第17話 遠いはずの帝国

「疲れたか」

 転送機巧ゲートで瞬時に西の大陸から北の大陸に移動し、しばらく馬を歩かせ、検問を超えて首都に入ったころに、アイリスがそう聞いてくる。

「いいえ。学校に入る前は、両親と一緒に世界を飛び回っていましたので、大丈夫ですよ」

 サラは少し縮こまりながら言った。両親は売り物も運ぶために馬車を使っていたので、馬に乗せられて移動するのは初めてだったりする。

「館にはもうそろそろ着く。そこでうちの養父どのが待っている」

「……養、父」

 思わず言葉が口に出た。アイリスはウィルのことをずっとそう呼んでいる。彼女には両親がいないのだろうか?

「私は孤児だ。それを養父どのが拾ってくれている」

 アイリスはサラの疑問を察したのか、あっさりとした様子でそう言った。サラはなんだか気まずくなる。アイリスは感情をあまり外に出さないので、何を思っているか読み取れない。だから落ち込ませたのか、それほど気にしてはいないのか、まったく分からない。少女の心中をまた察してか、アイリスは淡々と言った。

「私の周りの比較的年若い世代はほとんどがそうだ。知っているだろうが十年前に世界中のさまざまな地域が、魔物の大群に襲撃されている。私の住んでいた村は、なかでも被害が大きかったのだそうだ」

 アイリスは、なんでもないことだからどれほどでも身の上を語れるとでも言っているような気がした。

「要するに今この国に限らず私の世代では孤児など数多だ。お前が気にすることではない」

 アイリスは本当に根が優しいのだな、と思い、サラはほっと、落ち着いた。

「……あれが館だ」

 しばらくしてアイリスがそう指差して言ったので、サラはじっと前を見た。スハルザードの建築物の大半が、緑の魔法使いの手による生い茂った木々で構成されていたのに対し、トゥルフェニアは蒼の魔法使いによる石造建築物が主体のようだった。指差されはしたものの、どの建物なのかよく分からない。

「……西アパス大陸で聞いていたより、だいぶ落ち着いていますね」

 サラにはプリティヴィ大陸各地で紛争でも起きているような印象を持たれていたらしい。アイリスは微妙な笑みを浮かべた。

「……中身はボロボロだ」

 本当に小さな小さな声で彼女は言った。本当にまばらにだが人通りがある。しかしそれは、日中の王都にしては活気が感じられないということでもあるのだが。

「ただここの民衆は、荒れることができるほどこの国に不信感を持つことができていないというだけだと思う……皇帝は本来は……国民の絶大な信頼を受けていた御方でな……」

 音量のせいでますます抑揚など皆無。しかしその表情には暗い影が見て取れた。

「詳しいことは、到着してからだ」

 唇もほとんど動かないような小さな小さなその科白せりふよりも、彼女の目が強くものを言っていた。

(ここで話すのは、まずい)

 サラは目で頷くことでそれに応えた。

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