第27話 疑問の猶予

「……そうか」

 アイルハウンド姉弟を始め六班からの報告にウィルは苦い顔をした。

 あれ以来ヴァッツァー氏に会うことができていないため、軍部にまで洗脳が届いてしまっているかどうか探りあぐねているらしい。

「軍部の方にも早々に隊員を潜り込ませておくべきだったのかもしれないな」

 彼ら≪望月衆もちづきしゅう≫の面々が普段近衛兵として動いているのは、王宮内部から全てを隅々まで監視するためだった。

 軍内部からメンバーがいなくなって十年、不自然な入隊にならないように入り込むことが、まだできていなかった。それは彼らの落ち度というわけではなく、軍の体制が強固に整っていることの証明である。

「我々はまだ近衛兵団に入っているわけではないですし、養成所の卒業後は軍の試験を受けるのも良いかもしれませんね。……これから先のために」

 来年に養成所卒業を控えたロノが言う。

「そうだな……。ただ、過去にも潜らせていたことがあるんだが──軍属は死にやすい。配属されても無理は、するなよ」

 近衛兵団が王宮を守り、警備隊が国民の生活を守っているのに対し、軍は国自体を守っている。戦争がほとんど無い今、その相手は人外であることが多い。

 魔物だけではない。強大な力を持つ魔族に出会うこともある。

 魔族相手に生き残ることのできる人間種族がどれだけいるだろう。

 十年ほど前の魔物大反乱の時を思う。

 国内外多数の地域が一夜にして蹂躙された日のことを。

 民間人だけではなく、軍人が──どれだけ命を落としたことだろう。あの時に≪望月衆もちづきしゅう≫から軍部に潜っていた数人は全ていなくなってしまった。

「国のために生きることになってから、とうに命を捧げています。……ウィルさんは身内に甘すぎですよ」

 ロノは真顔で言う。

「……お前らは兵士である前に俺の養子なんだよばかやろう」

 国の安全を支える組織の長としては本当に彼は甘すぎるのだろう。

「お前らがあっちに行くんなら近衛メンツからもどうにか異動等を装って、衆で固まって動けるようにしといてやる。少しは生存確率も上がるだろうさ」

 ロノはため息をついた。

「過保護ですよねぇ。まったく、本当に甘ちゃんですよ」

 肩をすくめて言うロノだったが、今度はウィルに真顔で返される。

「身内かわいさもあるがな、うちみたいな裏組織がそうそう入れ替わり立ち代りなんてしていいもんじゃねえ。今いる隊員をできる限り守るのも、俺の役目だ」

「あぁ、そういう訳ですか……まぁ、ここに配属されるような人間なんてそうそう見つかりませんよね」

 彼ら≪望月衆もちづきしゅう≫は、グレンに見出された者や、≪望月衆もちづきしゅう≫の情報を少しでも掴んでしまったような者のなかで抹殺が難しかった者、等で成り立っている。そして、ロノやセリシアのように養成所を卒業していなくても目を付けられる場合も多い。そういった未成年たちは、現在ウィルが書類上引き取っているというわけだ。

「この前一気に二人も増えたけどねっ」

 セリが言う。

「変なタイミングだよったく。猫の手も借りたいような時期に都合よく、だからなぁ」

 ウィルはなんでもないことのように言いながら伸びをした。その心の内は多少複雑だ。

「しかしどうしたもんかね。一度何か理由でもつけて軍本部訪問してみっかな……」

「六班の方ではこれ以上はお手上げな気がしますからね。そうして頂いた方がいいし、確実な気がしますよ」

 ロノが頷きながら言う。

「理由付けどうすっかな……いや、うーん。投げ文でもして様子見るか。ちょっと今は蜂起市民たちとの話し合いを優先する。あと本気で陛下を討つかどうか、も決めないとな」

「まだそんなこと仰ってるんですか」

 シリウスが眼鏡の縁を持ち上げた。

「陛下のお心変わりの理由をどうにかして探ろうとしてるんだが……何か事件が起こったわけでもねえし……お手上げなところ先に市民が蜂起しちまったからな……このあたりが潮時なんだろうが、市民にどう信用してもらうかだ……」

 ウィルはため息をつく。

 大臣達の登場で市民達も概ね皇帝がおかしくなったことを信用し始めてはいるが、廃そうとまで踏み切れる状態にはまだなっていない。この数日、市民が何も知らぬうちに王宮に進軍して無駄死にするのを抑えるだけで手一杯だった。

 反乱軍として蜂起している集団は、ギャリカたちがいるものひとつだけだということは調査済みだったので、個人で声を挙げようとした者や、まだ"近衛隊を名乗る者たち"を信用していない者たちなのだろう。

「市民方の一部に近衛の格好をさせて王宮に潜入してもらうと言うのは?」

「んー、考えなくも無かったんだがよ、危ねえ橋すぎる」

 シリウスの言葉にウィルは眉間に皺を寄せて答えた。

「近衛兵団自体が軍のように大規模な組織じゃないからな。見知らん顔が制服着ててもばれる可能性の方が高い」

「この際≪望月衆われわれ≫の秘密を解いてはいかがでしょうかね」

 シリウスは提案する。

「隠しているメリットはそうありませんよね?」

「善良な市民に取っちゃ伝説でいいんだよ……あとは、今回皆顔さらしてるからな。敢えて素顔で出て行くことで俺たちもいち市民なんだって示すべきだと判断した。……≪望月衆もちづきしゅう≫の個人が特定されたら面倒だってことは話したよな?」

「正体不明の護り手である方が怖さが誇張される点。個人が割れたら命を狙われる危険がうなぎ上りな点。周囲から警戒されて内部情報を集められなくなる点」

 シリウスはさらりと答えた。

「そういうこった」

「しかし二点目には納得がいきませんね。何に狙われようと返り討ちにするような腕がないとここには居ないはずです」

「まー、命狙われる暇あったら命狙っとけってとこだ」

 標的になるよりも標的を探せ。あとな、とウィルは少し冷徹な目をして言った。

「≪望月衆じぶん≫に疑問を持つな。そんな猶予は俺たちには無い」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る