第29話 ここで生きるということ
「おや、そなたか」
二、三時間ほどしてようやく館の中に入れてげっそりしていると、グレンの方から話しかけてきた。
「聞きたいことは分かっておるよ」
彼女は穏やかな笑みを浮かべていた。
「今この状況に戸惑っているのじゃな」
戸惑いと言うより、理不尽さというか、訳の分からなさを感じている。
「他の客には悪いが、ちと長話をしようかの」
ゆったりと彼女は言うと、パチリと指を鳴らした。
「イー、お客様に今日は終いと伝えてきてくれんかの」
「御意」
何も無いところから瞬間移動でもしてきたようにいきなりあらわれたメイド服の女性が、玄関の方へ歩いていった。
この≪満月堂≫に初めて訪れた際に現れた、あの女性だ。
「あやつは式神でな。人間ではないよ」
二度目とはいえいきなり人が現れたことに驚いた様子を見せているサラに、グレンはそう説明した。
式神というのは東方の魔法使いが使う呪符だと習ったような気がする。
「この国はのう、元は
世界史で聞いた話だった。
「病疫によって極東が滅びかけた時、この北大陸に移住した。その頃からわらわはここに居る。この地への移住を占ったのもわらわじゃ」
この先は世界史では習っていない事項になりそうだ。だがこの国の成り立ちを聞いて何になるのだろう。
「そして皇帝によって不死の呪いを受けた。未来永劫この国を守れと。もし皇帝が道を外れれば討てと。月の者は恐ろしいものでな、その呪いは強大じゃった。おかげで死ぬこともできず、亡霊のようにここに居る。長命ゆえに魔力が増幅され、千里眼まで得てしもうた。じゃが、見えても変えてはならないものがある。それは万物の生き死にを捻じ曲げること、未来を捻じ曲げること」
子供なりになんとなく分かる気がした。そんなことはきっと、人間の手でどうこうするものではない。
「じゃが、おぬしの両親の運命はふたつあったのだよ。できるだけ『あちら』にならないように配慮したつもりじゃったが……その結果が……これじゃ」
ふたつ? どういうことだろう。
「今おぬしに教えるわけにはいかない。じゃがいずれは知ることになるだろう。ジオとエリスの選んだ結末を」
グレンは目を伏せた。
「できることなら、とめたかった。わらわの……力不足じゃ」
「どうでしょうね。あの二人なら、誰がどう思おうと好き勝手にわざと
何と言うか、好き好んで危ない橋を渡りそうなタイプだった。
「それで、何なんです。そんな話をしていただいても、わたしはここに居る理由を見つけられません」
養父に従って、で充分のはずだ。だけどどこかで嫌がっている。
「ここに居れば、いずれジオとエリスが関わった事象を知ることになるだろう。そしておぬしに託されたものの正体も」
「託された……?」
何を?
「二人はそれを探していたのじゃよ」
「じゃあ、わたしのせいで危ないことに足突っ込んで、それで行方知れずなのですか」
「それこそ、誰がどう思おうと好き勝手にわざと突っ込んで行ったのじゃろう」
グレンは苦笑いした。
サラはため息をついた。
「母さんと父さんの失踪には理由があって、わたしがここに居なければいけない理由はそれを探すためですか」
「それに、力をつけるためじゃな」
力……このチート級の長剣のせいでもう力には困っていない気がするのだが。
「おぬしはまだ、幼い。この組織で揉まれて鍛え上げられて、そうすれば『理由』を伝えられるようになるさ」
今の自分では何もできないほどのことに、両親が首を突っ込んでいたということなのだろうか。
「それは、いつですか」
「さあのう」
そこは、答えられないのか。
「……老いさらばえて何もできなくなる前に、聞けることを願いますよ」
ははは、とグレンは笑った。
「あとは、これもあの二人はおぬしに言っていないのじゃろう? ジオとエリスはこの国で育って、一度巣立って、また戻ってきて、組織に入った。親の故郷みたいなものじゃ。少しは愛着を持ってあげておくれ」
思えば幼い頃はふらふら行商についていき、スハルザードに家があるとはいえ母はガイゼリア人で父は不明、どうせ元から根無し草である。
養成所に入ってスハルザードに落ち着いていたものの、愛着があるといえばあの樹木の校舎くらいだ。
親の故郷。ならばそのために働いてみるのも良いのかもしれない。
「……そうですね。第二の故郷とでも思って、生きてみますよ」
両親が育ったのも、自分が生まれたのもこの国だといきなり言われてみても、やはり長くスハルザード生まれだと思って疑いもしなかったことと、スハルザードの養成所で過ごした日々が大きすぎて、サラにとっての『故郷』はスハルザードとしか思えないのだった。
肩をすくめて『第二の故郷』と言うサラに、グレンは満足そうな笑みを送った。
「そういえばウィルとエリスとジオはこのシアンの養成所の同期なのじゃよ。色々と面白い話があるんじゃが、どうじゃ?」
それもサラにとってこの国に思い入れが生まれるための話なのかもしれない。
何にしろもうここで生きていくくらいしか思い浮かばないので、仕事に励む理由が見つかるなら結構なことだった。
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