第15話 真面目の裏目

 もう幾つ目の試験だろう。

 とんでもない量の魔弾が四方八方から飛んでくる。

 サラは器用にそれぞれの対極にあたる魔弾をぶつけてすべて相殺させ続けた。

 今まで初級しか使えなかったにしても、魔法に関する知識だけは座学でとことんやっている。本人のスタイルが剣士だろうが何だろうが相手が魔法を使える場合を想定して学んでおかなければならないからだ。

 かつ体術や剣術は並の大人よりも数段上手をとる子供だった。

 臨機応変に突然得た力を使いこなしている。

「……クリア」

 五分ほど続けた結果所長が言った。

 因みに棒術に使った以外、例の剣は言われた通り背中に背負っているが、何故かいつも通り動き回っても足に絡んだり構えの邪魔になったりなどといった事がまったく起こらない。本当にいったいなんなのだ、これは。

「では次。榊葉教授との剣闘です。魔法を使ってもかまいません。教授も使われますので」

 サラは何だか異様に厳しい気がしてきていた。冒険者養成所の卒業生というのは皆こんなにたくさんの死にそうな試験をクリアしているのだろうか……。休む間もなく剣技の先生との試合に臨む。

「少し前までちょっと腕の立つただのひよっこだったのにな」

 対峙した風也は苦笑いしていた。

「子供ってのは成長が早すぎるぜ……」

 早いも何もほとんどがこの謎剣のおかげではないかとサラは思うのだった。

 身体強化魔法も今までの数段上位のものにできる。

「子供相手にこれですか」

 二人が持たされたのは真剣である。サラは冷や汗をかかずにいられない。

「そうさなあ。下手したら死ぬなあ」

 恐ろしいことをのんびりとした調子で言われる。

「だけどいいことを教えてやろう。俺は強化魔法は使えるがその他は知らん」

 たったそれだけの情報開示が子供相手の慈悲ということなのかもしれない。……それでも充分すぎるほどの脅威だと思われるが。

「じゃー行くぞ」

 そう言うやいなや教授は斬りこんで来る。

 冷や冷やどころではない心情でサラは応戦した。

 鋭く繰り返される斬撃と刺突を辛くも受け流す。

 対する榊葉教授は口元に笑みすら浮かべて楽しそうにしていた。まるで新しいおもちゃをもらった子どものように目が輝いている。

 授業ですら見たこともない速度と剣圧で攻めてくる教授はまるで──きれいに舞っているようだった。

 対するサラも──いつもより動きやすくて本人が内心驚いていた。強化魔法の効果が段違いであることを改めて確信する。

「やるようになった、な!」

 ぽつりと榊葉教授が言うがサラにはそんなものを聞いている余裕はなかった。

 動きやすい気がするとはいえ、サラの方から攻撃の姿勢を取ることができない。防戦一方である。先ほどの魔法弾相殺試験は完全に受身のものだったが、こちらの試験がそれだけで良いとは限らない。

 焦りの色を濃くしながらも、少女はどうすることもできなかった。

 ──しかし、いきなり卒業させられるというのもサラにとっては迷惑な話だった。ウィルおじさんに引き取られるのも釈然としない。所長の言うように学籍をこちらのままにして今までどおり寮生活を平穏に送りたかった。

 いっそこれに落ちたらどうだろうという思いが頭をよぎったが、生真面目な性格故に行動に現れない。

 そして──もう幾度目かまったく分からない剣同士の衝突で──。

 パキィン

 少し耳障りな音が響いて片方が折れた。

「おっと」

 榊葉教授が余裕そうに上体を退き、折れたはずみで弾け飛んだ剣先を避ける。

「ちぇ、こりゃ負けだ」

 地面に刺さった折れた剣先を眺めながら教授は言った。

 折れたのは──教授の剣だった。

 サラはただ唖然としていた。

「……先生の剣が老朽化していたのでは……」

 棒立ちのままサラが口を開く。

「何言ってやがる」

 教授は言った。

「この二振りはこういう試験のために一度に量産されたものだ。耐久力の差なんてそうねえよ」

「でもこちらから攻撃なんてできなかったのに……」

 本当に信じられない。

「受ける時のかち合わせかたがお前の方が効率的だったってことだろうさ」

 ひょいひょいと折れた剣の柄を左右の手で投げたり取ったりしながら教授は言う。

「そしてこれだけの強化ができるなら、結構上の剣士と肩を並べられるんじゃねえかな」

「クリア」

 所長がまたも言う。

 剣闘試験結果にあまり納得はできなかったが、さあ次は何だろうとげっそりしながら思う。

「実技は先日難なくクリアしていることをサルヴィアさんから聞いておりますので……以上で卒業試験を終了します」

「へ?!」

 頭が結果を理解してくれなかった。

「失礼にも不合格を期待していたのですけれどね」

 所長は少し悲しそうな顔をした。

「ピアスホールを、開けなければいけませんね」

 サラはただ呆然としたまま、試験会場を連れ出された。


 サラの耳に下げられると、クリスタルは濃い紫に変化し、本人も周囲も息を呑んだ。

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