第18話 希少種族と都市伝説

 ガシィッ

「──ッ! ──ッ!?」

 離せ、とそう言って足掻こうとすればするほど、彼らは拘束の手を固くする。離せっ! 俺の言っていることが分からないのか!?

「……何を吠えている」

 一人偉そうに青年を見下ろすその男は、冷たくそう呟いた。

 彼はその男たちの話す言葉を理解できた。けれど彼らは青年の言葉が分からないようだった。

「その、尖った両耳……金の髪と金の瞳……貴様、人妖か」

「──ッ! ──!!」

 な……っ! 俺が何なのかなんざ覚えてねぇけど、俺は奴らが嫌いだってことは確かだ!!

 そして彼の髪と瞳は金ではない──太陽を表す金、ではない。

「見苦しく叫ぶことよ。貴様ら、こ奴早々に斬り捨てよ。この相貌、魔族に相違ない」

 男は何の悪気もなくそう言い捨て、すぐさま踵を返した。──しかし。

「お待ち下さい」

 その場に似合わぬまだ幼い少年の声に、いぶかしみながらも視線を向ける。

「その制服は……だがそんなに幼い者はいないは……ず」

 そこまで言って男は、ふと思い当たる。

「そうか。覆面と、満月の印章……≪望月衆もちづきしゅう≫、か」

 そこにいつの間にかたたずんでいた少年少女は、その正体を言い当てられて内心驚く。

「隊長? 今、何と……? もち……?」

 怪訝けげんそうに男の部下たちが聞いたが、男は「忘れろ」と切り捨てた。

「何の用だ? 貴様らも洗脳されているということはとうに気づいておったわ。一連の元重臣暗殺は、貴様らの仕業であろう? その貴様らが、今度は何をたくらむ? この魔族を保護するか?」

「貴方は何か勘違いをしておられる。我々は"洗脳者"から帝国を守護することを望んでいる」

 少女の方が淡々と言ってくる。

「痴れ言を」

「貴方が洗脳されていないという保証はない。だから真相は伝えられない。ただ、その者の素性は教えよう。それは、エルフだ。魔族などではない」

 それ? 軍に抑えつけられた青年は、物のような代名詞を使われて怒りをいだく。

「信用できるものか。それは貴様らが今言ったことと理由を同じくする」

 エルフと言われて一瞬驚いたものの、"隊長"は態度を崩さなかった。

「仕方がありませんね……」

 言うと少年は、目を閉じて何事か呟き始める。

 軍隊の男たちは攻撃魔法の詠唱だと判断し、各々防御姿勢を取った。少年の術は瞬時に完成する。

「──偽りを照射せよ」

 それは呟きでしかなかったが、妙にはっきりと聞こえた。

 カッ!

 少年が言葉とともに前方に腕を突き出したとき、その先から銀色の光が迸った。

「──何だ……っ!?」

 それは攻撃魔法などではなかった。防御姿勢など通り抜けて、体の中を爽やかな光が通り抜けただけ。

「……? ……?」

 何ともなさ過ぎて、逆に不安を覚え彼らは己の体をあちこち確認している。

「なるほど。あなた方のような人たちも残っているのですね」

 少年は猜疑心を捨てた様子でそう言った。男たちはますます首をかしげて二人の少年少女を見つめる。

「失礼いたしました。あなた方は洗脳されていないようですね」

 少年はそう言ってゆっくりと頭を下げる。少女もそれにならった。

「今のは一体……?」

「何かの術にかかっていれば、一時的にショックを受けて倒れます」

「ほう……」

 軍の男たちの方も警戒を解いた様子を見せ始めた。

「我々は確かに"洗脳者"から暗殺を請け負いました。しかし命令には従わなかった」

 真相は話せないと言っていた少女がそう言い始めたので、その場の雰囲気は完全に落ち着いた。

「……どういうことだ?」

 "隊長"は一人冷静な面持ちで二人にそう訊いてくる。

「暗殺遂行と見せかけて、田舎に保護しています。部屋の血痕はすべて劇団から拝借した単なる血糊です」

「……有能な小道具がいるものだな」

 "隊長"は皮肉で言ったつもりだったらしいが、二人は胸を張り頷く。

「ではきみたちは……"洗脳者"が誰かということを知っているのだな? 皇帝夫妻はご健在であらせられるのか?」

「それはまだ我々にも分かっていません。だからこそ命令に従っているふりをしています」

「……正体も分からない者の命令を聞いているのか」

「それは貴方方も同じはずです。"洗脳者"を探るためでしょう?」

「……うむ……」

 "隊長"は苦虫を噛み潰したような顔をした。これ以上の情報を引き出すことはできないと判断したようである。

「今は、どうかそのエルフをこちらへお渡し下さい。我々には彼が必要だ。貴方方には──いえ、この国の人々に悪いようには絶対にしない。最善を尽くすことをこの胸にかけて誓います」

「……分かった」

 普通ならわが主君、皇帝ガルフォード様の名にかけて、とでも言うところであったろうが、シリウスはそう言えない。少しの違和感を感じながらも、"隊長"はあえて詮索しない。

「隊長……」

 少しの間唸りながらも了承した自分たちのリーダーに、彼らは意外そうな反応を見せた。

「……ただし」

「何です?」

「もし民衆に危害が及んだ場合は……≪望月衆もちづきしゅう≫など、潰してみせようぞ」

 恐ろしい気迫を感じてか、彼の部下たちのほうが目をむいていた。

「……肝に銘じておきましょう。どの道、失敗すれば我々に命はありません」

 少年──シリウスは淡々とそう述べた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る