月と月と月

第38話 悪夢

「待っていたぞ」

 群集は唖然としていた。座り込みも覚悟していた程だったのだが、魔物の群れをクリアしてみれば目標の人物はあっさり見つかった……と言うより待ち構えていた。違和感しかない高慢な表情を浮かべた皇帝・ガルフォート……。彼は、本当にこの国の皇帝その人なのだろうか?

 そして、後ろには、皇妃・近衛数名の、そろい踏み……。

「虐殺は楽しかったかぇ?」

 それまで知っていた皇妃像からは全くかけはなれた邪悪な笑みを浮かべて皇妃が言う。

 くすくすと彼らは笑った。

「何を笑っておいでなのですか……?」

 皆動揺して口を開けない中、群集のなかの誰かがぽつりと発した言葉が、妙にエントランスに響く。

「今までうぬらが殺してきたのは、この城に仕えていた者たちだ」

 どういう……ことなのだろう? 殺したというなら魔物くらいしかいないが……?

 全員が混乱していた。

 そして≪望月衆もちづきしゅう≫の面々には薄々思い当たるところがあった。

 ──奇妙な塊にされてしまった──軍人たち……。

 民衆には軍舎が魔族や魔物に襲われた話はしたが、なにがかは話していない。

 そして皇帝は市民側の制服の面々を見て目を細めて言う。

「『お前たち』が『放っておいた』、小間使いたちや我が居住区に入ろうとした者たち、そして教会の孤児たちを……私がどうしたと思う?」

 皇帝の言葉は市民たちにはわけがわからない。

 皇居に入ろうとした者たちは皆光に焼かれて消えたと、『近衛』たちが言っていた。

 そして、突然行方不明となっていた、王立孤児院の子供たち……。

『皆魔物に、変えてやったんだよ』

 その声は妙なハウリングを起こして響いた。

「あははははは、この瞳、面白いと思ってったけど、あなたたちみたいに『かからない』奴らもいるのねぇ」

 王妃がまったく雅ではない言葉を放つ。地方貴族からの嫁入りとはいえ、聞いたことが無いものだった。というか『とった』というのは……? 国王の紫の瞳はどちらも取れていない。

 混乱する群衆に、エントランス奥の集団は告げる。

「全部知りたかったらもっともっと城の奥に来ればいい。そこまで辿り着ければだけど」

 近衛のひとりがにやりと笑ってそう言った。

 彼らはそのまま煙のように掻き消える。

 何が変わってしまったのだろう。何が彼らを変えたのだろう。何故人を魔物に変えるなどということが出来るというのだろう。嘘かもしれない。

 ただひとつわかるのは……。

「入れ墨……?」

 そう、あそこにいた連中は王と王妃を含め皆どこかしらにおかしな模様の入れ墨をしていた。

 そんなものをしていることなど聞いたことが無い、見たことが無い。

「いったい、なんだってんだ……!」

 ウィルが頬を痙攣させている。

「グレン婆は何を黙っているんだ……!」

 シリウスが忌々しそうに、だが小さく吐き捨てる。

「本当に、あれは、ガルフォート様なのか……?」

 群集は途方にくれていた。

 膝をつくように崩れ落ちる者、頭を抱える者、壁によりかかるように座り込む者……。

「あの入れ墨はなんだ? やっぱり操られておられるのでは!」

 何かに憑かれたように誰かが叫ぶ。

「分からん!」

 ギャリカが大声で言った。

 その場がしんと静まる。

「分からんからこそ、全部知りたかったら来いと言われた通り行くしかないだろう」

 そう、ここでぐずぐず推測していても仕方が無い。

 群集はざわつく。

 罠じゃないか、奥っつったってどこだよ、といった内容がほとんどだった。

「……三つグループに分かれて奥に進むのはどうですか。エントランスが丁度三叉路ですし……≪ネットワーク≫で連絡を取り合いましょう……ルームは……セクション六の二二七が空いてるみたいなので、キーは……今日の日付にしましょう」

 ウィルが提案する。≪ネットワーク≫は何らかのギルド卒業証を持っていれば、それを介して誰でも使えるものだ。後半は念のため蚊の鳴くような声だった。

 ふむ、とうなずきギャリカは続ける。

「傭兵さん方、仮面の集団、近衛の連中、三者はそのうちで戦力が分散しないようにそれぞれ三つに別れてくれ。そのあとの組み合わせは適当にさっさと集まろう。……大臣方とみんなも三つに分かれてください」

 そして集団は三つに分かれることになった。

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