第49話 きょうだい
「シリウス……?!」
ラズベルトが目を丸くしてその名を呼ぶ。
それに対して彼女──彼?──は微笑み返し、視点を変えてサラに話しかけた。
「この結界、解いていただけませんかね」
一閃で魔物を葬りビヅー卿としのぎを削りながらサラは『彼』を見遣った。
銀色の髪、金色の瞳、何かの神か天使か──サラは戦慄する。
「あなたは……」
「いいから」
セリシアの声でそう言って『彼』は微笑む。
サラは気圧されるように結界を解いた。
カッ
何色ともつかぬ光が辺りにあふれ魔族を射抜く。眩しすぎて何も見えなくなった。
「……ぬぅぅうう……ううううぁああああ!」
堪えきれなくなったようなうめき声が聞こえる。
光が収まった後には魔物の群れなどどこにもいなくなっていて、ただ身もだえする魔族が一体踊り場にいるのみだった。
群集は呆然とする。
今日だけで一体誰がどれだけ呆然としただろう。
「紫の異質な月相手になら異質な太陽を。それなら、月と太陽の合作などいかがでしょう」
にっこりと、『彼』は笑う。
「どうやらとてもよく効くようですね」
そう言ってヘアバンドのような赤いリボンの隙間から、金の針を四本ずつ両手に取る。単なる髪飾りのように見えていたそれは取り出してみれば長く鋭利な武器なのだった。
「他人の得物なんて扱えるんでしょうかね?」
言いながらも彼は両手を胸の前でクロスするように構え、腰を落として重心を乗せると、それを開放するかのように一気に宙に放った。放たれた針はすべて、『彼』の放つ光をまとっている。
「ぎぃぎゃぁあぐああああああ」
全弾ヒット。魔族が気持ちの悪い声を上げる。
シリウスは妹の両手を見つめた。
「案外器用だったのですね」
スラリ、と今度は太ももの留め具から針を抜き取る。
「サラ、シール、援護を頼みます。何でもいい、ありったけの魔法攻撃を」
この場で魔族に敵うほど魔法力が強いのはおそらくこの二人だ。
状況を良く飲み込めないまま二人は従った。
「乱舞。
「雷よ、怒れるままに貫け!」
サラは思いつく全ての精霊に呼びかけ多色の球を雪崩のように叩き込み、シールは雷の槍を精神の限り連射した。
「煌きと燦めきの涼やかに柔らかに」
金色の針に銀色の光を纏わせシリウスはまたもや魔族を串刺しにする。
そして三人ともさらに詠唱を始める。
「縁ありて力と為す。青の王よ鉄槌を!」
「轟き荒れよ雷鳴!」
二人ともそれぞれ光球と雷槍を降らせながらの複合魔法で、次なる物は水の杭と雷の爆弾だった。
「照らせ、
シリウスは懐から更に針を取り出してまた投じる。
「うがぁぁあぁぁあああああ……」
魔族は三人からめちゃくちゃに撃たれ、身体が飛び跳ね続けていた。声がだんだんと弱々しくなっていく。
「皇妃の回復がないからか……?」
アイリスは三人の魔法構築力に恐ろしささえ覚えながらぽつりと言った。
あれだけ何も効かなかった卿がもうボロボロである。
「……シリウスの、せいじゃないか」
ラズがぽつりと答える。
「……シィの……?」
アイリスはぽかんとした顔をする。
「あいつ言ってただろ、異質な月には異質な太陽をって」
「……おいサラ、お前無理してないだろうな」
魔法を打ち続けながらシールがサラに聞いてくる。
「何の話ですか?」
心配される理由がわからずサラは困惑する。
「並の人間なら魔力疲労を起こしそうな魔法の乱用っぷりだ。治らないこともあるんだぞ」
それは座学で聞いて知っている。だが微塵も疲労だとか枯渇だとかは感じていなかった。
「ご忠告心に留めておきます、ありがとうございます。でもまだ、大丈夫」
言ってサラは魔族を睨み据えた。
「皆さん、サラの剣に攻撃魔法を詰め込んでください」
シリウスが突然訳の分からないことを言い出し、皆は首をかしげた。
武器に強化魔法や属性強化を付与することは普通あることだったが──攻撃魔法を詰め込む? どういうことだ?
