地精の墓標
第6話 絡み出す不可解な縁
いかにして、アイリスがサラの前に現れることになったのか。
サラが先輩たちの卒業実技に混ざっていたような時期には、事態はすでに始まっていた。
トゥルフェニア帝国。その皇帝ガルフォート=ユスティ=シアンは賢帝でも愚帝でもなく、ただ平穏にことを運ぶ。国民の声をよく聞くが、無茶な要求はばっさり切り捨てる。それでいて、国内に反乱などは起きたことがない。
妻はクリステラ=アディール=シアン。特に有力ではない貴族の出だが、気品に満ちて皇妃の名がよく似合う。彼女はいつも優しげなほほ笑みを浮かべていた。
この国の代々の皇妃はひとつの孤児院を運営している。国中のほぼすべての孤児や訳ありな子どもたちを育成する大規模機関。皇妃の2つ目の顔は『国の母』だった。
二人の間にはまだ子がない。あるいはその気もないのかも知れなかった。彼らは皇帝の弟の子を気に入っている様子である。
(まだ、だめだ……)
彼は薄ぼんやりとした光の中で自分たちがまとめた資料の山をかき回していた。
「ウィルさん」
「うわ、ラズか。びっくりした……」
背後から突然沸いた声と気配に、資料を漁っていた彼は飛び上がる。
ウィル──ウィリアム=ウィルドは、彼──ラズベルト=リューグに気配を抑えられるとまったくたどることができない。どうもラズはウィルが彼の気配をたどれないことを信じていない様子だが、こんなところでそんなことをする必要がどこにある……。
「俺が≪あっち側≫だったらウィルさん今死んでますよね。疲れ溜まってる証拠じゃないですか。そろそろ寝た方がいいと思うんですけど……ンなんでぶッ倒れられちゃ、これから先が……」
「俺一人が参ったくらいで頓挫しねぇよ」
うぇふ、と
彼は数日前から、時折図面などを持ち出してきて、ああでもないこうでもない、あれこれが足りない、などとぶつぶつ言ってばかりいた。
「でもずっと寝てないでしょうが」
「そりゃ寝てらんねぇさ」
「それはそうなのかもしれないですが……」
ラズは不満そうにする。
「わかりましたよ、そっちはそれでいいですよ。けどみんな心配してんですよ? おかげで僕が寝ろと言って来いと使いに出されたんですから」
「……あぁあぁ、わーったわーった…! もうすぐ切りがいいから寝るって。……ったく、お」
お前ら心配性すぎんだよ、というその言葉が音になることはなかった。
キィィイイン、というか細い音と共に突然その場の明るさが急激に増していく。続いてパキィン、と澄んだ破砕音がしたかと思うと、またもとの明るさと静けさがその場に戻ってきた。
「な、何ですか……今のは!?」
現状が現状なだけに危機感を抑えられずラズは辺りを警戒した。
「──────は……?」
「ウィルさん?」
ウィルはと言えば自分の右方向を見下ろしたまま固まっていた。その形相は──ラズの方からは見えなかったのだが──目が極限にまで見開かれ、頬は驚愕に歪み、青ざめている。
「……ウィルさん?」
もう一度ラズが呼びかけるとウィルはやっと答えた。
「…………
そう言った彼の表情は、疲れた色を宿してはいたものの、もう先ほど浮かべた表情など想像もできないほど落ち着いたものだった。
「えぇ!? な、何があったんですか!? 今の光は……!?」
「大丈夫だ。何でもない」
ラズはそんな
「ウィルさん、僕も寝所に戻りますから」
一緒に戻りましょうよ、の言葉は、音になる前に遮られた。
「いや、俺は今日は家に帰る。ちょっとゆっくりしたくなった」
「何ですって……?」
ここから普通に地上へ向かうなら二時間以上かかるため、『ゆっくり』できるとは思えない。
「いいから。俺も明日の昼には出てくるつもりだ。お前らは今まで通り自分たちのやることをやっててくれ」
「……分かりました。そう伝えておきます。ゆっくり休んで下さい」
このように邪険なウィルを彼は見たことがなかった。俺には俺の事情があるんだ、とでも言われているように感じ、彼は仕方なく引き下がる。
「あぁ。そうさせてもらう……」
そう言って歩き始めた青年の背からは、いつもの覇気が感じられなかった。
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