恋心は下心
観覧車に乗っている時間は、意外と短い。
「言えばいいって……ふざけるな、お前に借りなんて作れるか!」
「すみません。いらないもの押しつけられる方が、迷惑です」
「……失礼な奴だな」
とりあえず、キスをするのは止まってくれたが、会長が俺に覆い被さったまま睨んでくる。
さて、どうするか。貸し借りってこだわるんなら、食費ってことで金貰えばいいのかって思っていたら。
……ガラッ。
言い合っている間に、下に着いていたらしい。遊園地のスタッフらしい人が、観覧車のドアを開け――俺達を見て、固まった。あ、そうだ、押し倒されたままだった。
「すみません、もう一回乗ります」
「はっ、はいっ」
俺がそう言うと、慌ててドアを閉めてくれた。本当は駄目なんだろうけど、まあ、貸し切りだからってことで許して貰おう。
「……おい?」
「会長様、とりあえずどいて下さい……どうして、俺の作ったものが食べたいんですか?」
そもそも、食べさせた覚えがない。ただ、こうなると弁当のリクエストも、単純に食いたかったからってことだよな?
俺がそう尋ねると、会長はようやく俺から離れてくれて――だけど向かい合わせじゃなく、俺の隣に座って口を開いた。
「……美味かった、から」
「えっ?」
「双子にケーキ、持たせたろう?」
言われて新歓前日に、炊飯器で作ったバナナケーキを空青と海青に持たせたことを思い出した。そっか、あれ食ってたのか。
「美味くて、媚びてなかったから」
「媚び?」
そう思ってたら、会長が何やら不思議なことを言い出す。
食後の感想らしからぬ内容に首を傾げていると、ため息と共に会長が口を開いた。
「昔から料理食ったら、作った奴が考えてることが解るんだよ。別に、信じなくていいけどな」
「……はあ」
「料理人だと、こだわりくらいだから気にならない。けど、手作りだと……媚びまくりで、味なんてろくに解らねぇ」
だから、お前の作ったものがもっと食いたくなった――そう言って、俺を見つめてくる会長を見返す。
(そう言えば、真白を気に入った理由も媚びてないからだよな)
感覚の話なんで、会長の話が本当かどうかなんて解らない。ただ、会長がそう感じるって言うんならそうなんだろうし、俺の作ったものが食いたいって理由も理解出来たけど。
「……子供(ガキ)ですか? 会長様、やることやってるんでしょう?」
そう言った俺に、会長が大きく目を見開いた。
「気に入った相手に渡すのに、媚び……って言うと、言葉が悪いですけど。喜んで欲しいとか振り向いて欲しいって思うのは当たり前ですよ」
「……知るかよ」
「そう言っちゃうのが、子供なんです。会長様が媚びって感じてる気持ちの奥は、純粋ですよ? まあ、気になって美味しく食べられない会長様としては、困るかもしれませんけど。プロが作ったものなら、食べられるんですよね? 餓死する訳じゃないんですから、いいじゃないですか」
チワワ達のことがあったんで、つい口を出してしまった。そして拗ねたような返事を返されて思った通り、いや、思った以上に子供なんだって痛感する。
(こうなると、チワワ達抱いてたのも『来る者拒まず』なのかもな)
あとは借りって言うか、弱みを見せたくないのかもしれない。見た目は大人(高校生)中身は子供って面倒だな。逆だと名探偵になるのに。
「お前のは、食わせてくれないのか?」
だから余計なお世話だって怒られるかと思ったけど、代わりにまだ俺の作ったものを食いたいって言われてちょっと驚いた。
うん、まあ、迫ってはこなくなったし。こっちの話を聞いて貰えるんなら。
「借りが嫌なら、食費貰いますね。明日にでも、何か作りますか? 食べたいものあります?」
「……嫌だ」
「は?」
「今夜、飯作れ」
……そう言った会長の唇が、何故だか俺の左頬へと触れてきた。
(油断した……真白もされてたけど、不意打ち得意なんだな)