「それは強化魔法以外にも強化ができる剣だということです」
一体どれだけ機能を盛り込んであるというのか。
皆は改めて
「皆さんが使える一番強いと思う攻撃魔法をお願いします。そいつの胃袋は底なしですから」
こういったやりとりを続けている後ろでサラやシールの方は未だ魔法を鬼のように振らせ続けていた。
エルフとはいったいどんな種族なのだろう……。そしてそれに引けをとらない様子のサラにも、一同みな、畏怖すら感じた。
「サラ、掲げて」
皆が的を絞り易くするためだろう、シリウスに促されるまま、サラは刀身を天へ掲げる。しかし、なんでそれができるとシリウスは分かるのだろうか。
状況に流されるように、魔法使いたちは口々に詠唱し、剣に向けて魔法を放つ。
透明な剣はシリウスが言った通り、魔力を溜めて虹色に光り始める。
「……ああ、そろそろ限界かもしれません」
シリウスが呟く。まだサラの剣は限界に達しそうもない……だから、限界というのは剣のことではなかった。
「このおばかが、拡散して魂の
サラは目を見張った。
命ある物の魂は自然界を
「身体まで消したのに諦めが悪い……まあ、『存在すること』に未練はありません。この一生、楽しかったですよ」
彼は、姉を見て言った。
楽しかったと、言った。
アイリスは……表情を変えなかった。
「何です? 僕が嘘を言っているとでも? それともやっぱりラズさんの前でしか表情を変えませんか?」
ニヤっとしてシリウスが言うと明らかにアイリスは動揺した。だがそれも一瞬で、アイリスはゆっくりと目を閉じた。
「……
伏目がちなままぽつりと言う。シリウスが姉をからかったのも全ては……あくまでなんでもないことなのだとアピールするため、それだけのためなのだ。
「だがそこのもっと輪をかけて
「聞きやしませんね、何か壊れてます」
「お前が死んだりするからだ」
「……言い訳もできませんね」
姉の容赦ない突っ込みに彼は笑った。
「もし、別の言い訳を言わせていただけるなら」
彼は笑顔を苦笑に変える。
「魔族は存在の気配が違います。だけどビヅー卿のそれは始めはほんとにただの人間でした。魔族は気配なんて隠さないという真理は……からだが元人間の彼らにとっては例外なのかもしれません」
「それを踏まえたとしても、人が魔族化するなんて誰も知らなかったんだ……誰もお前を責められない」
いたたまれないような顔をしてラズが言う。
「今姉さんに責められたばかりですけどね」
「一言多いんだよ」
ラズは真面目に叱った。
しかしシリウスは笑う。
「いやしかし本当に、凡ミスで死ぬなんて自分でも情けない限りです」
「凡ミスなのか……?」
自分が死んでしまったことを、あくまで茶化すようにするシリウスに、ラズは眉をひそめる。
「あの場は魔物と我々お互いの殺気で溢れていました。その中に紛れていたビヅー卿のものを魔物に対するものだと思い込んでいたんです」
そんな物の種類など読めというのが無体ではないのか。
「僕は月の加護を持つ者ですよ」
月が象徴する物は闇の中の光。そしてテレキネシス。納得がいかない顔をしていたラズだったが、思い当たって黙りこんだ。
「第十三巻四条にとって同属に近いですから、ずっと狙っていたのでしょう」
「その数値が何なのか知っているのか?」
アイリスが問う。
「彼ら魔族は……魔、つまり神秘的な力に導かれた士ということで、自分たちのことを魔導士と呼んでいるようです」
シリウスはゆっくりと言った。それはビヅー卿も言っていたような気がする。
「そしてその導く力というのが、魔王の残した痕跡。語らずして示す指標──たいがいが宝石のようですね。黙示録と言っていたのがそれです。そしてそれに触れると、触れた者次第で魔族化するようです。ただ──名無しですけどね。ネームドまでつくることができるのは魔王本体だけです」
ネームド。個体名があるような魔物や魔族は、それだけで群を抜いて強い。強いからこそ名がつくというのもあるが、名づけというのは強力な言霊でもある。
そう魔族に関する情報を話す『彼』の髪が、セリシアのもともとの黒に戻り始めていた。
「魔導士たちの黙示録、第十三巻四条は、新月を象徴とする存在たちです。太陽を必要としない月」
「シリウス、もういい、セリシアを止めろ、とめるんだ……!」
ラズが焦りの声を上げたが、その声をたしなめたのはほ、かならぬシリウス自身だった。
「もういいのは僕です。……セリのばかは
「……くそっ」
ラズはもう何も言う言葉を見つけられない。
「さて、ビヅー卿にぶち抜かれて伝わってきた情報はこのばかの頭に詰め込んどきましたから、あとはこいつのこと、頼みましたよ」
シリウスは、笑っていた。
「じゃあ、このあたりで、おしまいです。皆今までありがとう」
セリシアは、泣いていた。
シリウスの銀髪があとかたもなく消えて、セリシアの黒髪に、戻った。
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