第37話 青いの

 それからは阿鼻叫喚だった。と言っても人間側に被害は無い。

 混乱して硬直したり座り込んだりする者たちは多数出たが、傭兵と≪望月衆≫、市民のうちでも警察など戦える者が彼らを守る。

 しかし城内からあふれ出てくる魔物たちの数が尋常ではなかった。

「なんだよこりゃぁ……!」

 今日何回こう言っただろうと思いながらウィルは言った。

 昨日までは絶対にいなかった……はずだ。少なくともエントランスと大広間、謁見の間あたりまでは。

「どこからこんな……!」

 そうこぼしたのはラズだった。

「王は……無事なのか……?」

 誰ともなくそんな声を漏らす。軍部のことを思えば嫌な予感がするものだ。ウィルは冷や汗をかいた。

 ふと、ぎゃあとかわあとかいう混乱の悲鳴がとだえ、ある方向に視線を向けて民衆がぽかんとしているのに気づいた。

 何だろうとそちらを見やると、ひときわ目立っている人物が居た。

 背丈は小さい、というか子供にしか見えない。

 肩くらいまでの青銀髪をなびかせるその小さな人物は、その身長以上に長い長剣を鮮やかに操っていた。

 一撃で確実に魔物が灰となり消えていく。

 言うまでも無く、サラだ。

 グレン婆の式神によってあっという間に新調された近衛の制服と《望月衆》の仮面。そして淡く輝く透明な刀身を持つ不思議な剣を操る、小さな子供。

 常人では動けない速度で剣を振り───もしかしたら一般人には見えすらしないのかもしれない───次々と魔物を屠っていく。

 長すぎて鞘から抜けないなら、最初から抜いて来ていればいいのだ。

 ただし自身に対してあれだけ長いものをあそこまでうまく扱えるのは不思議でさえある。しかも所持するようになってからそう日は経っていない。実のところそれを不思議に思っているのはサラ本人もである。この両親の造った剣はいったいなんなのか。いくら奇想天外なふたりとはいえ、ひとに害を及ぼすようなものはつくらないだろう。安心して使える理由はそのあたりだけだった。

 そしてウィルは、十一歳でそれだけの技量を持っていると思うと末恐ろしくなり、顔を引きつらせた。尋常ではない強化魔法を扱えるらしいとはいえ戦闘の勘や動きは鍛えられたものだろう。

「おい、『青いの』にばかりいい格好させていられないぞ!」

 ウィルがそう言うのでサラは苦笑した。恐らく『青いの』なんて言ったのは仕方なくだ。ウィルはその科白せりふを言いながら細身の片手剣を一閃していた。繊細そうな剣の見た目とは裏腹に、それだけで前方に群がっていた十数匹の魔物が真っ二つにされ、灰と虹色に消えていく。そして空いた左手で刀身をなぞりながら何事かつぶやいたかと思えば、その刀身は白銀色に淡く光り始めた。

「全部、片付けてやる!」

 士気を上げようと思いきり彼は叫んだ。いつも以上に気迫のある声を上げながら、次々に魔物を屠っていく。

 対して、制服と仮面の面々はほとんど喋らない。身元がばれるのを防ぐためでもあるし、喋らない方が謎めいた集団であるように演出できる。

 市民たちの前に堂々と姿を見せた者たちのうち、ウィル、ラズ、ヤト、アレン、リーザ、エリディアが私服で参加していた。

 ネズミのようなものが通常の十倍ほどの大きさになった魔物が、三匹ラズの目の前から迫る。

 対して彼は弓を構え、矢じりに魔法の炎をともして応酬する。つがえられた一本の矢だけでなく、周囲に十数本の炎の矢が生じていた。矢を放つと同時に魔法の矢も一斉に放たれる。全てが三匹を串刺しにし、あっという間に灰に変えた。

 その右後ろから飛び掛かるよくわからないケダモノをアイリスの短槍が串刺しにした。じたばたと暴れるそれに、片方の手指で宙に三角形をえがき中心をはじく。そこから生じた白い炎が魔物を灰に変えた。

「甘いぞ」

 小さく言うアイリスに、ラズは苦笑すると、彼女の後ろに向けて矢をつがえる。

 甘いのは私も同じか、とアイリスは微妙な笑いを浮かべたが、すぐに他の魔物の相手に向かう。

 横目に見ればエリディアが数匹の魔物に囲まれていたが、そのすべてが一気に薙ぎ斬られた。華奢な体にはとても不釣合いに見える大剣を難なく振り回している。体ごとくるりと半回転し、彼女は次々に魔物を切り刻んでいく。

 相変わらずものすごいお嬢様だと思いながら、アイリスは戦場と化した庭を駆けた。

 よくよく見れば私服のウィルたちと制服の自分たちの連携が不自然なほどとれているのだが、誰も気にしないことを祈った。特に戦闘慣れした傭兵たち。

 だがそんな余計な心配などしている暇は無い。城の中から出てくる物はもうないようだったが、それでもまだ大量の魔物が居る。

 アレンが鈍器と盾で大型の魔物の鋭い鉤爪を押さえ込み、傍からリーザがものすごい速さの二刀流で斬りかかっていく。速さを重視してか、剣は比較的短く細めのものだったが、魔法で強化してあるのでその威力は凶悪だった。一瞬で巨躯がグロテスクに切り刻まれる。ふと、こんな場所に十一の子供が居ることに疑念を抱くが、しかし子ども扱いするのももう失礼なのかもしれないとも思う。

 事実、あそこまで細切れではないとはいえ、自分で魔物の死体を量産しているのだ。要らぬ心配なのだろう。

 そうした戦闘担当者たちの活躍でなんとか魔物の群れを掃討すると、ギャリカがおびえた群衆に檄を飛ばし、ある程度集団は落ち着きをとりもどした。

「この先もこういうことがあるかもしれない。だがどうだ、犠牲者どころか怪我人ゼロで皆が守ってくれた」

 だめ押しでギャリカが言う。

「もっと周りを信用しろ。ちりぢりに逃げればその方が死にに行くような物だ。おとなしく守られるんだ」

 怯えたりひそひそと愚痴をこぼしていた民衆だったが、すぐに決意したような表情に変わりじっとギャリカを見つめた。

「……行くぞ」

 踵を返すギャリカに、民衆も続いて城の中に向かって行った。

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