第28話 ここに居るということ


 何でここにいるんだろうなぁ、とサラはずっと思っていた。最初こそ驚いて流されるままついてきたが、思えば理不尽なものだ。

 両親の消息不明、突然の卒業、有無を言わさずの裏組織入隊、良く知らない国の動乱の中に居る現在。

「そーいや、ゆっくり話できてねえよな」

 満月堂みつきどうで≪望月衆もちづきしゅう≫のうちいくつかの班が待機しているところ、ウィルがサラに話しかけてきた。

「第一、お前の両親がうちの所属だったってことは知ってるのか?」

「いいえ。何も聞いていません」

 首を横に振るサラにウィルはため息をついた。最近ため息が多い気がする。幸せってやつはため息で本当に逃げていくのだろうか?

「あいつら何かどこかでいい加減なんだよなぁ……一応、お前が生まれたのもこの国なんだぞ」

 初耳だった。絶句する。

「一応の家はスハルザードにありますから……てっきり生まれはスハルザードだとなんとなく思いこんでいましたよ。それに、お父さんもお母さんもただの普通な道具屋な冒険者だと思ってました」

 両親が自分に隠し事をしていたように思えて少し気に食わなくてむくれる。

「あぁ、しかし……いい加減というか……多分だがな……あの傍若無人どもなりに、お前にはここに来てほしくないと思ってたから、あえて言わなかったんだろうよ。人らしいところもあるじゃねぇか」

 言い方は酷いがフォローのつもりのようだった。

「今お前がここにいるのはその縁ってやつだ。ほんとは俺の養子にするだけですむと思ってたんだがな。ばば様がここに連れてくるように指示した。この組織に居る奴らはな、全員そうやってばば様に『視られて』選ばれる。何を基準にしてるのかは知らん。何かに特化している奴を選んでるような気もする」

 そうやって選ばれて、拒否権は与えられない。

 逃げれば抹殺されるだけ──ただし、逃げたものは見たことがないらしい。

 グレンはそういったことも見越して『視ている』のかもしれない。

 だが──。

「いくら秘密組織だからって、勝手に選んどいてそれは酷くないですか? 嫌って言われたらこの組織のこととか色々、記憶をいじって放り出せばいいじゃないですか」

「記憶の封印は術がとけりゃ思い出す。危ない芽は残しておくわけにはいかない」

 記憶、それは誰かが簡単にいじれるほど安いものではない。誤魔化したり封じたりはできても、消去することなどできないのだ。

 額の文様で記憶を封じられているシールも、術式さえとくことができたら取り戻せるだろう。ただし人間種族には手の届かない術である可能性が高い。

「めちゃくちゃです」

 サラは膨れた。ふと、かつて描いていた卒業後の自分像が浮かんでしまう。アゼルたちと一緒に、冒険者として──。

「まあ運命みたいなもんだと思って諦めろ。親でもグレンばばでも恨んでいいんじゃねえか?」

 ウィルは首をすくめた。

「こんなめんどくせえことになってる時期のよく知らん国に連れてこられるはめになったのも、おまえ自身のせいじゃないからな。……同情はするけどよ、俺にもどうしようもできねえんだよ」

 すまんな、と彼は言う。

 サラはむくれたままだった。

 青空に浮かぶ白い月。

 この国は月を信仰している、ある意味宗教国家なのだと言う。

 皇帝は月の精霊の化身であると。

 世にも珍しい、紫電の瞳を有する王。

 その月の精霊の加護は、一族に受け継がれるもののようで、これもまた珍しい。本当に神のものなのかもしれない。もし色持ちの定説である精霊によるものだったとしても、特異なものだろう。

 精霊の加護を受けた者たちは、魔法を扱うことができる。

 普通は遺伝ではなく、生命となった瞬間に決まることだった。

 精霊は属性によって特有の色をを持ち、その加護を受けた者の体に何かしらの影響を与える。

 その色をもつ部位が多ければ多いほど強大な魔力を有することができるのだと言う。

 一般に髪の長いほうが魔力が宿り易いと言われているのもそのためだ。実際には短く切ろうが変わらないというのが世の結論なのだが、迷信は願掛けなどの形で残っている。

 また、基本的に精霊というものはお互いに仲が良いらしく、自分の持つ色と属性的に正反対に当たる魔法でも扱うことが出来る。ただし相性というものだけはあって向き不向きは個人差ででてくるようだ。

 トゥルフェニア皇帝の持つ魔法には、そういった通説が当てはまるのかは疑問の余地がある。その一族が持つ魔法は攻撃や創作のような結果が目に見えてわかるようなものではなく、『カリスマ性』のようなもの。自然に人を惹きつけるものだった。

 そしてその力は己の力量にも影響を及ぼす。王という名を纏うにふさわしいものを成す。

 代々それはうまく働いてきた。

 だが、何かで狂ってしまったのだろうか?

 現状何が起こっているのか、動き出した今でも≪望月衆もちづきしゅう≫にさえ分からないのだった。

 呆っとサラは真昼の月を見ていた。このところ昼に見えることが多い気がする。

 月というのは太陽の照り返しで輝いて見えるものだ。

 公転周期の関係で昼に空に在ることもある。けれどどうして見えるのだろう、朔月の時は光を失って見えなくなるほどのものなのだ。太陽と比較的同じような方向にある時期のはずで、地上からは照らされている部分があまり見えないような位置にあるのではないのだろうか?

 そして夜に輝いていてこその風流である。真昼には光っているような雰囲気ではなく亡霊のようにぼんやりと存在していて、他には星々の見えない中、余計なものに思われて、やはり場違いな気がするのだった。

 ───場違い。それは、自分と同じ気がした。

 両親の謎の意図からこの国へ来て、グレンに偶然選ばれた。素直に従っても良いものなのだろうが、自分はトゥルフェニアという国なんてよく知らないのである。

 それが突然国のために必死になって動く組織に身をおくことになった。

 両親が少しでも、トゥルフェニアのこの組織にいたのだと言うような話をしていてくれたら、感覚はまた違ったのかもしれない。

 そうは言っても、何のかかわりもない人間──それは家族であっても──に、口外するべきではない組織であることは、サラにもわかっていた。

「ばば様にでも一度話しかけてみたらいいかもしれないな。納得行かないまま動いても満足に動けないだろ。こっちとしても足手まといはいらないんだ」

 足手まとい。いきなり組織に入れられてその言われように理不尽なものを感じはするが、分かる。国を思わず、適当に動くような者なら、仕事ぶりにも期待できない。

 何か納得できる理由が見つかるなら、その方がいいだろう。

「一階に、いらっしゃるのですか?」

「ああ。普段通り占い稼業中だ。結構な人気だから時間はかかるだろうが、客のふりして並んで待てばいいだろうさ」

「そ、そうですか」

 結構待つというのに嫌な予感を感じつつもサラは、念のための回り道を教えてもらって、館の正面から連なっている長い列に加わった。

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