誰か嘘だと言ってくれ

 白い建物の中、低い目線の俺の前を、看護婦さん達やお医者さんが横切っていく。


「あなた……あなたっ!」


 母さんは、必死に目を開けてくれない父さんに呼びかけてる。

(ああ、これ、夢だ)

 父さんは事故に遭い、手術したけど結局は助からなくて。母さんも、俺が中三の時に死んでしまった。

(そう、父さんと同(おんな)じ)

 さっきより視界が高くなった俺は、父さんと入れ替わるみたいに横たわる母さんを見下ろした。


「母さん」


 目を開けてはくれない母さんに、呼びかけたところで目が覚めた。


「残念。養護教諭のオネェサンよ? 紫子(ゆかりこ)ちゃんって呼んでね♪」

「っ!?」


 母親ではありえない低い声にそう言われ、白衣姿の男性に覗き込まれてたのに固まった。

(オネェか。見た目男ってか細マッチョのイケメンだけど、オネェか)

 大切って言うか、ちょっと衝撃的だったんで二回言ってみた――でも、養護教諭って生徒の心のケアもするから、チワワ対策としてはありなんだろう、多分。


「……紫子さん?」

「まあ、谷君。素直なイイ子ねー」


 言われた通りに呼んでみる。年上なんで『ちゃん』は出来なかったけど、紫子さんは満足そうに微笑んだ。


「気分はどう? 吐き気や眩暈は? これから病院に行くけど、起きる時はゆっくりね?」

「病院? いや、そんな大したものじゃ」

「頭の怪我は怖いのよ。あ、検査費とか金銭面は無料(タダ)だから安心しなさいね」

「……えっ」


 紫子さんの言葉に、俺は驚いた。金が心配だって言い当てられたからじゃない(万単位の金って、銀行で下ろさないとないし)特待生は、そこまで優遇されるのかって思ったからだ。

 そんな考えが顔に出たのか、紫子さんが口元に手を当ててコロコロと笑う。


「特待生待遇じゃなくて、白月の生徒は基本、無料よ。うちの病院、学校(ここ)から寄付金たーっぷり頂いてるから」

「……はぁ」

「あ、スルーしようとしてるけど、アタシ本業は神丘総合病院の院長ね? って言っても、弟が跡を継ぐまでの繋ぎだけど」


(神丘って……副会長の、兄貴? いや、姉貴になるのか?)


「さあ、解ったらレッツゴーよ!」

「……はい」


 マイペースこの上ない紫子さんに、俺は逆らえなかった。いや、そもそも無料だから逆らうべきじゃないけどな。


「ちなみに、あなたにメロメロな王子様達には立食パーティーに出て貰ってるけど。すっごく心配してたから、寮に戻ったら覚悟なさいね?」


(うわぁ……)

 まあ、一茶とかー君はともかく、刃金さんの声も聞こえてたよな? あー、気持ちはありがたいけど気持ちだけにして欲しい。

 肩を落としつつ、俺は腕の受信機を外すことにした。大丈夫だと思うけど、医療器具に反応したら困るしな。


「えっ……?」


 だけど、液晶に『名前』が出てるのを見て俺は再び固まった。

『モガミコウガ』

 それはあの、バ会長の名前だったからだ。


「仕組みとしては、病院の呼び出しシステムに近いんだけどね? 鬼が逃亡者に触ると即登録されて、受信機にペアになった鬼の名前が表示されるの」

「あの、じゃあ、会長が俺に触ったってことですか?」

「って言うより、お姫様抱っこで保健室に運ばれてきたわよ? あの坊ちゃんが、珍しいこともあるものよねぇ?」

「……はぁ」


(助けて貰ったことになるんだろうけど……どうしよう、全然、ありがたくない)

