話してみなくちゃ解らない、ってか解るか

「いい? 紅河様はあんたなんて、何とも思ってないんだからね?」

「平凡だから、舞い上がっちゃうだろうけど」

「勘違いしたら、ただじゃおかないんだから!」


 ……今、俺はトイレでチワワ達に囲まれている。

 朝っぱらからこうなったのは、早めに登校して紫子さんにお礼を言いに行ったからだ。手ぶらも何なんで、クッキー作って持っていったら、随分と感激された。


「まぁ、あなた乙女のツボを心得てるわね!」


 本当に乙女なのか、オネェのツボなのかは知らないけど、まあ喜んでるからいいだろう。

 そして保健室を出て、教室に向かおうとしたところで俺はチワワ達に捕まり、現在に至る。


「……あの、これは『警告』なんでしょうか?」


 疑問形になったのは、俺に対する心構えは求められてるけど「会長に近づくな」とは言われていないからだ。まあ、遊園地デートは拒否出来ないらしいから、実際に言われても困るけどな。


「「「そうだけど……好きにならないのは無理だもの。だって、紅河様は素敵な方だから!」」」


 本当に、噂は当てにならないと思う。会長の親衛隊は過激派だって聞いてたけど、こいつらただのファンじゃないか。そうなると、話は早い。


「……すみません、俺なんかがでしゃばって」


 下を向いたのは、怖がってるからじゃなく考えてることに気づかれないようにだ。そして、周りの戸惑う気配を感じながら俺は言葉を続けた。


「あんな(俺様な)方、今までいなかったから……どうすれば(適当にあしらって)失礼にならないように出来るでしょう?」


 リサーチするには最適な相手だ。早起きは三文の徳――本音を隠しつつ尋ねた俺に、しばし沈黙が落ちる。


「……そっ、そんなに言うなら紅河様のこと教えてあげる!」

「放課後、迎えに行くから。逃げたら承知しないんだからねっ」


(助かるけど、ちょろいなこいつら)


「ありがとうございます」


 内心、ツッコミつつも俺はチワワ達にお礼を言った。

 そしてチワワ達が出て行った後、俺も急いで教室へ向かおうとしたら――不意に、後ろから声をかけられた。


「待て、廊下は走るな」


 言われた内容に「もしや」と思いつつ、振り返ると――そこには、風紀委員長がいた。

 美形って言うか、中性的な美人って感じだ。前にあった時、茶髪だって思ったけど色抜いたり染めたりした感じじゃないから、地毛なんだろうな。


「すみませんでした」

「待て」


 そう言って立ち去ろうと俺を呼び止めると、綺麗だけど無表情なまま俺を見て口を開いた。


「私こそ、すまなかった」

「えっ?」

「駆けつけたのが遅くて、怪我をさせてしまった」

「いえっ、一昨日は助かりました! ありがとうございましたっ」


 素直に謝ってくる風紀委員長に、俺は慌ててお礼を言った。そんな俺に、風紀委員長がつ、と眉を寄せる。


「礼は不要だ。風紀として、当然なことだからな」

「助けて貰って、お礼を言うのも当然です」

「……真面目だな」


 俺からすれば、それは風紀委員長の方だと思う。美人なだけじゃなく、こういう性格だから他の風紀委員も付いて来るんだろうな――女王様と近衛隊って感じではあるけど。

(新歓の時、遅いとか思って悪かったな)

 反省しつつ、逃げるように走り去ろうとすると――風紀委員長から「だから、走るな」と注意された。うん、俺が悪いけど何これ、ギャグ?



「谷! 遅かったなっ」


 結局、チャイムが鳴るギリギリに教室に着いた俺に、俺の後ろの席の真白が声をかけてくる。


「……ちょっとな」


 答えながら、俺はこっそり辺りへと目をやった――うん、一茶達以外のクラスメートから無茶苦茶睨まれてる。

(馬鹿にしてた毬藻が、キラキラ真白に大変身だもんな)

 一茶によると、Sクラス一同(一茶と奏水以外)は昨日、今までのバッシングを翻して真白に近づこうとしたらしい。

 現金だと思うけど、容姿にコンプレックスのある真白には良かったんじゃないか。そう思ったけど真白は謝罪、あるいは絶賛してくる面々に言ったそうだ。


「気にしてないから、お前らも気にするなよ」

「「「じゃあっ」」」

「けど、綺麗とか可愛いとか言うのやめてくれるか? 谷に言って貰ったのが、減りそうだから」


 困ったようなその発言に、Sクラス中がフリーズした――とは、一茶談。本人は解ってないみたいだけど、ぶった切りにも程がある。


「真白はね? 谷君に認めて貰えたから、コンプレックスなんて吹き飛んだんだよ」

「これぞ、愛の力だねっ」

「一茶、台無しだから黙って」


 奏水の言葉通り(台無しの方じゃない、念の為)真白は変装を解いても今まで通りだった。うん、ちょっと俺効果が大きくて驚くけど、悩んでるよりは良いよな、多分。

 そんなことを考えてたらチャイムが鳴って、ホスト教師が入ってきた。


「キャーッ! 先生、素敵ーっ」

「抱いて下さいー!」

「ホストーっ」

「ガキは対象外。あと柏原、俺はお前の担任様だ」


 今朝もいつも通りの声援が上がり、ホスト担任もいつも通りに流したけど――教室を出て行こうとしたところで、いつもと違うことが起こった。


「谷。今日の昼休み、教材室に来い」



「ちょっ、谷君、ついにホス担フラグ!?」


 担任が出て行った途端、隣の席の一茶が目をキラッキラさせながら声をかけてきた。


「……昨日、休んだからじゃないか?」

「ゴメン、きっかけなんて些細なことだね。谷君ならきっと、やってくれるって俺、信じてるっ」

「うん、少し黙ろうか」


 まあ、クラス中からガン見されてるのはさっきのホスト担任のせいだけどな――そこまで考えて、俺はあることに気がついた。


「何で俺、睨まれてるだけなんだ?」


 前は、生徒会を味方につけた真白と一緒にいるからって思ってたけど――庇われてるのは、真白だけだよな? だったら、俺のことは気兼ねなく?罵れるよな。何せ転校初日、一茶達がいるのに散々、文句つけてた訳だし。


