第10話 範疇外を理解するには
ウィルは耳を疑った。それはエリディアとアレンからの報告。
「……何を、言ってるんだ? 冗談にしたって、それは不敬罪……」
「冗談なんかじゃねぇ! 冗談でンなもん言えるかァ! ……俺たちはこの目で……ッ」
アレンはそこまで言って耐えられなくなり、石の硬い机に両の拳を叩きつけた。
年はそう変わらないが、普段ウィルに丁寧語で接する彼の剣幕に、皆息を呑む。
「……マジか……」
その様子を見て、さすがにウィルも、現実逃避にすがっている場合ではない真実の出来事なのだと受け止める。
「……他に近衛兵はいなかったのか?」
「近衛が、手を下したのですわ……。我々が間に入る間もなくて……不甲斐ないッ!」
そう言って、青い顔のエリディアがその場に崩れる。
「いったい何が起こったのかなんて俺らが聞きてぇ! 何で……ッ!」
年はウィルとそう変わりないアレンでさえ、取り乱していた。
「一族皆殺しだなんて……!!」
バンバンと石造りの机を殴るアレン。そう、国王は王族の者を会食に誘い、その場で全員の命を奪った。王城の一角の、プライベートによく使用されるその食堂はほんのついさっき、赤く、赤く染められた。そして恐らく今はまだ、そのまま──。
「止めようとした一部の近衛兵も殺された。ラズも怪我を負って……今セリに手当てしてもらってる。……俺らはとにかく逃げるだけで精一杯だった。情けないけど、混乱してた……」
ぶつぶつ言いながら、彼はうなだれる。
ウィルは途方に暮れた。どうしても、信じることができない。
「近衛兵の暴走とかじゃないのか? だったら陛下も危な……」
「何度言ったら分かるんだ! 『やれ』とおっしゃったんだよ、あの人は!」
いつまでも信じようとしない彼に、アレンはとうとう業を煮やして怒鳴りつける。
「…………悪い」
自分でも往生際が悪いと思う。しかし、あの心優しい陛下が、どうして──その様なことができる人間などでは決してない。尽く穏やかな性格をしているあの一族が、命奪われる理由もない。そう易々と信じることなど、できない。
「……ウィルさん……」
突然聞こえた声の方を見ると、そこには怪我をしたというラズの姿があった。
「ラズ……大丈夫なんですの……?」
思わず顔を上げたエリディアの目は、どうやら泣いていたようで、赤くなっていた。
「ちょっとエリィさん、あたしの回復の腕は超一級よ。それより、ウィルさん」
横からこの場の誰より明るく、ただし真剣な表情をしながら言ったのは、まだ幼さを残す少女であるセリシア。少女は真剣だった表情を苦虫を噛み潰したような表情に変えた。
「陛下……お風邪を召されて会食を欠席なさっていたランシールド家のルーナ様まで呼びつけられて……きっともう、あの方も……」
ランシールド家は、数ある分家の中でも一番現王に近い血筋──弟君の家である。ルーナというのはその家の一人娘だ。
「……何なんだよ、何なんだよ一体……!」
アレンが苛立ったように呟く。
「エリィさん、アレンさん、ラズさん、あなたたち三人、マズイんじゃない……? 追われたりとか」
「……それは大丈夫だと思いますよ」
セリの心配そうな声を遮ったのは、男性にしては少々高めの声。
「シィ?」
セリが振り返ると、部屋の入り口にはセリと良く似た顔の少年──シリウスがいた。
「その場ですぐに追手を差し向けようとなさらなかったのでしょう? きっと、何か含みがあるのだと思います。だいいち王族でも、我々≪
シリウスのその言葉を聞きながら、エリディアがはっとして考え込んだ。
「……そういえば、おかしな者を見かけたかもしれませんわ。『主の御心』などとぶつぶつ呟きながらふらふら歩いてどこかへ行ってしまって……でもラズの方が心配でしたし、何より手一杯だったから追いかけなかったのだけれど……」
「まさか……洗脳、か……?」
ウィルが呟くと、皆はっとした。それはこの帝国の王家の者が持つといわれる特殊な月の力の内の一つ……今までの陛下なら、使うことを最低限に抑えていたものだ。
その場に長い沈黙が訪れた。
「我々も洗脳されたように見せかけて、言うことを聞いていた方がいいのかもしれませんね……」
沈黙を破ったラズは、眉間に深い皴を作っていた。
「……まずは、状況を徹底的に調べる。一体何が起こっているのか、本当のことを見極める。……それからでないと、動くべきじゃない」
ウィルが言うと、
「……そうですね。まずは情報収集……我々の専門ですから…」
落ち込んだ表情でラズが言った。
誰も、信じたくはなかったのだ。心配するほど優しかった国王が起こした凄惨な事件を。だが、有益な情報はまったくと言っていいほど集まらなかった。
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