嫌われるのも悪いばかりじゃない
「「皆ー、盛り上がってるー?」」
「「「「「きゃああぁあっ!」」」」」
月曜日、新歓イベント当日。
体育館に集まった生徒達(チワワ)は、壇上からの会計――かー君の挨拶に、盛り上がっていた。うん、手まで振って完璧なチャラ男ぶりだな。
(まさに王道なキャラ作りだけど、ゴメンかー君。今はちょっとウザい)
俺が、いつも以上にローテンションなのには理由がある。
体育館集合の前、教室でくじ引きをしたんだけど――俺はまんまと、逃げる側になったんだ。
(真白が逃げる側なのは、王道として……一茶も奏水も、鬼でいいよなぁ。あぁ、俺も鬼が良かった)
「それじゃあ、今からルール説明するねー? 副会長ー」
「「「きゃあぁぁっ!」」」
「「「おおぉぉおっ!」」」
肩を落とす俺を余所に、かー君からご指名を受けた副会長が壇上に上がる。
途端に上がった声はチワワ七割・ガチムチ三割だった。美人と言えば美人だからな、副会長。
「静粛に」
そんな黄土色の声を、副会長がブリザード全開の笑顔で黙らせる。
「それでは、ルールを説明します。皆さん、各クラスごとに配布した発信機・受信機はそれぞれつけましたね?」
その言葉と共に、副会長が見せたのは腕時計みたいな機械だった。
色は青、鬼がつける発信機だ。ちなみに俺は、赤の受信機をつけている。
「時間は一時間、場所は校舎を出て、正門・通用門まで。外に出たり、校舎や寮に隠れたりは禁止。逃亡者が逃げて五分後に、鬼がスタートです」
王道小説だと校舎とかも使うけど、一茶の話によると制裁や強姦を防ぐ為、除外されてるらしい。何て言うか、理由がかなり嫌だよな。
「鬼が近づくと、受信機が鳴ります。そして鬼が逃亡者を捕まえたら、ゲーム終了。鬼への商品は今週末、捕まえた生徒とのデート。逃げきった生徒への商品は、生徒会役員か風紀委員どちらか一名とのデートです」
あ、良かった。捕まえた数で豪華商品ゲットとかじゃないんなら、闇雲に追い回されるのは防げるな。
(わざわざ平凡とデートしたくないだろうし)
ちょっとホッとしたところで、副会長の隣で待機してたかー君が青い発信機を見せて、こっちにウインクしてきた。
(……ちょっと待て。真白にだよな? また俺を巻き込もうとか、してないよな?)
思わず問い詰めたくなったけど、薮蛇になりそうなんで何とか堪えた。
「会長と副会長、あと俺は鬼ね? ろっ君とあー君、みー君は逃げる側だよー。風紀はいつも通り見回りー。もし、ヤンチャが過ぎたらー」
「生徒会、あと風紀を敵に回しますからね?」
笑顔で二人が脅……説明を終わらせると、会長が颯爽と現れる。
「楽しめ。そして、楽しませろ」
そして俺様発言でまとめたところで、俺は背後から視線を感じ――振り返った瞬間、後悔した。
全生徒参加(体調不良以外で休んだら停学)なんで、Fクラスも参加してる。
……笑って青い発信機を見せてくる刃金さんに、俺はため息をついた。
(いや……一昨日出かけたんだからもう、いいでしょう?)
