第48話 イレギュラー

「お前は身だしなみを自分でこなすのか」

 その手際のよさに、ルーナはエリディアに問うた。

「ええ。仕事に赴くのに支度なんて小間使いに任せていられませんわ。それを自分でやっているうちに他も自分でやるようになりました。……自分の思うがままにできるというのも良いものですよ」

 シニョンで綺麗に整えた自らの髪を指しながら、エリディアは少しだけ楽しそうに言った。初めは次期皇帝を相手にしてガチガチに硬かった口調も、ルーナの人柄のおかげでかなり砕けたものに変わっている。

「ふむ。……私もある程度は自分でやりたいものだな」

 髪を結ってもらいながらルーナは言う。

「ルーナ様は人に任せても良いかと思いますよ」

 こんな状況のなか満面とはいかないが、ふふふ、とエリディアは笑った。ルーナは自ら身だしなみを整えるということに興味を示し始めたようだった。

「興味がある。それに自分の思うようにできたらと思うと」

 よほど周りに施される支度に不満でもあったのだろうか。

「だいたいが湯浴みで他人に身体を晒すというのがいけない。一人でゆっくり浸かりたいものだ」

「ああ、それは分かります」

 エリディアは真顔で頷いた。

「今度はお手入れのコツなどお話しながらご一緒にいかがでしょうか」

「うむ。頼む」

 まだ十代の少女には思えない横柄な口調をしているかと思うと、こういったことは年齢通りに気にかけているようで、エリディアはほほえましく思うのだった。しかし。

「……随分こけていたものが見栄えのするようになったな。素直に感心するぞ。鎧選びもセンスが良いな。私程度でも着こなせる軽い物でこれだけ格好のつくものもそうあるまいよ」

 そう言って不適に笑う少女は本当に年相応の様相ではなかった。

「顔が分かるようにと言うか……この瞳が見えるように、か。兜は使わないことにする。身の安全は任せたぞ」

「……承知致しました」

 一旦髪を結う手を止めて、エリディアは敬礼をとった。




 ぺたんと座り込んだセリシアの周りにサラは先ほどまでと同じように物理結界を張る。今度は用心して対魔法結界も施した。

 シールはもどかしそうにセリの方を見遣ったが、チッと苦々しげに舌打ちしてエントランスに降りていった。

 サラはセリの横で待機することにした。あの場は他の人たちで充分以上だと判断したためである。

 アイリスは動かない妹に少し視線を送った。表情では分からないが心配しているであろうことは明白だった。

 周りの状況を把握しながらも、サラはまた突然、重心を低くして剣を下から薙ぐように構えた。

 ガキィン

「やっぱり反応するのか。面白い子供だなぁ」

 上から振り下ろした硬質化した腕を、真逆からの力で相殺……どころか押してくる子供に、ビヅー卿は口笛を吹く。

 サラは無言でそれを睨み上げた。

「おお怖い怖い」

 ビヅー卿はそう言ってぽーんぽーんとステップし、エントランスに降りていく。

「怖いし君にはずっとそこにいてもらおうかな。丁度いいお荷物もいるみたいだしね」

 パチン、と彼が指を鳴らすと、大量の魔物が一気にサラの方へ方向転換した。

 一瞬顔が引きつる。ここにいるのはセリシアだけではない。後ろに下がってもらっている民衆もいるのだ。

「サラ!」

 シールが慌ててそちらに向かおうとするが───

「至速・打ち払い薙ぎ払い、消し去らん」

 利き腕である左手を返し、両手で思い切り後ろから前へと斜めに振り下ろす。

 その透明な軌跡は一見美しく──だが凶悪だった。

 太刀筋に沿って数十体の魔物が真っ二つに寸断されている。それらは耳障りなうめき声をあげ、やがて虹色の泡となって拡散する。

 シールは冷や汗をかいてそれを眺めたが、襲い来る魔物にすぐに反応を返した。

(なんだ、あの子供……)

 背筋がぴりぴりする。怖がっているのか? 人間を? しかもこんな子供が、怖い?

 ありえないことだった。

 自分には記憶が無い。けれど矜持……プライドだけは残っている。

 エルフは人間よりも強い。強いからこそ──。

「っつ……」

 また額にぴりぴりと痛みを感じる。これ以上は考えないほうが良さそうだった。

「……なんてガキだ」

 サラの所業に初めて魔族が面白くなさそうな顔をした。

「お前みたいなのは早く狩っておかないといけない」

 その言葉とともに大量の魔物と、ビヅー卿自身が飛んで行く。

 まずい。全員がそちらに視線を取られる。

 何が来ようと、斬ってみせる。

 サラは構えるが……。

 じわわ……

 それはサラの背後で段々と光を増していった。

「……まったく、しょうがないですね」

 かのじょ、は、ゆっくりと立ち上がった。

「これが本当に、最後ですからね」

 その瞳は、金色。髪が、銀色。

 今までとはまるで印象の違う少女の口調や雰囲気は──皆が良く知る者のものだった。

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