第9話 始まりの日

 三か月程前のことになる──。


 広い部屋の中央に置かれた細長い食卓には白いクロスがかけられ、その随所に置かれた花瓶には美しい花が飾られている。そしてそんな食卓を囲む繊細な装飾を施された椅子に空きはない。そこに座る上品に着飾った人々は、皆国王の血筋の者。一同は皇帝の催したその会食を楽しんでいた。

 そしてその部屋の端々で、王室近衛兵士のうち数人が、その名の通り王族を守るために、じっと真剣に当たりの気配を探り続けている。……そしてその近衛兵士ということになっている≪望月衆もちづきしゅう≫のメンバーのうち、ラズベルト、エリディア、アレン、の三名がこの場に混ざっていた。

 上座には、主催者である皇帝、ガルフォート=ユスティ=シアンと、その妻である皇妃、クリステラ=アディール=シアン。二人ともにこやかに微笑みながら、時には会話を弾ませていた。

 この国の王の血筋の者は、皆美しい紫の瞳を持って生まれてくる。国建ちの神話の中で彼ら一族は月の精霊の化身とされており、その瞳がその証だとされていた。

 その瞳は彼ら一族に王たるもののカリスマをもたらし、また、己を律する。

 加えて月の精霊の加護を受けたものの中でも一般的な銀の色を持つ者たちと同じく、精神面に干渉するような魔法を得意としていた。

 だが普通、≪精霊の加護ブレス≫というものは遺伝しない。人が生命となった瞬間に何らかのつながりが生じて、一族郎党にまったく関係なくもたらされるものらしい。そのことからも、このトゥルフェニアの王族の特異性がうかがえるだろう。

 ともあれ、会食の最後を飾るデザートが運ばれてきた。人々は素晴らしい料理の数々に満足していた。

「皆、今日はよくぞこの会食に出席してくれた」

 国王が、いつもの人の良い笑顔でその血族を見回しながら口を開いた。

「今日集ってもらったのは、他でもない──」

 いつの間にか、部屋の中にはの王室近衛兵士の姿があった。

 朗らかな笑顔を張り付けたまま皇帝は指示を下した。

 一陣の風が行き過ぎる。だがここは風が通るような場所ではない。窓は開いていないのだから。

 その風が通った後はただ赤く赤く赤が吹き上げて、けれど誰もがぽかんとそれを見るばかりで、すぐに動いたのは数人の近衛兵士のみだった。

「……や、やめろ! 何をしている!!」

 同じ近衛兵士を止めようとしたラズは追いすがったところを振り返りざまに斬りつけられた。左肩に短剣が突き刺さる。面倒なのか相手は得物を引き抜きにかかろうともせず王家の者たちに別の得物を振り下ろし続ける。

 標的はあくまで王族たちで──ラズたち近衛兵士など、眼中にないのだ。

「何してるか分かってん」

 のか! と叫びたかったのだろうが、その彼は同僚の手で頭を斬り飛ばされた。

「───!」

 鬼のような形相で何事か叫びながら、エリディアが王族を手にかけた近衛兵士の一人に己の得物を振り下ろした。が、何か奇妙な動きで避けられた。エリディアは一瞬頭が追い付かず硬直していたが、悲壮な表情のラズに腕を引かれ、退路を探し始めた。

 アレンが恐るべき凶行に走っている同僚を真っ白な頭で蹴り飛ばしながら怒鳴った。

「おい、お前ら、何を狂ってる! よくこんなこと……こんなことができるな!!!」

 止めようとした者は返り討ちに合うか怪我人になるばかり……。

 その様子を皇帝夫妻はただ穏やかなほほ笑みで眺めている。

「陛下!! 何事ですか!!!!」

 そう悲壮な声を投げかけたとある者は、凶行を行っている近衛兵士に後ろから刺されて二度と動かなくなる。

(一体何なんだ!? 何が起きたっていうんだ!?)

 ほとんどの者が混乱を抱えたまま、身の危険を感じて食堂を脱出した。

「……我が主の御心のままに……嫌だっ違うっ……御心……違……」

 何人かが意味のわからないことを呟きながらよろよろとどこへともなく逃げていく。

 妙に嫌な予感を感じながらも、怪我人を抱えた≪望月衆もちづきしゅう≫の面々は、そんな彼らまでは気が回らなかった。

 ただ、一旦この場を離れよう。冷静に、ならなければ──。

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