 何て言ったか聞き取れず、目線を上げると――ひどく悔しそうな表情(かお)をした会長が叫んだ。


「だったら……どうすれば、お前の飯とかお菓子食えるんだよ!?」

「…………は?」

「キスが駄目なら、金か!? クソッ、幾ら払えばいいんだっ」


 勝手に話を進めてキレる会長に、俺はしばし黙った。それから何となく手を挙げて、会長に言ってやった。


「えっと……こういうことしなくても、普通に食わせろって言えばいいと思います」



「土曜日、弁当作って来い」


 確かに一昨日の朝、Sクラスに来た会長にそう言われた。

 だけど逆に、それしか言わずに立ち去ったんで「真白に食べさせてる庶民料理を判定してやる」ってことかと思った。


「オレも食いたいっ」

「えっ? せっかく遊園地行くんだから、店で食べた方が」

「はーい、俺もー」


 すると真白と一茶もそう言ってきたので、クラスメイト達から睨まれる中(スルーしたけど)俺の頭は会長から「多めに作ってくか」に切り替わった。

 だって、二人が食べるってことはもれなくペアの刃金さんと緑野もついてくるだろうし。かー君や双子も乱入する可能性があるからな。

 ……早めに作って、冷凍出来るおかずは冷凍しておこう。うん。


 そんな訳で、一昨日の夜から準備をし。

 今朝、中身はほぼ弁当のみの鞄(容器は捨てられるのにしたから、帰りは軽い予定)を持って待ち合わせ前の正門に行ったら――途端に空青と海青に捕まり、俺はバスの最後尾へと連れて行かれた。


「「おはよう、出灰!」」

「……はよ」

「おはよう、りぃ君」

「おはよ……って俺、ここに来ていいのか?」


 床全面絨毯張りだけならまだしも、コの字になっててシャンデリアにテーブルありとか、何だこのVIP席?

(いや、まあ、生徒会用の席なんだろうけど)

 そんな席にどうして俺が、しかも双子と書記、あとかー君の間が何で空いてる?


「「だって出灰、会長のペアでしょ?」」

「ってそこ、一つしか空いてないよな? 俺は、前の方にでも」

「……座、る」

「うわっ!?」

「いらっしゃーい、お菓子食べるー?」


 当然って言うばかりの双子の発言を却下し、離れようとしたんだが――その前に緑野に腕を引っ張られ、座らされた。

 慌てて立ち上がろうとしたけど、それを制するようにかー君がポッキーを差し出してくる。

(何だ、こいつらの連係プレイ?)

 助けを求める為、真白と一茶を探したけど――コの字の横部分に座った真白の横には副会長が陣取り、一茶はその向かい側に座ってニコニコ俺を眺めてた。

(……チッ、逃げられないか)

 立っていても悪目立ちするんで俺は観念して座り、かー君がくれたポッキーを食べた。

 一茶の隣には刃金さん、会長はその隣――っておい、良いのか? 何か会長寝てるけど、俺みたいな部外者が来て機嫌悪いんじゃないのか?

(あれ?)

 そんな会長の向かい側、そして副会長の隣に見たことのない奴がいた。

 黒髪ショートに、つぶらな黒い瞳。犬っぽいけどチワワって言うより、豆芝みたいな感じだ。

(……あ、生徒会の誰かとのペアか?)

 だとしたら、俺と同類だ。気まずい思いをしているか、それともここにいる幸運に感激しているのか――そんなことを考えていた俺の前で、豆芝君がニッコリ笑う。


「初めまして、谷様」

「様?」

「ぼくは、月ノ瀬桃里(つきのせとうり)。高良様の親衛隊長です」

「……月ノ瀬?」


 自己紹介をされて、誰かって言う疑問は解消した。ただし、何で様付けされるのかが解らない。そして少し変わった苗字は、俺の知っている人と同じだった。


「もしかして、桃香さんの……?」

「はい、弟です」

「…………」


 何だ、身内がいてしかも親衛隊長なら別に、俺が転校してくる理由はなかったじゃないか。まあ、桃香さんに聞いても「転校生ってところが重要!」とか言われて終わりそうだけど。


