第8話 過ぎし日の約束

 ウィルがぐちゃぐちゃと考えながら寝静まった町並みの中を歩いていると、こんな夜更けに自分の家に未だ明かりが灯っているのが見えた。

「…………?」

 訝しく思って、思わず歩調が早まる。

 何か、あったのだろうか。

 ……キィ

 明かりを点けっぱなして寝てしまったというコトも考えて、そっとドアを開ける。

「……ミレーネ……?」

 テーブルに突っ伏している妻の姿を発見し、ドアに鍵をかけながらそっと呼びかける。

 すると彼女はゆっくりと顔をあげた。

「どうしたんだ、一体?」

「何となく、今日は帰ってくるような予感がしたの……おかえりなさい」

 彼女はふわりとウィルに抱きついた。

「……ねぇ、何が起きているの……? この国は、どうなってしまうの……?」

 不安そうな妻をしっかりと抱きしめながら、彼は何と切り出そうか迷った。だがもう、そんな妻の様子を──そして国民の誰もがそうであろうということを──ただ見ているだけなのはもうやめるのだ。ようやく決心が付いた気がする。

「……国民にはもう、辛い思いなんざさせねぇ。動くと決めた。……それが、お前も知っている通り俺たちの役目だ……」

 彼女はかつて彼と同じ≪望月衆≫の一員だった。今もまだ細々とした助力はしている。

「ミレーネ……実は、な」

 できれば隠しておきたかった。けれど、彼女にだって知る権利はある。

 彼は自分の中に膨らむ抵抗感に逆らい、右手をミレーネに見え易い位置まで持ち上げた。

「────────!」

 ミレーネの顔がみるみる強張る。こんな顔など、させたくはないのに……。

 彼の右手の中指には、きれいな指輪がはめられていたはずだった。

 それは、虹色に淡く光る、小さな不思議な石を抱いていた、銀の指輪だったのだけれど。

 今は──ひび割れたその石は、白い石灰の固まりのようだった。

 先刻突然光り出し、小さな音を立てて弾けたのは、この指輪の石だった。そしてそれは、あることを告げる信号。

「嫌な事が同時に起こりすぎる……今こんなんなったって事ぁ、丁度国王がおかしくなった頃だ……」





「私たちに何かあった時、これも壊れることになってるわ。けど、誤作動を防ぐために、こっちの指輪が私たちを感知できなくなってから、三、四ヶ月くらいでこっちが連動して壊れるように作ったの。だから壊れた時ってのは本当の本当に私たちはいなくなってるわ。希望ナシだから」

 それはある二人が組織を抜けると言い出した時だった。理由を聞いたのは組織の導き手であるグレン婆だけで、しかもそれを婆が許したのがウィルは解せなかった。その上これである。

「あ? 俺にこれ付けろってのか? 結婚指輪も遠慮した人間だぞ……」

 ウィルはげっそりして言った。

「別に身につけなくてもいいんだぞ? 目の届く範囲にあれば気付けるし……」

「ミレーネがつけてくれたっていいし……。あのね、ウィル……国外で活動するからには、どこで朽ち果てるか分からないもの? 帰ってこなくなって、逃げたなんて思われるのイヤだし、追手けしかけるのだって無駄でしょう? だから一生懸命作ったのに」

「そりゃそうだけどよ、何でそんなマイナスな準備バッチリなんだよ……?」

 ますます彼はげっそりした。

「備えあれば憂いなしって言うじゃない」

 自分のはめた指輪を示してそう言いながら、エリスは真剣な顔で続けた。

「それから……あの子がまだ未成年のうちにそうなっちゃったら……あなたにあの子のことをお願いできないかしら……あぁもちろん、即戦力になるくらいには育てるわよ」

「お前くらいだからな、こんなこと頼めるの」

 もうひとりまでもが真剣に頼み込んでくる。

「だぁあ、もう! 分かったから! お前たちがいなくなる事についてなんざ、うじうじと話し合ってらんねぇよ! 勘弁してくれ!」

「あらぁ、もう、ウィルったら私たちが大好きなのねぇ」

「ふざけんな!」





 ……あの二人とのあんなじゃれあいも、今思い出すと……やるせない。

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