砂龍神の願い、その1―地下神殿の仕掛け―

「リタ殿下、ランディー陛下に許可を取らなくても、良かったのですか?」


 ジオは訪ねた。リタは鍵をポーチから取り出しながら、答えた。


「何言ってるの? 父上が反対するなら、わざわざ私達に鍵を探すのを手伝えって、言わないだろう? それに私は、どんな困難にぶつかろうとも、逃げないと決めてる」


 彼女の言葉を聞き、ジオは安心した。その言葉の中に、父親から受け継いだ勇気と気高さが込められている、と感じたからだ。


(殿下……。皮肉にも、闇系魔道師の奴隷として生活したのを機に、頼もしくなりましたね)


 ジオが涙目になって、三人を見送る。大袈裟な仕種だなぁ、と思いながらリタは地下神殿の鍵を開けた。


「じゃあ、行ってくるよ。ジオ、父上には『心配しないでくれ』って伝えてね」


「御意」


 乳母に見送られ、リタはヨゼフ達と共に地下神殿に入った。目的はもちろん、砂龍神に会うためだ。


「暗いな。懐中電灯を持ってないか、ヨゼフ、ナンシー?」


 リタの質問に答えるように、ナンシーは手提げ鞄から、赤色の本体の懐中電灯を取り出した。が、その懐中電灯が電池切れだったので、彼女は予め用意しておいた単三電池を交換した。


「ごめん。電池が切れてたみたい」


 ナンシーは大袈裟な仕種をして謝り、懐中電灯をつけた。それをそのまま、リタに渡した。


 神殿内には多くの仕掛けが施されていて、簡単に進むことはできないだろう、と三人は思った。


(この神殿、罠や仕掛けが多すぎる。デュラックは砂龍族の王子だったという説があるから、おそらく彼の父親だった初代砂龍王の用心深さのせいだと思うが)


 リタは砂龍神の歴史を想像しながら、辺りを見回している。そしてようやく、三人は神殿内を進み始めた。四十メートル近くまで歩くと、そこは行き止まりだった。


「リタ。本当に、ここで合ってるの?」


 リタに訪ねたのは、ナンシーだった。リタは返答に困った。


「私に聞かれても……。どこかに、秘密の扉を開けるためのスイッチでもないかな?」


「馬鹿なことを言わずに、二メートルだけ引き返そうよ」


 ヨゼフに言われた通りに、リタ達は引き返そうとした。と、その時だった。一番後ろにいるヨゼフが右側の壁に触れた途端、ガシャンと何かがはまるような音がした。リタとナンシーが音に反応して、後ろを向いた。


「ヨゼフ……」


「今、何かに触った?」


 二人がヨゼフの顔を見て、聞いた。彼は慌てて、首を横に振った。


「『僕は何もしてないよ』と言いたげな顔ね。正直に言いなさいよ、ヨゼフ」


「まあまあ、落ち着きなよ、ナンシー」


 リタはヨゼフに怒っているナンシーを制止した。彼女は続けて言う。


「彼が何も言わないのは、確かに良くない。だけどナンシー、君も彼に冷たく当たりすぎだ。見てごらんよ。彼もこんなに――」


 リタは途中で、言葉を飲み込んだ。三人が仕切りだと思っていた石の壁が、音を立てて開いたからだ。三人は不思議そうに、開いた壁を見た。


「お、おそらく僕が、右側の壁にあるスイッチを押したからじゃないかな?」


 ヨゼフは推測した。ナンシーは、急に瞳を輝かせた。それは扉が開いたことで、砂龍神の居場所への近道ができたかもしれない、と思っているからだ。


「おーい、ナンシー。聞こえるか?」


 リタは、ナンシーの顔に手を翳した。


「ごめん。もしかしたらこれが、砂龍神の像の発見に繋がるんじゃないかしら、と思って」


 ナンシーが謝った後、ヨゼフは人差し指を彼女の顔に近づけた。彼の仕種はまるで、〝もう一言、謝ってほしいことがある〟と言いたげな態度を示しているようだった。


「わかったわよ。ヨゼフ、さっきは冷たく当たってごめん」


 素直な謝り方ではなかったけれど、彼は許してあげた。ナンシーの場合、他人に対して素直に謝るということをあまりしない。このことは、奴隷になって半年経った頃からわかっていたことだからだ。


 三人は石の扉に入った。その先は、石段をずっと降りていかなければならない。三人は、武器の装備をしていない――いわば手ぶらの状態で、砂龍神の所に行こうとしている。それは、極めて困難なことだ。が、彼女達は困難や危険を一切顧みることなく、神殿内を冒険している。


 三十メートルくらいの石段を下り終えた彼女達を待ち受けていたのは、巨大な砂龍神像と十本の発煙筒だった。


(砂龍神像を動かすだけならまだしも、なぜ十本も発煙筒があるんだ?)


 リタは心底、神殿の中にしては間抜けな仕掛けだなぁ、と思った。


「この壁に何か、絵や文字が彫ってあるよ」


 先に壁の彫刻に気づいたのは、ヨゼフだった。彼は早速、それを解読する。


(凄いな、ヨゼフ。流石はレザンドニウムの奴隷部屋で、古代文字の勉強をしてただけのことはあるね。私も、彼を見習おうかな)


 リタは感心していた。その間も、ヨゼフはすらすらと文字を読み上げていく。その壁に彫られている文字が示す内容は、以下の通りである。


『偉大なる砂龍神に会いたくば、全ての発煙筒に砂をかけるべし。さすれば、神の戸を開けん』


(全ての発煙筒に砂をかけるべし? 確かに私は砂龍族だから、砂煙を巻き起こすこともできるけど、まだ上手に制御するのは、難しいよ)


 リタは困惑した。が、仲間達が支えてくれると信じて、彼女は拳を握り締める。そして、十本の発煙筒に囲まれながら、砂煙ごと回転し始めた。


(頑張って、リタ。あなたなら、絶対にこの仕掛けを攻略できる)


 ナンシーは祈った。が、リタの魔力は父王ほど強くはない。それゆえ、体力の消耗も大きい。彼女はばて気味だった。


(……! 目眩がしてきた。でも、私は絶対に諦めないよ。諦めたら、そこで終わりじゃないか)


 リタは歯を食い縛って、砂煙を広げた。全部の発煙筒に、砂をかけることに成功した。


「よく頑張ったわね、リタ」


「今日のあんたを見て、かっこいいと思ったよ」


 ヨゼフ達が駆け寄り、リタを褒めた。先程の彼女の頑張りが報われたのか、砂龍神像がある部屋の扉が開いた。彼女達はほっと一息ついて、扉に入った。


 そこには巨大な砂龍神の像、彼を祀る真珠や水晶玉などが置かれている。が、唯一不可解な点は、ヨゼフが先程読んだ壁の彫刻の内容。〝偉大なる砂龍神に会いたくば……〟などと書かれても、所詮は伝説なのだから、本当に会えるかどうかはわからない。


 リタ達は辺りを見回しながら、疑問を浮かべた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る