「それなら尚更、様付けなんてしないで下さい」

「……そんなっ!」

「えっ?」

「りぃ君りぃ君、許してあげて?」


 会うのは初めてだけど桃香さんの弟なら尚更、様付けされるなんて冗談じゃない。

 だから、と思って言ったのに、途端に泣きそうな顔をされてギョッとした。そんな俺の耳元に、かー君が顔を近づけて囁いてくる。


「とっ君、りぃ君のファンだから。様付け却下したら、可哀想から」

「……って」

「イラスト担当だから、俺のことも立ててくれてるけど……本命はりぃ君って言うか、三愛先生だから。むしろ、クリエーター名呼ぶの我慢してくれてるから」


 かー君の説明に、またしてもギョッとする。

 一茶の時も驚いたけど、そんな様付けしてくるような読者さんとこうして会うとは思わなかった。

 うん、でもクリエーター名呼ばれるのは困る。バレるバレないじゃなく、単純に恥ずかしい。


「……月ノ瀬、君? あの、よろしくお願いします?」

「はいっ、谷様!!」


 俺の本業については言えないんで、ぼかしつつまとめたけど――豆柴君改め、桃里君は満面の笑顔で答えてくれた。


「「出灰、あーん」」

「……食べ、る」

「あ、ポテチもあるよー?」

「…………」


 ああ、帰りたい。まだ目的地に着いてすらいないけど、出来ることなら帰りたい。

 チョコにクッキー、ポテトチップスをそれぞれ差し出してくる空青と海青、緑野とかー君に対して俺は無言で口を開けた。色んな味が混ざって、口の中がちょっとカオスだ。


「……お前ら、出灰を太らせる気か?」

「あの、谷様お飲みものを」


 そんな俺を気づかってか、刃金さんは呆れ声でツッコミを、桃里君は紅茶を入れてくれた。


「全く、随分と平凡に入れ揚げてますね」

「……オレも、出灰の横座りたかった」

「真白!?」

「……運転中、立ったら危ないから。遊園地着いたら、一緒に何か乗ろうな」


 副会長に「平凡が僕を差し置いて!?」って目で睨まれたのに、俺は内心ため息をつきながら真白にフォローを入れた。結果、全くフォローになってなかったけど副会長、どうせ指名された相手とデートするんだよな?

(……って言うか俺、本当に会長とデートすんのか?)

 一人、寝たままの会長を見てそう思う。狸寝入りだと思うけど、つまりは拒絶されてるってことだろう? 正直、嫌がられてまでデートなんてしたくない。

(さっき、真白にはああ言ったけど……弁当番とか理由つけて、バスに残ろうかな)

 王道学園らしく、イベント不参加は許されないんだけど――とりあえず、遊園地までは来た訳だし。弁当は作ってきたから、会長も大目に見てくれるんじゃないかな?

(うん、桃香さん。やっぱり俺には総受け、無理)

 と言うか、これだけ大人数に構われるのってしんどい。俺、聖徳太子じゃないんで、かなりいっぱいいっぱいだ。

(真白はよく相手出来てたな。流石、王道転校生は違うわ)

 しみじみと感心していた俺の、ささやかな願いは叶わなかった。


「あの、弁当たくさんあるんで俺、バスで留守ば」

「行くぞ」

「……はい?」


 遊園地に到着したんで、会長にお断りを入れようとしたんだけど――何故だか遮られて、弁当の入った鞄ごとバスから連れ出された。


「あー、紅河抜け駆け!」

「……真白」

「出灰は俺と、アレに乗るんだ!」


 会長に名前を呼ばれた真白が、ビシッと指差したのはコーヒーカップだった。って随分、可愛らしいチョイスだな。


「デートではアレに乗ってはしゃぐと、好感度アップなんだろ?」

「……真白、それはどこ情報だ?」


 しかも、相手に言っちゃうとか。そうツッコミを入れた俺は、悪くないと思う。まあ、胸を張ってる真白を可愛いとも思うけど。


「それは、女がやったらだろう? ってか、お前こそ抜け駆けするな」


 そんな俺と真白のやり取りに、刃金さんが乱入してきた。

 背後から俺に抱き着いてきて言う刃金さんを、真白がキッと睨みつける。


「紅河と一緒にすんな! オレはちゃんと、出灰と約束したんだからなっ」

「そうかよ、じゃあ……次はおれと、オバケ屋敷行こうぜ。出灰」

「なっ!?」


 俺を腕の中に収めたまま、耳元でわざわざ甘く囁いてくる刃金さんに、俺はやれやれとため息をついた。本当、この人ってオイシイところかっ攫うの上手い。

(そして真白は、刃金さんとだと口で負けちゃうよな)

 性格なのか、本人はあまり言わないけど育ちの良さなのか――うん、両方だな。王道転校生だもんな。


「って言うか、一緒に乗ればいいんじゃないですか?」

「「……えっ?」」

「コーヒーカップ、四人まで乗れますよね?」


 そこまで言って、俺は空気と化していた会長を思い出した。どこに行こうとしていたかは解らないけど、この後でも良いのか聞こうとしたら。


「……そうだな、行くぞお前ら」

「「「はっ?」」」


 今度は、不覚にも俺まで声を上げてしまった。えっ、乗るの? 会長も、このファンシーなコーヒーカップに乗るのか?