「何言ってるの。谷君には、Fクラスのクイーンの称号があるでしょ?」

「……それは、忘れろ」

「えー? 俺が忘れても、もはや学園中に広まってるってば」


 ……確かに、内藤さんに呼び出されたの見られてるか。あ、でもそれなら。


「悪い。今日の昼、食堂行けない」

「えっ?」

「放課後、会長の親衛隊と会うことになってるから……刃金さんに、話しておく」


 大丈夫だと思うけど、念の為――と、そこまで考えて俺は一茶がフルフルと震えてることに気がついた。


「マーベラス! やっぱり谷君は、一級フラグ建築士だよっ」

「谷。今日も、一緒に昼飯食えないのか?」

「……悪い」

「ううんっ、夕飯は一緒だもんな!」


 そして、感激したように声を上げる一茶をスルーし、俺はションボリ肩を落とす真白に謝った。

 そんな健気な様子に、向けられる視線に殺気がこもる――逆効果だって解らないのかね、言わないけど。

 こっそりため息をついてると、次の授業が始まるチャイムが鳴った。



 昼休みになったので、俺はまずホスト担任のところに向かった。

 普通、教師がいるのは職員室で。だけど、担当教科によっては担任みたいに別に部屋を持ってる場合もある。

(王道学園物だと、英語とか社会とか……比較的、文系か?)

 ここで疑問符が浮かぶのは、うちの担任は違う教科担当からだ。


「失礼します」

「……入れ」


 ノックをし、声をかけ――返事を聞いて、俺がドアを開けたのは『地学教材室』だった。部屋の中にはアンモナイトみたいな化石や鉱物、あと授業で使うのかDVDが棚や机に置かれている。


「怪我は、大丈夫か?」

「はい、月曜日はお騒がせしました」

「……お前は、悪くないだろうが」


 うん、予想通り休んだことへの呼び出しか。

 そう思って下げた頭の上から、ホスト担任の声が降ってくる。

 聞き間違いか、と顔を上げると――何故だか、悔しそうな顔をしたホスト担任と目が合った。


「いや、やっぱりお前が悪い」

「どっちですか?」

「だからっ……今回の件は悪くないけど、お前だって悪いんだって!」

「あの」


 うん、何で俺、絡まれてるんだろう?

 ま、元々が大人気なかったからな、と思ってたらホスト担任が「出灰」と俺の名前を口にした。


「……って、地名あるよな。石灰石を、朝廷に献納してたからって」

「よく知ってますね」


 名前の由来を言われたのに、ちょっと驚いた。父親がつけてくれたんだけど、変わった名前とまではよく言われるが、元ネタを知ってる相手には初めて会ったからだ。


「大阪の、化石の産地としても有名なんだよ。俺、教材とか趣味と実益兼ねて自分で取りに行くし……って、初日にこういう話をしたかったのにお前、頑なに名乗らないしっ」

「はあ」

「……まあ、勝手に拗ねて意地になった俺も悪いけど」


 そう言って唇を尖らせるホスト担任に、俺は「も、って」と思いながらも黙っていた。前言撤回。大人気ないって言うより馬鹿だ、このホスト担任。


「すみませんでした」


 とは言え、結果として歩み寄ろうって気持ちを無下にしたのは、確かに悪かったよな。そう思って謝った俺に、ホスト担任が軽く目を見張る。


「……何だ、可愛いところもあるじゃないか」

「先生の方が(馬鹿で)可愛いと思います」

「なっ……!?」


 軽口に軽口で返したら、途端に赤面された――あれ、ホスト担任実は受け?

(一茶に教えてやるか)


「とにかく、先生のせいじゃないですから。気にしないで下さい、失礼しま」

「おっ、お前にも橙司って呼ばせてやってもいいんだからな!?」


 話は終わらせて教材室を出ようとしたら、何故か下の名前呼びを許された。あれ、受けな上にツンデレ?


「結構です、田辺先生で良いじゃないですか」

「いや、お前苗字すら呼ばないだろ? 俺も、お前のこと下の名前で呼びたいし」

「尚更、勘弁して下さい。平凡には似合わない名前ですから」

「出灰って、良い名前じゃないか。灰から出(い)づる、何があっても再生出来るようにってことだろ?」

「……ありがとう、ございます」


 由来だけじゃなく、名前に込められた意味まで言い当てられたのに、俺はそう言うしかなかった――これはもう、観念するしかないか。


「だけど、皆の前では呼びませんよ? 橙司先生、人気ありますからね。今度は何、ぶつけられるか」

「……気をつける」


 俺の言葉がリアルすぎたのか、担任――橙司先生は、真顔でコクコクと頷いた。うん、馬鹿な子ほど可愛いって真理だな。


「と言う訳で、俺の下の名前呼びが解禁になりました」


 その後、売店でパンを買った俺はFクラスで刃金さんに、そしてSクラスに戻って真白達にそう告げた。


「何か、ボジョレーヌーボー解禁みたいだね?」


 ……そんな風に、普通にツッコミを入れてくれたのは内藤さんだけで。

 刃金さんからは抱き締められ、わざわざ耳元で「出灰」と囁かれ――真白からは「い……出灰?」と何度も呼ばれ、目が合う度に嬉しそうに微笑まれた。

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