 病院に向かう車の中で、面倒なことこの上ない話を紫子さんから聞かされて。レントゲンと脳波を取り、治療を受け――戻る頃には、夕方になっていた。

 奏水が鞄と携帯を持ってきてくれてたから、俺は寮まで送って貰った。


「明日は一日、休みなさいね。あ、具合が悪くなったらすぐアタシのところに来るのよ?」

「はい、ありがとうございます」

「……具合ってのは体だけじゃなく、心もよ?」


 オネェ言葉ではあるけど、紫子さんの指示は的確だった。だから返事をして、車を降りようとしたら不意に真顔で続けられた。


「むしろ、心の傷の方が心配。見えないから、痛いのも本人にしか解らないもの……普通、石ぶつけられるってありえないでしょ?」

「紫子さん……」


 言われて、確かにその通りだって思った。ここに来てから、嫌われるのが当たり前みたいになってたけど、本当ならおかしな話なんだ。


「アタシはあなたのお母さんじゃないけど、何かあったら遠慮なくいらっしゃいね?」

「……はい」


 不謹慎かもしれないけど、心配してくれる気持ちが嬉しかった。だから素直に頷くと、軽く目を見開かれた。


「ヤダ、ちょっとそうやって笑うと可愛いじゃない。普段からもっと笑いなさいよアンタ!」

「すみません、無理です」


 そして何故か逆ギレ気味に言われたけど、俺は即座に否定した。役者とかじゃあるまいし、愛想とか振り撒く理由がないからな。



「谷っ!」

「谷君!」

「大丈夫!?」

「…………」

「「心配したよっ!?」」

「……平、気?」


 部屋に戻ると変装を解いた真白と一茶達、そして刃金さんと双子と、何故か書記が待ち構えてた。

(何故かってのも変か。でも、別に責任感じることでもないし)


「ああ。明日は大事取って休むけど、明後日からは学校に行くから……心配かけて、悪かったな」


 真白達にそう言った後、刃金さんと書記に「ご心配おかけしました」って頭を下げた。


「やっ!」

「……はい?」

「敬語、やっ! 名前、緑野!」

「はぁ……でも、馴れ馴れしくないです?」

「ないっ」

「……じゃあ、緑野で」


 途端に書記に駄目出しされたんで、訂正する。まあ、空青と海青もタメ口で名前呼んでるしな。


「「……緑野と会話が成立してる」」

「ったく、お前は……」


 と、双子からは驚かれ、刃金さんにはため息をつきながら抱き締められた。えっと、相変わらずスキンシップが激しいですね。


「谷っ!」


 そんな俺達を、ベリッと音のする勢いで引きはがしたのは真白だった。


「土曜日、紅河とデートするんだよな」

「……あぁ」


 真白の言葉は質問じゃなく、確認だった。まあ、こいつの目の前で運ばれた訳だからな。

 だから、と頷くと真白は何故かビシッと刃金さんを指差した。


「オレも、こいつと行くからな」

「えっ……?」

「土曜日は、ペアになった奴同士で貸し切り遊園地でデートだろ? だから、オレもこいつと遊園地行くから」


 そうそう、とっても王道らしく金と手間隙かかった(一日、公共施設を借り切る訳だからな)デートなんだよ。何か、遠足みたいだなって思うけど。

 だけど、真白が遊園地に行く――刃金さんに、捕まったってことは。


「真白、お前いつから刃金さんのこと」

「「違う」」


 俺の言葉は、双子並の揃いっぷりで真白と刃金さんに遮られた。訳が解らず、首を傾げてるとキッと真白が顔を上げた。


「オレがデートしたいのは谷、お前だよ!」

「…………は?」

「だけど紅河にかっ攫われたから、妙なことにならないようにこいつと見張りに行くんだっ」

「えっ……えっと?」


 ちょっと待て、真白の話に頭がついてかないぞ? デートの邪魔までなら、逃げてる時の会話から繋がるけど――親友の俺と、デートしたいって?

(親友って、一番の友達だよな? 言葉のチョイス、おかしくないか?)