「他にも乗るんなら、これの後に飯食うぞ。どの乗り物も結構、並ぶからな」

「……はあ」

「紅河……ああ、もうっ」

「……チッ」


 到着後同様、話を進めて俺を連れて行く会長に真白と刃金さんがついて来た。

(あ、そっか)

 そこで俺は、今更ながらに気がついた。

(会長、真白の気を引きたくて俺にちょっかいかけてるんだ)

『将を得んとせば馬を射よ』ってことだな。うん、それなら今までの意味不明な行動もスッキリする。

(俺様が、まさかの遊園地好きかって勘違いしそうになったぞ……まあ、それはそれで面白いけど)

 心の中で呟きながら、俺はコーヒーカップに乗った。そんな俺を挟んで刃金さんと真白、そして真白の隣には会長が座る。


「うわっ、スゲェ回るな!」

「……お前が、回してるからだろうが」

「…………」


 嬉々としてコーヒーカップを回す真白。そんな真白にツッコミを入れつつ俺の肩を抱く刃金さんと、無言(真白の可愛さをかみ締めてるのか?)の会長。


「りぃ君、こっち向いてーっ」

「谷様ー!」

「美形サンド、萌えっ」

「……こっ、ちも」


(コラコラ、お前ら。遊園地に来て、何をやってるんだ)

そして、何故かスマホで俺達を撮り出したかー君達と一茶達に、俺は心の中でツッコミを入れた――いつの間にか馴染んでる緑野が、ちょっとだけ心配になった。



 コーヒーカップに乗った後、俺達は早めの昼を食べることになった。

 ……なったけど。

 結果的に、ほとんど食べられなかったのは――頑張って多めには作ったけど思った通りかー君達や双子、あと副会長までが乱入してきたからだ。

 ちなみに、双子と副会長の相手はいない。空青(ピンを右側につけてる)曰く「これ以上、分け前を減らされたくないから別行動♪」だそうだ

(相手さん達、よく訓練されてるよな……それにしてもこいつら、よく食うな)


「出灰! この豚肉のアスパラ巻、美味いぞっ」

「いつでも嫁に来られるな」

「安来さん、相変わらず攻め攻めですね!」

「……コロッ、ケ、里芋?」

「この海老とブロッコリーのサラダ、美味しいよりぃ君♪」

「谷様、料理もお上手なんですね!」

「「唐揚げ、美味しいねっ」」

「よく、これだけ茶色いおかずばかり作れますね……まあ、何とか食べられますけど」


 口々に言いながら食べていく生徒会の面々の中、会長も俺同様にほとんど食べていない。

 文句を言いつつも食べている副会長より食べてないって、俺様どこ行った?

(一人っ子で、こう言う争奪戦に慣れてないのか?)

 あくまでもきっかけだが、そもそも弁当を作ったのは会長が言ったからだ。

 流石に可哀想なので、玉子焼きと唐揚げを一個ずつ取って差し出してやると――ちょっと驚いた顔をしながらも、素直に受け取って口に入れたんで逆に驚いた。

(あ、そうか。こうして給仕されるのが、当たり前ってことか)

 とは言え、これ以上面倒を見るつもりはない。男なら、頑張って勝ち取れ――応援って言うより、背中を蹴るような気持ちでそう思い、俺はコロッケへと箸を伸ばした。



 真白は、会長と俺のデートの邪魔をすると言っていた。刃金さんも、仲の悪い真白と手を組んだって言うことは同じ目的なんだろう。

 それは、確かに成功していて――昼飯の後、連れて行かれたお化け屋敷(と言うか、ゾンビ館)では刃金さんと一緒だったし、次のジェットコースターでは緑野と一緒に乗った。まあ、会長はどっちも真白と一緒だったんで良かったんだろうけど。

(帰る時間があるから、乗るとしたらあと一個かな)

 俺としては疲れたから、ジュースでも飲んでのんびりでも良いけど――そう思ってたら、後ろから不意に腕を掴まれた。


「乗るぞ」

「…………は?」


 返事と言うか、間の抜けた声を上げた俺に構わず会長は歩き出した。

 一瞬、遅れて気づいた真白達には構わず、観覧車に乗り込んだかと思ったら、いきなり迫ってきて――そして、冒頭の展開に戻る。

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