第5話 奇妙な客人

「サラスティア=スノークロス、ちょっと」

 それは、サルヴィア教授の授業中だった。

 三級クラス以上の合同授業で、十数人の年齢層様々な生徒たちが受講している。白髪の凛としたその老女は、いとも簡単に目当ての少女を見出すと、その名を呼んで手招いた。

「が、学長……!?」

 その老女は、冒険者養成過程の最高責任者だった。つまり、所長の次の位置にある人ということである。そんな人物の突然の来訪に、その場は少しざわつく。名を呼ばれたサラは注目を浴び、身に覚えのない不安感に襲われた。

「サルヴィアさん、ちょっと彼女、お借りしますよ」

「あ、はぁ……」

 サルヴィアも何がなんだかわからず、ただそれを承諾するしかできない。去っていく学長と少女の背中を見送りながら闘技場の中はざわざわとざわめいた。

「……はいはい静かに! 授業はまだ終わっていませんよ」

 サルヴィアが我に返って拍子を打ちながらそう言った。

(一体、何……?)

 ざわつく群衆の中にあって、アゼルを始めとするそれまで一緒にいた生徒たちは、言葉もなく心配そうに少女の後ろ姿を見つめていた。


 サラは学長の少し後ろについて歩く。一体何なのですか、という質問の言葉は、口から出そうで出ない。

 生きた木で造られた大きな建物が、もうすぐそこに連なっている。その、普通の民家の何倍もの広がりと高さを持つ、青々と葉を茂らせた木造建築こそ、養成所の校舎だった。

 サラがもやもやと口を切れないでいる内に、学長はそのうち冒険者過程の教師陣個人の研究室が居並ぶ棟に入ってしまう。そうそう生徒が入り込む場所ではない。

 サラはますます訳の分からない不安に駆られた。何か怒られるのだろうか? 身に覚えがあるのは先日の実技試験について行ってしまったことぐらいだが、何気もない行動が何に結びついていくものかわからない世間だ。他、なにかわけの分からない濡れ衣を着せられていたりするかもしれない。

 そんな嫌な予感ををぐるぐると頭の中で捏ねまわしていると、学長はくねくねと曲がる螺旋階段を三階分上り、右に出て三つ目の扉の前で立ち止まった。扉に掲げられたプレートには『冒険者養成課程学長室』とある。サラは掌にいやな汗を感じた。学長はすぐには扉に触れずに、ここでやっとサラに話しかけた。

「……スノークロス、急ぎのお客様です」

 そう言う学長の表情には、どこか悲しげというか寂しげというか、そういった同情的な雰囲気があった。いったい誰が訪ねてきたというのか怯えているサラの表情をよそに、学長はコンコン、と扉を──学長が学長室の扉にそうする様はなんだか違和感があった──ノックした。

 そしてゆっくりとノブを捻り、扉を開く。奥の接待用のソファに座っていた人が、ゆっくりと立ち上がってこちらを向く。

 ショートヘアが少し伸びただけのような半端な長さの黒い髪と、黄色みのある白い肌と赤い瞳。白の半袖のブラウスにジーンズ、といった大変ラフなスタイルの若い女性で、表情にも険しいものはなく、そう重要な用事があるようには見えない。

 華奢ではあるが普通よりかなり長身なその女性は、戻ってきた学長に小さく会釈し、口を開いた。

「お忙しい中、失礼致しました。……その子が、サラスティア=スノークロスですか」

 透き通るような女性らしい声。しかし口調は淡々としていた。

「ええ。間違いなく、エリシエル=ランカスターと、ジエライト=スノークロスの、娘です」

 学長の応えに嫌な汗が復活する。両親のフルネームまで出てくるなど、一体何事だというのか。

 女性はサラの方へ向き直った。数秒、無言でサラを見つめる。真剣そうな顔でじっと見られて、少女は何だか顔がむずむずした。

「私は、トゥルフェニアの王室近衛兵団が一員、アイリス=アイルハウンド。養父に頼まれた。お前を国へ連れて行く」

 女性は見慣れない敬礼をとった。

 突拍子も何もなさすぎて、何を言われたのかが一瞬吹き飛んで、また戻ってくる。

 しかし頭のなかに科白せりふとしては戻ってきても、なぜそんなことを言われなければいけないのかが、少女には全くわからなかった。

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