目 醒 め る    




 安らかな静謐せいひつ

 それを打ち砕いたのは、まな裏を灼く一条の鋭い光。

 最初の記憶はその光による赤い色と眼球の痛みだった。右目のあたりに熱を感じ、対照的に、左頬には潤った土の冷たさがある。

 彼は覚醒していくのに伴って、無意識にゆっくりと目を開けようとした。しかし眩しくて、容易には開けない。仕方が無いので目を開くのは後回しにして、腕に力を込め、上体を持ち上げる。

 最初に目にしたのは、瑞々しい緑をまとった豊かな大地。次に、生っ白い自らの両手と、サラサラとまといつく金色の長い髪。さらに次に、妙に曲がりくねって絡み合った木製の杖。そう、これらは自分自身のものだ。そのことだけは明白だ。けれど、それだけだ。それ以外には、何も、ない。

 心なしか額が疼いた気がしたが、それは本当に一瞬のことで、それを感じたのかどうかさえ、すぐに分からなくなる。

 彼の周りには細い光の筋が幾本も落ちていた。自分を照らしていた光だ。こんなにも細いものだったのだ、あんなにも眩しくて、熱かった光は……。

 森の緑のそこここに突き刺さる、鋭利な光の針。薄暗い早朝に生まれる、光と影のコントラスト。緑鮮やかに、雫きらめいて……どこもかしこも貫かれながら、その針を糧に、大地は光り輝いている……。

 目の前の光景から、そんな嗜虐しぎゃく的ともいえる印象を受ける自分が理解できずに、彼は少し戸惑った。

 しかしそうしていつまでも、ただ呆っとしている気にはならなかった。彼はゆっくりと歩き始めた。光射す森を、あてもなく。

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