「ダセェ、気づかれてないんでやんの」

「うるさい! 今、解って貰うからいーんだ!」


 混乱する俺の前で、刃金さんと真白がそんなやり取りをする。それから真白は、その綺麗な茶色の目をまた俺へと向けてきた。


「オレ、こんな見た目で……お袋が、ハーフだかクォーターだかの男と浮気したせいで。離婚した後、親父はオレのこと引き取ってくれたけど、他の奴らからは距離置かれてて……だから、伯父さんに変装しようかって言われた時は、むしろホッとしたんだけど」


 なかなかにディープな生い立ちが語られる。そうだよな、日本人で銀髪だもんな。北欧の血でも混じってるのかな?

 そんなことを考えていた俺の前で、真白が言葉を続けた。


「本当のオレを見せたら、怖がられるって思ってた。でも谷は、不良とか怖がらなくて。変装してるオレにも、怖がらないって約束してくれて……逆にオレを庇って怪我したのに、綺麗だって言ってくれて」

「いや、だってお前本当に可愛いし綺麗だし」

「親友でも、足りない。オレは、谷が好きだから全部の一番に……恋人とか、旦那になりたいんだ!」

「えっ、旦那って……俺が嫁さん?」

「当然!」


 キッパリと言い切られて、ちょっと困った。こんなに可愛くて綺麗なのに(ここ重要)こいつ、俺のこと『そういう意味』で好きなの? 受け攻めで言う攻めとして?


「「ちょっと、待った!」」

「……った!」


 そんな中、双子と緑野から制止の声が上がる。


「「抜け駆け禁止! 僕達も、こいつのこと好きなんだからね!?」」

「俺、も……好き! だから、負けないっ」

「知ってる! だけど、決めるのは谷だろ……オレ達、ライバルだな!」


 そして勘違いだと思いたかった三人からも告白され、可愛いのに男前発言をする真白に。

(王道転校生が、総受けじゃなくなった……ってか、何がどうしてこうなった?)


「ちょっとは、自覚したか?」

「刃金さん……」

「当然だな。お前は、おれが惚れた奴だから」


 唖然とするしかない俺を、刃金さんが再び抱き締めてきながらとどめを刺してくる。

 誰か、嘘だと言ってくれ。

 だけど、刃金さんの行動に喚く四人と「平凡受けはジャスティス!」と興奮する一茶、そして「谷君、ファイト」と応援してくる奏水も否定してくれず――俺は、頭を抱えるしかなかった。



『王道君が攻めになりました。すみません。俺にはもう、あいつを主人公にした王道学園物は書けません』


 カオスな状況を打破する為、一茶以外には解散して頂いて。自分の個人スペースに引きこもり、俺は桃香さんへとメールした。

 隠して創作するって選択も、あるかもだけど――流石に、俺への気持ちを無視するのも気が引けるからな。

(没にはなったけど、公開する前で良かったって言えば良かったかな)

 一度、読んで貰った小説を修正ならまだしも、非公開にするのは寂しい。

 あと、俺は悪くないけど一応、金持ちの坊ちゃん相手に騒ぎを起こした訳だから――ケジメとして、学校をやめるべきなんだろう。

 そもそも、この学校に通うきっかけが小説(ってか体験記)を書くことだ。真白が少し心配だけどチワワを見る限り、この学校なら退学までにはならないんじゃないかな?

そんな俺のガラケーが、ブルブルと震える。

 最初はメールだと思ったけど、ずっと震え続けてるのを見て電話だって気づく。ちょっと出るのにためらったけど、学校のことを話さなくちゃって思ったから通話ボタンを押した。