かー君はともかく、刃金さんは手ごわそうだ。仕方ない、頑張って逃げるかと思ってると。
「谷、一緒に逃げようぜ!」
「あぁ……あ?」
そんな俺に、真白が元気に声をかけてくる。親衛隊の件もあるから、頷いたんだけど――いきなり両手で腰を掴まれて、持ち上げられたのに俺は首を傾げた。
「……どうして、こうなった?」
「えっ、この方が早く逃げられるだろ?」
「重いし、前見えなくて逆に走りにくいだろ?」
「谷、軽いぞ? でも、そーだな。解った、抱え直す」
そうだ、真白は驚異の身体能力の持ち主だった――ってか、まずい。このままだと妙な持ち方されそうだ。
「逃げる奴が、運ばれちゃ駄目だろ? 始まる前に、失格になったら困るだろ?」
そう言って、代わりにと手を出して見せると真白は慌てて俺を降ろした。それからブレザーで手を拭いて、俺の手を握ってくる。
「よーし、頑張るぞ!」
「俺、お前より足遅いけど良いのか?」
「おう、オレが助けてやる!」
「そこの平凡、私語は慎みなさい……では、鬼ごっこ開始です」
そんな俺達……って言うか俺にイラッときたのか、副会長は随分と低い声で注意をし、号令をかけた。
※
校舎には入れないけど、山の途中に造られたこの学校の、敷地内は広い。
正門から校舎までは整備されているけどグラウンドから校舎を囲む塀まで、あと寮から校舎までに並ぶ木々は結構、生い茂ってて隠れるには便利だ。
「どこ行く?」
「寮の方が木が多いから、あっち行こうぜ。いざとなれば、木に登って隠れられるし」
「……本気で逃げる気満々だな。そんなにデート権欲しいのか?」
体育館を出て、真白の言葉通り寮の方へと向かう。
手を繋いでるせいか、いや、真白が加減してくれてるんだな。息が切れない程度の速度で走りながら、俺は真白に聞いた。こう言うイベント自体に燃えてる可能性が高いけど、念の為。
「えっ……ぁあっ!」
大当りだったらしく、真白が驚いた声を上げる。生徒会も苦労するなって思ってると、真白が思いがけないことを言ってきた。
「そっか、逃げ切ったら谷があいつらとデートしちゃうんだ!」
(えっ、そこ?)
「うわぁ……でも、あの金色野郎にまた持ってかれるのはもっと嫌だし……そーだ! 一茶か奏水に連絡してっ」
「無理だぞ。連絡取り合えないように携帯、没収されてるだろ?」
「……そうだった」
そう言うと、真白はガックリと肩を落とす。そんな真白に、俺は慰めるように声をかけた。
「大丈夫。一茶には、萌えセンサーがあるからな」
「もえ? 何か解らねぇけど、頼もしいな!」
俺の言葉に、真白が首を傾げながらも感心したように声を上げる。
……と、不意に真白がキョロキョロと辺りを見回し出した。
「緑野……?」
「っ!?」
ポツリと呟いたかと思うと、真白は俺の手を引いて走り出した。
ビー、ビー、ビー!
すると、腕の受信機が鳴り出して驚く――えっ、これって鬼が近づいたら鳴るんだよな?
(緑野って、確かワンコ書記だよな……同じ逃亡者の筈なのに、何で?)
そう思っていた俺の前で、真白が足を止める。
「緑野様!」
「観念して、捕まって下さいっ」
「やっ!」
そこには涙目になり、必死に首を横に振っている書記と、それをグルリと取り囲んでいるチワワ達がいた――えっと、これ、何てカオス?
「……火ー事だー」
とりあえず、誰か呼んだ方がいいだろう。そう思って声を上げた俺にチワワ達だけでなく、書記と真白もギョッとしたように顔を上げた。
「えっ、谷? 何で火事?」
「助けて、だと危ないと思って逃げちゃう奴もいるからな」
「そっか!」
「……って、あんた達、驚かせないでっ」
「平凡と毛玉のくせに、邪魔しないでよ!」
「お前達こそ! 緑野、嫌がってるじゃないかっ」
「「「何ですって!? 」」」
残念ながら、俺にしては珍しい大声は届かなかったらしい。誰も来ないのを見て、チワワ達が俺達に文句をつけてくる。
一方、真白も負けてなかった。俺の手を引き、書記と俺を守るように立ち塞がったかと思うと、チワワ達に反論を始めた。
(本当、いい奴だよな。真白って)
……だからこそ、大人しく守られてる『だけ』の書記にちょっと物申したくなった。
「本当に嫌なら、ちゃんと断ったらどうですか?」
「……うる、さい」
「何だ、ちゃんと言えるじゃないですか?」
「……ライバル、だもん」
おいおい、高校生男子が「もん」って。まあ、流石、ワンコだけあって違和感ないけど。
「俺はいいですけど、現に書記様、困ってるじゃないですか」
チワワにもしっかり反論出来ないところを見ると、話すの自体が怖いのかな? そう思ってたら、書記がおずおずと尋ねてきた。
「……俺の……こと、解る?」
「あー……まあ、いつもよりは喋って頂いてるんで。嫌われてるのも、悪いばっかりじゃないですね」
「……嫌われてる、のに?」
「『だから』俺のこと、怖がらずに話してくれてるじゃないですか。練習台にして下さいよ。ちゃんと聞いて、応えますから。そうすれば、書記様も真白を守、れ……」
最後、言葉が途切れたのは書記が俺を凝視してきたからだった。あれ、俺、また言い過ぎた?