とりあえず、唇にじゃなくて良かった。そう思いながら、俺は手でキスされた頬を拭って口を開いた。
「あの、だからこういうのいらないです……あんまりやるんなら、作るのやめますよ? 別に会長様、俺が飯作らなくても死ぬ訳じゃないんですし」
「やったんじゃない」
「えっ?」
「美味そうだったから」
「……お腹空いてるんですか?」
そっか、弁当ほとんど食えてないからな。仕方ない、真白達に夕飯作った後、届けに行くか。
ちなみに、俺の部屋で一緒に食べるって選択肢はない。真白と一茶が(それぞれ違う意味で)騒ぎそうだからな。
「解りました。夕飯作って、持って行きますね。何、食べたいです?」
「……スルーか?」
「? えっと、嫌いなものとかあります?」
「ピーマン」
「子供(こども)か!」
どうも会話が成り立たないので、質問を変えた。その答えに、思わず突っ込んだ俺は悪くないと思う。
「……お前に、言われたくない」
「俺は、好き嫌いないですよ」
「そうじゃなくて……キスされたのに、動じないとか」
「だって、あなたにとっては飯の代金でしょう? でも、キスは双方の同意が必要ですからね。親衛隊の皆さんならともかく、俺には必要ないですから……また、真白に怒られますよ?」
「違う」
「えっ?」
「今のは、違う」
そう言うと、会長はその両手で俺の両手を掴んだ。
それから状況が解らず、戸惑う俺をジッと見つめたまま唇の端を上げた。
「成程な、これが俺様が媚びだって思っていたことか」
「会長、様?」
「触りたいし、振り向かせたい……お前の目や耳こそ、飾り物だ。これだけ、俺様が口説いてるのに気づかないなんて」
「って……あの、真白は?」
「あ? 確かに、面白いが……あいつは飯、作れないし」
「ブレないですね、会長様」
一見、淡々と会話しているように見えるかもしれないが内心、俺は滝のような汗をかいていた。
振りほどけない手と、密着しているせいで上がらない足。そして会長の顔が息が触れるくらいまで近づいたのに、俺は一か八かで口を開いた。
「……ハンバーグ」
「っ!?」
「ロールキャベツに、クリームシチュー。モンブランに、ガトーショコラ……これ以上、するなら作りませんよ?」
「……っ」
悔しそうに顔をしかめたかと思うと、会長は俺の肩にグリグリと頭を擦りつけてきた――良かった、とりあえず思い留まってくれたみたいだ。
(食いしん坊万歳)
そんなことを考えていた俺の耳に、再びガラッと言う音が聞こえる。
「すっ、すすす、すみませんっ、もう一回乗りますか!?」
「いえ、お構いなく」
さっきのスタッフさんと目が合ったのに、会長に懐かれたまま俺は動揺する相手を宥めるように返事をした。
「……我慢したんだから、全部、作れよ?」
「解ってます」
観覧車を降りた後、俺の横を歩きながら会長は言った。料理は、仕事に出た母親の為にするようになったけど――うん、覚えておいて良かった。芸は身を助(たす)くって本当だな。
「満足しなかったら、お前を食ってやる」
「どんな千夜一夜ですか」
「むしろ、赤ずきんじゃないか? この口は、お前を食う為にあるってな」
「……料理って、言って下さいね」
恋は、下に心があるんで下心とも言うけれど――会長のは、随分と食欲の比率が高いと俺は思った。
※
「……俺の部屋に、作りに来ればいいのに」
「駄目に決まってるだろ!?」
「俺的には、それもアリなんですけど……すみません、今日は真白の顔を立てて頂けませんか?」
遊園地から帰ってきての、夕飯。部屋に届けよう(作って二人きりになるのは避けるとして)と思ってたが、行きと違って俺にベッタリな会長を見て真白が吠えた。
そんな訳で、どちらにしても煩いので会長に部屋に来て貰ってる。そして拗ねる真白を見て、一茶が腐った本音を交えつつもフォローしてた。
「出灰……大変だね」
「ありがとな。これ、土産」
「……ありがとう」
