第4話 晴れた日の木刀と雨の日の文庫本

 木刀が一本、乾いた音を立てて宙に舞い上がった。

 それが地に落ちてまた乾いた音をたてると同時に、サラは尻もちをつく。

「これが抑制環リストレインリング付きの十一歳っていうんだから、参るわ」

 サラの木刀を弾き飛ばした張本人が何故かうめき声をあげていた。

 相手は榊葉風也さかきばふうやといって、剣術を受け持つ教授だ。

 冬真っただ中にあって汗だく。どっちの相手もしたくないとばかりに、手の空いた学生たちはそそくさと相手を決めていく。

 打ち負けたサラにしてみれば先生の科白せりふなどお世辞にしか聞こえない。困ったように笑いながら、ふぅ、とため息をついた。

 一般的な卒業年齢まではあと四年ほど。もっともっと勉強して、父さんや母さんみたいに、たくさんの人の役に立てるようになるんだ。もし一緒に卒業できたら、アゼルとパーティーを組んで世界中を旅して回ろう。と、少女は気合を入れ直す。

 サラの志す道は、小さい頃から変わらなかった。それは両親と同じ、魔族狩りになること。

 両親は始め、危険な職業だと言って少女の選択には難色を示した。経験者は語るというやつだ。けれど、少女の決心は固かった。行商を兼ねて世界を渡り歩いていた両親は家にはほとんど帰らず、かといって娘をどこかに預けることはしなかった。魔物や魔族相手に、幼児を連れて平気で対峙する両親の腕はとんでもないものだった。その両親の活躍を見て憧れた部分がないとはいえないが、魔物や魔族の襲撃に蹂躙される人々を見て、強くいきどおりをいだいたからこその選択だった。

「ただしまぁ、まだ重さが足りない、か」

 教授がぽつりと呟いたのが耳に入る。サラは苦笑いした。

「まあ、仕方ないけどな。お前くらいのまだちっせぇ生徒たちの場合、成長期に筋肉つけすぎると骨が伸びるのを邪魔したりなんたり、あまり良いことばかりじゃない。だから、今は素早さとか技術とか勘とか、持久力とかを鍛える時期なんだ。そのへんに関してはお前、そこらの成人よりよっぽどいいもの持ってると思うぞ」

 こうして良いところは良いときちんと褒めるので、この教師も生徒たちからの人気が高い。

「は、はい……!」

 サラは素直に目を輝かせる。

「頑張れよ」

 教授もにっかりと笑った。


 数日後。

 せっかくの休日だというのに、空はご機嫌斜めだった。傘をさせば歩ける程度の、雨雲も疎らな弱い雨。止みそうでも一向に止まない。

 サラは寮の自室で読書をきめこんでいた。図書館のとある新着図書が、人気すぎて常に貸出状態だったのを、珍しく見つけることができたのである。

 廊下では時々人の移動する気配がする。中には足音を立てている者もいる。

 ひとつに集中していても周りの状況を把握するように訓練されているため、また誰か走っているのだろうかと、サラは時々無意識にそういった足音を認識する。

 密集した木の幹や枝の連なりから成る廊下は、その特性上凹凸が多い。それを小刻みな足音を立てて移動しているということは、その者は走っているのだろう。凹凸につまずいたり木肌に滑ったりしてこけようが、走る方が悪い。足音ごときで読書の集中が乱れるほど脆い精神ではないし、すぐに頭から消えていく。

 しかし、しばらく読み進めていると、ひときわ大きな足音が響いてきた。

 ダダダと擬音がたくさん並びそうなほど、妙にものすごい勢いをしている。

 サラはさすがに気になって顔を上げた。寮の棟を形成している木々がダメージを被るのではないかという心配さえ浮かぶ。建築技術者である緑の魔術師が青筋を立てそうな勢いだ。

(誰?)

 段々とその足音が近づいてくると誰の気配か読み取れた。本にしおりを挟んでゆるりと立ち上がり、それまで座っていたクッションを手に少々待ち構える。案の定その足音は、少女のいる部屋の前で止まり、同時にバァンと勢いよく扉が開け放たれた。

「さぁああああらぁあああ!」

「あんた木ぃ殺す気!?」

 二つの科白せりふは全く同時に発声され、クッションが空を切る。しかしそれはあっさりと打ち払われた。

「あちゃ、さすが」

 冷やかすように無表情で小さく拍手するサラ。

「……危ないじゃない」

 アゼルはそれに引きつった笑顔で応えた。

「ごめんごめん。でも、寮破壊しないで」

 サラが苦笑しながら訴えるが、アゼルはきょとんとした。

「ん?」

「足音ものすごかったよ」

「……えっ、そんなに酷く走ってないと思うんだけど……いいとして、あんたね? 『アガム=ノールの洞穴』借りたの、あんたね?」

 何だか拗ねたように彼女は言った。

 いいとして良いのかサラは疑問に思うが、実際に木々がダメージを被っているかどうかは分からないので、そんな思いはすぐに消えていく。

「……読みたかったの?」

「……入るって情報見たときから狙ってたの!」

「何で予約してないのさ」

 アゼルはなかなかの読書家だ。図書館の発する情報には常に目を通している程に。

「……めんどくさかったの!」

「……し、しなよぉ」

 本好きなのに予約を怠る。サラは思わず吹き出した。

「そしたらきっと、今ならわたしの次くらいに借りられるんじゃないかなぁ?」

 クッションを拾って手渡してくる律儀なアゼルに、苦笑しながらそう伝える。サラは予約していたわけではないのに手に取れているのだから。

「……予約、してくる……」

 アゼルは、足音や予約や思い至らなかったことにあわあわとしながら、今度は静かに自室を後にした。

(……おもしろいなぁ……)

 にやにやしながらサラはそんな親友を見送り、本当に次に予約できるように内心祈る。

 この本には、養成所を卒業したての冒険者パーティが、その一組だけで、有名だった難攻不落のダンジョンを攻略した旨がえがかれている。その件は世間で大きく取り上げられていた上に、実際にそのパーティメンバーである若者がしためたものだ。こうした冒険者たちのエッセイ的書籍は好んで読まれる、れっきとした金策でもあった。パーティ内に『語り手ストーリーテラー』過程や『吟遊詩人ディーヴ』過程を修了した者がいれば、金銭事情が段違いになったりする。

 ともあれこの文庫本、何に用心したとか、こういった場合はどうなることが考えられるためこうして避けた、等かなり淡々とした調子で事細かく書かれていて、これから冒険者を目指す身にしてみれば、教科書より教科書らしい教科書になりえそうなものだった。

 だからこその人気、だからこそのアゼルの行動(?)、なのだろう。

 アゼルが早く読めるようにペースを早め、しかしじっくりと、サラはまた読書にふけるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る