第23話 継ぎ接ぎの結集

「お前、今何て言った? 上? 洗脳? どういうことだ」

 そう問うのは、やはり中心にいた彼だった。ありがたい、と水を得た魚のようにヤトは一気にまくしたてる。

「……はい……! カイの言った通り、俺は近衛兵士です。でも、近衛の中にもまだ正気な奴はいるんです。そういうのばかり集まって、大人しく従っているフリをしながら、上のことを探っていたんです」

 正気でいられているのは《望月衆もちづきしゅう》だけのようだったので、もともと一つの集団だが、そこはまぁ、公表するわけには行かない。

「……信用はならねぇが……聞くだけきいてやろうじゃねぇか。何かおかしなことをしやがったら、その時は叩っ殺すまでだ」

 隅の方で岩壁にもたれながら様子をじっと見ていた男が、冷たい声でそう言った。

 皆それに賛同したようで、ヤトの方を冷眼で見つめながらも、口を噤む。

(──俺なんかの言葉で、信じてもらえるだろうか)

 彼は事態が事態だけに自信を持てず、途切れ途切れに話し出す。

「あの……実は……本当は……っ、もう、単刀直入に言ってしまいます! 本当に、おかしくなってしまったのは……! ガルフォート様ご自身なんです!」

 あとの方はもう絶叫だった。それは彼にとっても信じがたい真実なのだから。

 その場の全員が凍りついた。

「……そんなこと、信じられるものか!」

 反発の声に、彼は思わず丁寧語も忘れかけながら喚いた。

「嘘じゃない!! 俺たちだって、その可能性を否定するためだけに家にも戻らずこの三か月間裏でひっそりやってきたんです! 近衛はおろか、軍までどんどん様子がおかしくなっていきました。……原因は分からないけれど、色々な命令を下したり国家間のことをあんなにしてしまったりしたのは、陛下ご自身なんです! 外にはお出でにならないけれど、中で、何人もが、その場面を見てるんです! だから状況的に、おかしくなった奴らは陛下の月のお力に洗脳されてるとしか答えが出なくて……街で噂になってるように、近衛に占拠されたとか何か他国の勢力に陛下が監禁されてるんだとか……そういったことは、全部……気休めでしかなかった……」

 しまいには、ヤトは肩を落としてうなだれた。

 声に出して言っただけで絶望が押し寄せてくる。本当に、何故こんなことになってしまったのだろう……。

 そんな彼の様子に、一同戸惑いながら目を見合わせる。

「演技には、見えんな……」

「でも証拠なんてどこにもないぞ……」

「協力してると見せかけて、皆殺しにする気かもしれねぇ……」

 ぼそぼそと、小さく言い合う集団。しかし、黙していた数人のうちの一人──壁にもたれていた彼だ──が声を上げた。

「王家一族が誰一人城から帰らないのは──一体何故だ?」

「……陛下に洗脳された近衛兵士が、皇帝の命令で、全員──殺害しました」

「───……ッな……っ!」

「お前らとまれ!」

 息を呑む者と、いよいよ憤怒ふんぬあらわにする者と。しかし後者を静止したのはまたもや中心人物と目される彼だった。

「今思えば……あれが、全ての始まりだったんです。その場にいて正気だった者が止めようとしたそうですが──ほとんどが殺されました。腕の立つ者でも、あまりのことに驚いて、ただただ怪我人を連れてその場から逃げるしか出来なかったんです──そして、逃げてきた全員の証言が、陛下がやれと言った、でした……」

「……そいつらが洗脳されて嘘言ってんじゃねえのかよ」

 そう簡単に信用は勝ち取れない。それは当たり前で。

 ヤトは懸命に言葉を紡ぐ。

「……それは、ないと思います。変わってしまった陛下を見たのは、彼らだけじゃない……中には取り乱して数日寝込んだ人だって居ます。その目で見ても未だに信じられないって……俺だって本当は、今でも半信半疑なんです。……でも、自分のこの目で見てしまったんです。お人が変わったように邪悪な笑みを浮かべる陛下と……人形のように何の感情も見せなくなってしまった王妃様を……そして陛下は、近衛のある部隊に、元大臣の方々の暗殺を命じられました……」

「……何だって!! じゃぁやっぱり大臣一家暗殺はお前らが!!」

 いきり立つ集団を、やはりなだめるのは彼だった。

「……命令を受けたのは、まだ正気を保っている部隊でした。だから、考えに考えて……暗殺を実行したフリをして、郊外に保護させていただくことにしたんです」

「……本当か?」

 中心人物がヤトに静かに訊いた。

「えぇ。新聞にもあった血だらけの部屋は全部血糊です」

 成分等解析すれば、人の血どころか、そもそも血ではありえないというのがあっさり判明してしまうものだったが、≪望月衆もちづきしゅう≫の引退者や協力者は、劇団以外にも新聞社や警察、どこもかしこにも必ず存在するのだ。国王軍だけは、入り込んでいた者が十年前の魔物襲撃事件の時に命を落としてしまったので、人員を割けていない。

「……あなた方が、もし本当に決起するなら、我々や、大臣方に協力して頂けないでしょうか……? 我々で解決法を練っていたのですが、もう陛下を倒すしか……そう思っていた時に、あなた方が現れたんです。だから、俺が後を追えと言われたんです。どうにかしてコンタクトを取りたかった。でもこんな風に捕まってしまって……不審なだけですよね……みんなにも申し訳ない……」