「…………誰?」

「えっ?」

「王道君が攻めになったんでしょう? じゃあ、誰が受けになったの?」

「……俺、です」


 痛いところを突かれて、俺は困った。だけど、言わないとやめる話も出来ないと思ったんで渋々、答えた。


「平凡受け、キタ━━━(゜∀゜)━━━!!」

「っ!?」


 受話器の向こうで叫ばれて、俺は咄嗟に耳を離した。顔文字つきだったのは、絶対に気のせいじゃないと思う。


「もう、メールで深刻そうだったから心配したけど……安心したわ、頑張ってね出灰君」

「え、いや、あの……俺にはもう、王道転校生総受けの話は書けなくて」

「何言ってるの。出灰君も、転校生でしょう? そして平凡受けも十分、王道よ!」

「あの、でも……そう! 俺、ここの生徒とトラブル起こしたんで……これ以上、ここにいるのは難しいんじゃないかと」

「……私が聞いてる話だと、むしろ出灰君がいないと困る気がするけど?」


(えっ、聞いてる話って誰から何を?)

 引っかかった俺に構わず、桃香さんは言葉を続けた。


「出灰君? 王道君が病んじゃう話って、読んだことある?」

「……あります、けど」


 主にアンチな王道転校生は、自分の信望者が他の相手に走った時、あるいは自分の想いが惚れた相手に届かない時に病む。病んで、暴走してしまう。

 嘘をついて相手を孤立させたり、束縛したり。挙げ句の果てに暴力や強姦、拉致監禁に走ったりと下手なDV男も真っ青だ。


「出灰君が退学なんてしたら王道君、間違いなく病むわよ」

「はっ!? いや、まさか、真白に限ってそんな」

「言い切れる? 王道君は、良くも悪くも真っ直よ?」

「そ、れは」


 反論に勢いが無くなったのは、俺と会うまでは別に男が好きな訳じゃなかったからだ。それが、約一週間で男の俺にほぼプロポーズな告白――うん、確かに良くも悪くも真っ直だ。

(悪い、真白。フォローしてやれない)


「白馬も、むしろ王道君を庇ってくれてありがとうって言ってたわ。だから、出灰君は無罪放免! まあ、元々が被害者だから、泣き寝入りする必要ないけどね」


 心の中で謝ってると、桃香さんが高らかに言い放った。あ、もう理事長に話通ってるんだ――じゃあ、真白のことなんかも理事長から聞いたのかな?

(でもこれ、外堀ガッチリ埋め立てられたとも言うよな)

 退学出来ないんであれば、小説を書くしかないんだろう。需要があるのか不明だけど、俺みたいな平凡を主人公にして。

(総受けまでいかないけど、刃金さんと双子庶務、あとワンコ書記にも告白されてるし……不可抗力だけど、バ会長とデートするし)

 ただ、俺にはどうしても桃香さんに言っておきたいことがあった。


「俺、シンデレラって色々、大変だったって思うんですよね」

「……出灰君?」

「俺と違って美人ではあるけど、平民で。結婚なんて考えてなかったのに、王子様に見初められて……めでたしめでたしの後、すごく苦労したと思うんですよ」


 そこまで言って、一旦言葉を切って。

 黙って話を聞いてくれている桃香さんに、俺は先を続けた。


「今でも十分、巻き込まれてるかもしれませんけど……男同士ってだけでも大変なのに、生まれ育った環境とか価値観の違いって、大きな障害じゃないですか」

「……そうね」

「そう言うの全部、飛び越えられないと俺は王子様の手なんて取れませんよ? 最悪、選ばないで話が終わるかもしれない。そんな主人公で、本当にいいんですか?」

「勿論」


 そう尋ねた俺に、桃香さんはキッパリと即答した。そして、編集者失格だけどって笑って言葉を続けた。


「最初、新シリーズってことでお願いしたけど……書籍化関係なく、出灰君の本音を聞きたくなったわ」

「桃香さん……」

「あなたは趣味で書いていた時から、人に読ませることを意識していたけど……今回は体験記だから、出灰君の思った通りに書いてみて?」

「……はい」


 俺が頷くと、電話の向こうで桃香さんが面白がるんじゃなく、楽しそうに言った。


「嫌だったら、ガラスの靴を持って逃げて。覚悟を決めたら、魔法が解けても王子様の腕に飛び込んでね……期待してるわよ、灰かぶり君?」

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