「うるさい、黙れ!」
内心、焦った俺の耳にチワワの苛立った声が届く。
そして、声の方を見た俺は――慌てて真白の前へと飛び出した。
「……っ!」
「谷!?」
次の瞬間、俺の右のこめかみにチワワが投げつけた石が当たる。
悲鳴みたいな真白の声に、石のぶつかったところを触ると血がついた。
(チッ、こうきたか)
鬼(チワワ)が俺と真白(逃亡者)に触ったら、問答無用でペアになる。だから直接、触らずに口論で収まると思ったけど――まさか石、投げてくるなんて。
「何よ平凡! あんたも、僕達に逆らうの!?」
「生意気っ」
真白を庇ったのが癪に障ったのか、他のチワワ達も俺に石をぶつけてくる。
「谷……っ、お前ら、やめろ!」
「真白、前出るな……眼鏡、危ないから」
あと、言わないけど鬘もあるし。怪我したら、変装してるのバレるからな。
ってか、風紀。チワワ達がご乱心だぞ。地味に痛いから、見回ってるんなら早く来い。
「……眼鏡」
と、頭と目を庇ってた俺の耳に真白の呟きが落ちる。
いつもとは違う低い響きに、驚いて目をやると――真白が、瓶底眼鏡とモジャモジャ頭を投げ捨てた。
「ま、しろ?」
……サラサラの銀の髪。時折、赤く見える茶色の目。
王道転校生らしく可愛い系を想像してたけど、どちらかって言うと綺麗に整った顔だった。それが、声同様に無表情なもんだから相当な迫力だ。
「嘘……毬藻ってば、あんなに綺麗だったの?」
空気を読まないチワワの言葉に、真白がキッと顔を上げる。
(って、マズい!)
チワワ達に殴りかかろうとした真白に、俺は慌ててしがみついた。
「離せ、谷! 眼鏡かけてないんだから、もういいだろ!?」
頭に血は昇ってるみたいだけど、何とか俺を認識してくれてはいるらしい。それなら、と俺は振りほどかれないよう腕に力を込めて言った。
「殴ったら、あいつらとデートだぞ?」
「…………えっ?」
退学も心配だったけど、あえて空気を壊すことを言った。目を真ん丸くして真白が固まったその隙に、見上げて言葉を続ける。
「お前、嫌ってたあいつらが見惚れるくらい綺麗なんだぞ? デートしたいなら止めないけど、どうせなら好きな奴とした方がいいだろ?」
「……谷ぃ……」
表情を無くしてた顔が、クシャッと泣きそうに歪む。その銀色の頭を、血のついてない方の手で撫でてやると――思いがけない、声がした。
「……だ……火事っ……火事、だっ!」
「「「緑野様っ!?」」」
必死に声を張り上げる書記に、チワワ達がうろたえる。
だけど、逃げようとしたその足は短い、でも凛として逆らえない声に遮られた。
「止まれ」
「「「草薙(くさなぎ)様っ!?」」」
チワワ達が声を上げた途端、声の主の背後に控えてた生徒達がチワワ達を捕まえた――あ、風紀って腕章してる。ってことは、あの草薙って呼ばれてたのが委員長か?(茶髪だけど)
(遅い……けど、助かった)
ホッとした途端に、血が流れたせいか力が抜けて目の前が暗くなる。そんな俺に、書記が駆け寄ってきた。
「……大、丈夫!?」
「はい……ありがとうございます、書記様」
真白もだけど、この書記も素直だな。まさか、ここまで頑張ってくれると思わなかった。最初はどうなるかと思ったけど、これなら真白を任せられるな。
ビー、ビー、ビー!
そんな保護者みたいなことを考えてたら、今更ながらに受信機の音が気になった。俺、怪我で棄権するからこれ外しちゃ駄目かな?
(……あ、もう、俺が駄目だ)
「谷っ!?」
「谷君!」
「りぃ君っ」
「谷!」
「緑野……と、誰だ?」
血の気の引く感覚に逆らえず、目を閉じた俺の耳に複数の声と足音が近づいてくる。
ヤバい、逃げないと――そう思っても、体は動いてくれなくて。
刹那、体が浮いたと思ったところで意識を手放した俺は、自分の受信機が鳴り止んだことに気づかなかった。
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