 自嘲の笑みを浮かべる彼に、集団は再び戸惑った。

 信じてよいものか、否か──。

「……信じられるとするなら、一点だけ根拠があるな。洗脳ってのは、この国の皇帝が代々授かってるっていう月の力があれば……できねぇことじゃねぇ」

 彼もそう言うのが苦痛のようであった。

「でも、信じられないよギャリカさん! あんなに、あんなに穏やかな陛下が……!」

「俺たちの目的は、陛下を倒すことじゃねぇ! お救いすることだろう!?」

「……まぁ、言ってみれば現場の声だぞ。こいつらも、認めるのに随分苦しがったようじゃねぇか。それに──こいつの目には曇りがねぇ」

 集団は納得がいかない様子で中心人物──ギャリカを見つめていた。

「だが──陛下を倒してどうする? その後はお前らや大臣がこの国を統治するのか? そういった先のことは、きちんと考えているんだろうな?」

 ヤトのことを信用しようと言っておきながら、彼はまだ冷たい視線を向けながらそう訊いてきた。

「俺たちの考えは……皇族のただ一人の生き残り、ルーナ様を城の中からお救いし、新たな女帝となって頂くことです」

 きっぱりと言い切ったヤトに、その場はざわついた。

「……い、生きておられるのか? お前、さっき皇族はみんな殺されたと……」

「あの日……陛下が突然会食を催されて……その場に皇族の皆様が勢揃いなさっていたのですが……。その数日前からルーナ様はお風邪をこじらせていらっしゃって、出席なさらなかったんです。それに気付いた陛下は次の日に使いを出し──無理やり城に召され、そのまま魔封じの塔に監禁なさったそうです」

「魔封じの塔……! 何故そんなものに……」

 誰もが城の内部に詳しいわけではない。ただ、そういう名の牢があるらしきことは殆どの国民が知っていた。何故ならこの国に古くからある童話の数々に出てくるからである。悪い魔法使いを封印した塔として……。

「ランシールド家は陛下の弟君ために作られた家。そのご息女のルーナ様はもちろん皇族の中でも国王に近い血筋の御方です……事実ルーナ様の瞳は深い紫色です。ルーナ様の月のお力はかなり突出なされてるとか。……だから、殺せなかったんだと思います」

「それで魔封じの塔、か……」

 誰かがふむ、と頷きながら呟いた。

「早くお救いしたいのですが、契機が見つからなかった……。実は、お恥ずかしい話ですが、こんなことを言いながらもどこかで陛下の変貌を信じられずに、皆立ち上がることができずにいたのです……」

「何だよ、単なる腰抜けかよ」

 一人が馬鹿にするように吐き捨てた。

「……ハハハ……そんなこと直球で言わないで下さいよ……それにそれだけじゃないんです。我々だけでは数が少なすぎて……しかも、今は陛下が変貌してしまったことを国民の皆さんが知らないままです。この状態で倒しても、単なるクーデターにしか見えないでしょう? こんな信じられないことなんか、どうやって皆さんに打ち明ければ、などと思っていた所で……正直、皆さんがこうして立ち上がって下さったのがとてもありがたいです」

 ヤトは自嘲の笑みを浮かべながら言った。

「お前らのために決起したんじゃねぇっての。……しかし、気に入らないな。話を聞いていれば、ほかに誰かリーダーがいるみたいだが? なんでそいつ自身がこの場に来ないんだよ」

 ほっとしたところで一人が突っかかって来る。

「俺がたった今ここを見つけたところだからです。≪ネットワーク≫で連絡はついています」

「ヤト!!」

 きちんと弁解しようとしたところで、岩窟の中に高く涼やかな声が響いた。

 集団が再びその場の空気を張り詰めさせる。

 だが、岩陰から姿を現したのは何とも線の細い美女だった。続いてか弱そうな男と、それより少しは健康そうな男が集団の方へ走り寄ってくる。

「みんな!」

 ヤトがほっとしたように彼らの方を見ると、数人が彼と三人の間に立ちはだかった。

「お前らみんな近衛の奴らか! 俺はまだお前らを信用したわけじゃねぇ!」

「俺もだ!」

 険しい顔をして身構える人々に、エリディアは叫んだ。

「お待ちになって下さいませ! 皆さん! 私たちは本当に、あなた方に危害を加えようなって思ってはいませんわ。それに、今日の行進で軍が動き出したようですの! 我々も見つからないために私服で来ましたし、つけられるようなことはしていませんから、ここが見つかることはないと思いますわ」

 続けてか弱そうな男──リーザが叫んだ。その声は意外に太く、よく通る。

「とにかく落ち着いて下さい! まだ正気の近衛兵士全員と、大臣方のうち五人の方々が今こちらに向かってます。僕らも……あなた方だって戦力と数を欲しがってるはずです、だから、一度、お互いに協力するかどうか、話をしてみて頂けませんか!?」

「何だって、大臣方が……!」

「……ちょっと待て、お嬢さん……もしかしてミュカレ公の………」

 ざわつく群集の中、一人がふと気付いてエリディアに問いかけた。

「……えぇ。私は……軍事大臣、ユーリィ=ミュカレの娘ですわ」

 お辞儀をしながら言う彼女に、一同は目を丸くした。ミュカレ公は──一番初めに暗殺の標的となった人物だ。そしてその三女が養成学校の卒業後、親の反対を押し切って近衛兵団に入団したということは、帝国内では少し有名な武勇伝であった。

 しばし見つめ合う群集と、四人。近衛兵士であるという四人はただ、真摯な目をしている。そのうち──根負けしたのは群集だった。

「国属戦力の中でもきっての実力を持つ連中が、倒すよりほかはないと判断したんだ──いいさ、協力してやろうじゃねぇかよ。……その代わり……もし嘘だったり、何か間違っていたりしたら、ただじゃ置かないからな」

「………ありがとうございます……!」

 四人は一様に頭を下げた。一同はまた、戸惑いの色を見せた。

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