第7話 過ぎし日の思い出

 ウィルはひたすら地下道を歩き続けた。光苔のおかげで松明たいまつなどは必要ない。

 トゥルフェニアの首都、シアンの地下に広がる、≪地精の墓標≫と呼ばれる古代遺跡の地下通路。ほとんどの人間は自分たちの足の下にこのような空間があることすら知らない。

 この遺跡はこの地にトゥルフェニアが建国される遥か以前から地下に存在していたらしい。

 一つ前の国家のものでも、その前のものでもなく、≪失われた時代≫のものと謂われるこの地下遺跡は、大部分が光苔に覆われた地下通路からなり、遥か古代の罠が今もあちこちに活きている。

 中央には部屋のような一つの広く四角い空間があり、壁にはびっしりと古代文字や絵画が彫り込まれていた。この部屋の光源だけは光苔ではなく、壁から等間隔に突き出している瀟洒しょうしゃ蜀台しょくだいに設えられた、幻想的な淡い光を放つ不可思議な結晶体だった。

 この、中央の四角い部屋というのが、先ほどウィルとラズがいた部屋である。また、彼らは遺跡の中にいくつかある小部屋のようなものの一つを寝所として使用しているのだが、今日の彼はそこへ向かう気はないらしい。

 王族ですらその存在をよく知らない遺跡を活動の拠点とする彼らが一体何者であるかといえば、≪望月衆もちづきしゅう≫という、王直属の──なんでも屋である。

 初代国王が国家の治安向上のために作ったという彼らの役目は、王族の護衛、諜報活動、水面下の事件の調査・解決……等、多岐に渡る。遺跡の存在は元より、彼らがここを活動拠点にしているのを王族ですらよく知らないのは、徹底された秘密主義のためだ。敵を欺くにはまず味方から。彼らの活動内容からして、どんな情報も極秘にしておくに越したことはない。

 そして、ウィルはその秘密組織を統率する立場にある者。歳は今年で三十二。一人を除いて、もうこの集団の中に彼より年上の者はいない。

 彼は、今このときだけと決めてこみ上げる衝動に身を任せた。

「ったく、どういうタイミングだよ……確かに今人手はいくらでもいる。けど、よりによってこんな時になんざぁ勘弁してくれよなぁあ! おい! 嘘だろ!?  ゆっくり感傷にひたる暇もくれねぇってのかよ!!」

 バァン、と彼は光苔の密生した壁に拳を叩きつけた。それくらいではビクともしないどころか、少しの光苔さえそげることもなかった頑強な壁をずるずると滑りながら、彼はその場にうずくまる。

 その夜、人知れず溢れ続けた嗚咽の声は、誰の耳に届くこともなく、ただ冷たい遺跡の中に吸い込まれていった。

 彼が歩き続けたのは本当に、約二時間。遺跡の出口はすぐそこにまで近づいていて、岩にカモフラージュされた特殊な扉はもう目と鼻の先だった。

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