労いの言葉をかけてくる奏水に、遊園地で買った煎餅を渡した。ナムルとかが好きなら、甘いものよりこっちの方が良いかなって思ったからだ。
それは正解だったみたいで、奏水は嬉しそうに笑って受け取ってくれた。その笑顔に和みつつ、夕飯を用意して持って行くと――共有スペースが、いつもの美形(真白達)に会長が加わっていっそ無駄なくらいキラキラしてた。
(このキラキラが、実際の照明として役立てば節電出来るのに)
まあ、ここの学校の生徒で光熱費とかに気を配るようなのはいないんだろうけど。
何てことを考えながら、俺は作ってきたハンバーグを皆の前に並べた。弁当のおかずを作った時、ひき肉があったから一緒に作っておいて良かった良かった。
「……俺と紅河の、一茶達と違う?」
そのハンバーグを見て、真白が首を傾げる。
そう、一茶と奏水は大葉と大根おろしの和風ハンバーグにしたけど、真白と会長のはトマトソースの上にチーズを乗せたイタリアン風にした。二人ともお子様舌だからな。
「会長様、まだ食べちゃ駄目ですよ……いただきます」
「「「いただきます」」」
「……いただきます」
食べようとした会長を止めると、真白達の後、少し遅れて会長もそう言った。
今は三人も、俺に合わせてちゃんと言うけど――俺とこうして、一緒に飯を食うまでは「いただきます」を言ってなかったらしい。
(一茶と奏水は寮生活長いし、真白も……一人で食うのが、多かったらしいからな)
さて、会長は「ごちそうさま」を言えるのか。そこまで考えて、俺はふと思いついた。
「会長様? 飯食わせるのは約束しましたけど、毎日だとむしろ会長様が時間合わせるの難しいですよね? 週一とか、都合の良い時にメールくれるとかにしませんか?」
「……それ、やめろ」
「えっ?」
「役職呼び」
驚いて会長を見たら、ハンバーグを完食していてまた驚いた。って、食うの早いな。
「ピーマン入れてないんですから、つけ合わせの野菜も食べて下さいね。足りなかったです? もう一個、食べますか?」
「今度は、目玉焼き乗せろ……って、そうじゃなくて」
ハンバーグ、多めに作っておいて良かった(これで無くなるけど)と思ってたら、会長に訂正された。とは言え、俺にも言い分がある。
「親衛隊の方々に、許可を取ってからにします」
「……あぁ?」
「だって好きな相手のこと、勝手に名前呼びしたら嫌な気分になるでしょう?」
まあ、ないと思うけど。性格良いし、そもそもチワワ達も『紅河様』呼びしてるしな。
(あ、様付けはしないと駄目かな?)
「……俺が、呼べって言ってるのに? 制裁が怖いなら」
「違います。あの方達はそんなこと、絶対にしません……ただ、これから飯作るんだからちゃんと筋を通したいだけです」
チワワ達に対して、変な誤解をされたら困るのでキチンと否定した。そんな俺に、軽く目を見開くと――何故だか嬉しそうに、会長が笑う。
「約束、だからな」
「……? ええ、そうですね」
「さっきの話だが……確かに、週明けから文化祭準備が始まるからな。忙しくなるから、食いたくなったら連絡する」
「はい」
会長の言葉に頷いてから、俺は一茶を見た。そんな俺に、一茶が裏ピースをして高らかに答える。
「王道学園らしく、素敵出し物が盛り沢山♪ 去年のうちのクラスは、劇だったよっ」
「プリンセス達が、王子の一茶を取り合う話だったね」
「魔法使いの奏水も可愛かった! そして、俺って言うのが残念だったけどチワワ達は可愛かったよ!!」
そっか、女装がまかり通るのか――まあ、チワワ達は可愛いしな、うん。
「出灰のお姫様も、可愛いと思うぞ!」
「……こういう時は、お前がお姫様になると思うぞ、真白」
そして真白の言葉をやんわり否定し、俺はハンバーグと目玉焼きを作る為にキッチンへと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます