第52話 燃え落ちる
弟を失って、今度は『母』を討てとなり、心身ともにぼろぼろの彼女を、ラズは後ろに置いてきた。来るなと言わずともその場を彼女は動けないでいた。
だというのに──。
その目は本当に燃え盛っていた。内に秘めるのは覚悟。
今は目だけではない、赤い光を
───『彼女』は、誰だ?
アイリスはギリ、っと短槍の柄を右手に握りしめる。
そして助走をつけるように走りだし───彼女は左腕を振り子にして思い切り己が短槍を投げ放った。さながら燃えているかのように赤い光を
燃える。
短槍は『皇妃』の眉間を貫き、何の声を上げることもなく一瞬で炎に飲まれる。
ざわざわと生い茂っていた蔦も、燃えて朽ち果てる。
その事態に『皇帝』が初めて目を見張った。
そして目を見張ったのは『皇帝』だけではなく。
「アイリス……!」
ウィルが思わず後ろに飛び退ってアイリスに駆け寄る。
「お前……!」
掛ける言葉が見つからない。
燃えるような光に身を包み彼女は静かに泣いていた。
だがその表情は凛々しく、まっすぐに前を向いている。
(……こいつのほうが覚悟決まってたってことか)
ウィルはいたたまれなくなる。が、そんなに気を散らしている場合ではない。
アイリスはウィルを突き飛ばした。そこに『何か』が襲いかかってきて。
燃える光を一層強くしたアイリスが防御の姿勢を取り───そこに後ろから援護射撃が入る。
眷属用に長詠唱の呪文を唱えていたサラとシールの物だった。二人は呪文を途中で切り替えて終わらせ、『何か』──『皇帝』の腕から伸びた硬質の『何か』にぶつけてそれらを吹き飛ばしていた。
「よくも」
それまでと打って変わって怨嗟の声を上げる『皇帝』。
「こっちの
吹き飛ばなかった腕の一本がこちらに襲い掛かる。ウィルはどす黒い感情をこめてそれに斬りかかるが、びくともしない。とはいえ、押し負けてもいない。
『皇帝』の表情からは笑みが消えていた。
ウィルは更に押そうとするが、眷属のうち3人程が集まってくる。
チィッと、またウィルは舌打ちしして飛び退く。
そして事態に気付いた。
「アイリスさん、アイリスさん!」
サラの悲鳴のような呼びかけが聞こえる。
アイリスは自らの身にまとう炎で焼け落ちようとしていた。
ウィルは瞠目する。
「サラ! 水を!」
言われて少女はハッとした。焦るだけ焦って思い至っていないあたりまだ幼いのかもしれない。
詠唱無く空気中の水分を集めて彼女を包む、が、一瞬でそれは蒸発した。
「!!!」
サラはいよいよ焦ってしまう。自分にできることがない……!?
「ただ水を浴びせるだけじゃダメなら、召喚し続けることはできるか!?」
ウィルが鬼気迫る顔で聞いてくる。
そして再度サラははっとするのだった。
「青の王よ、その
今度は短く呪文を唱えて少女は水を召喚した。
それをアイリスの上に降らせ続ける。
「お姉ちゃん?!」
向こうからセリシアが飛んできた。
「セリ! お前はアイリの回復だ、頼む!」
この二人がいればアイリスは大丈夫だろうか。……いや。
「ラズ! おい、ラァアアズ!」
ウィルは他の眷属たちに矢を撃ち込んでいたラズベルトを呼んだ。
何事かと視線を声のする方へ飛ばして彼はぎょっとした。
アイリスの作ってくれた攻撃の糸口をなんとか繋ごうとしていたが、考えてみればアイリス本人がそれでどうなっているのか……。
「アイリ!」
セリシアと同じくラズは飛ぶようにアイリスたちの元にやってくる。
「ここはお前ら三人居ればどうにかなるだろう、というか、三人でどうにかしてくれ……!」
ウィルは
アイリスは覚悟していた。
だから、自分もそうしなければならない。
「一旦四人で前線離脱、落ち着いたらまた来い!」
反論を許さずウィルはそう言い放ってすぐに前線へ向かった。
「っつったって俺にどうしろと……」
ラズが困って言う。
「呼びかけでもしててよこの朴念仁」
「な」
セリシアに言われてラズはたじろいだ。
水をずっと浴びせかけられているアイリスが、その場に倒れこむ。
しかし尚炎は消えない。ラズは顔を歪める。
「アイリ……! お前、
倒れこんだアイリスの腕をラズは掴んだ。己の手が焼けるのもずぶ濡れになるのも構わずに。
彼女の上体を起こす。
「お前ら
一喝するように彼が怒鳴ると、アイリスはふと目を開けた。その赤い目から少しずつ炎の種が静まっていく。
「……ラ……ズ……」
途切れ途切れに名を口にすると、彼女はそのまま意識を失い、倒れる。
赤い炎がじわじわと弱まり消えると、アイリス自身の色も元に戻っていった。
「アイリに……一体何が起きてる……?」
ラズが冷や汗を拭う。多分だがもうアイリスは大丈夫なのだろう。
「分からないよ……」
セリシアが呆然とつぶやいた。
「……あ……。ラズさん、手、出して」
彼の手に目が行ったセリシアは顔をしかめた。
「……さんきゅ」
ラズは焼けただれた手のひらを苦笑いして差し出した。セリシアがそれを手で包むようにしてつぶやく。
「木漏れ日さん暖かく包んで助けて」
ふわりと金色の光がラズの手を包み込む。
「もう大丈夫だよ」
シリウスの死以来初めてセリは笑顔を見せた。だがそれはぎこちなく、今までのような底抜けの明るさがない。
そんなセリシアや、意識のないアイリスを見遣り、ラズは表情を暗くする。
(どいつもこいつも無茶ばっかりだ……これが対魔族戦だ仕方ない、とか、そういうのは……何か嫌なものだな)
だがそう悶々としている暇でもないのだろう。それこそ今は対魔族戦なのだから。
ラズは思いを振り切るように、魔族たちに鋭い視線を向けた。
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