邂逅と集結
第14話 配慮は理不尽かつ妥当
「ウィリアム=ウィルドという人物は?」
「……知っています。父さんと母さんの親友と聞いています」
赤い瞳のアイリスという女性に聞かれ、サラは不安でぎくしゃくしつつも正直に答えた。
アイリスに対面するような形で、向かいのソファに学長とサラが座っている。
「なら、少しは話が早く進むな」
いったい何を話されるというのだろう。
相変わらずサラは、自分か両親が何かしただろうか、はたまた何か冤罪をかけられているのか、という不安が捨てきれていない。
「少々酷なことを言う」
だからいったい何を。
「お前の両親が消息不明だ。だからうちの養父がお前を引き取る」
「えぇ……?」
何を言われているのか分からなかった。
「……残念ながら、三ヵ月に一度必ずあったご支援金の届け出も止まっている状況です。お二人はこれは生存報告がてらですと仰ってましたから……何かあった可能性は高いです。でも……」
ギルドや養成所の主な資金源は、富裕層や実力者からの支援金だ。
世の中のたいていのものごとには、職業ギルドが必ず関わっている。だからそこに恩を売っておいて損はない。実際支援金を理由に、各種ギルドから厚遇されることもある。
そしていつしか支援金の額は競争されるさまを見せ始めた。どれだけギルドへの支援金を用意できるのかが、世間では一種のステータスになっている。
そのためギルドが金銭に困ることは無く、養成所を学費無用で運営できるし、功績を上げた者には褒章金を出すことができる。
「……」
学長が言い淀んだので、その場を重い沈黙が支配した。
その沈黙のうちにサラは思考を巡らせる。
両親は商人であると同時に、冒険者のなかでも危険度が跳ね上がる『魔族狩り』として世界を渡り歩いていた。しかもふたりがふたりとも、最上位ランクの卒業証を持っている。あんな二人組が消息不明になるものだろうか。……何か大きな案件に手こずっていて、連絡の暇がないだけではないだろうか。だとしても、名無し魔族くらいなら、連携であっという間に倒していたあの両親が手こずる案件など想像もつかず、少女の不安を拭い去ってはくれない。
「お前の両親が奇抜な発明家だったのは知っているか」
両親がなにやら人々が驚くようなものばかりを売り歩いていたのは覚えている。だがサラには、アイリスのその話の振り方は、突然話の方向を変えてしまったように思えて、訝りをおぼえる。けれどここは素直にうなずいて答える。
「危険信号を知らせる指輪を作ってうちの養父どのに渡していたのだそうだ。それが、働いた」
サラは頭を抱える。
両親の傍若無人さに対応したり、それに振り回される周りをフォローしたりしながら育ってきた環境からか、同年代の周りより落ち着いた子供だなどとよく言われたが、こんなもの落ち着いてなどいられない。
あの二人が? 敵対もしたくないほど戦闘力や生存力が強いあの二人がそろいもそろって消息不明?
「……そちらの国については≪ネットワーク≫上で次から次へと悪い情報がのぼってきています。うちの生徒を行かせたくはありませんね」
サラもアイリスも、学長という立場の人間が、個人の事情に口を出してきたのは意外に思った。分け隔てなく、深入りもしないというのが、そういった立場の人間のイメージだった。
そしてサラは、実技試験に便乗した次の日に、クラスの先輩から妙な噂を聞いたことを思い出す。
『隣の大陸で、急に政治情勢が怪しくなった国があるらしい』
「こちらの養成所の主席クラス所属生は国の情勢くらいで危機に陥るのですか」
アイリスは相変わらず無表情に淡々と言うが、これは明らかに学長を煽っている。
学長は自分を
「そんなわけがありません。どんな地獄だろうと穏やかな草原に変えて見せますよ」
「スノークロス!」
学長がなだめてくる。実際今の自分にそこまでの力などないのだろう。だけどムカついた。だから言ってやった。
「……と言いますか、別にこの子を動乱の中に置こうなんて誰も思いやしないと思いますよ。第一養父だって保護の目的で私を遣わしているのですから」
アイリスは
対して今度は学長がむきになって応戦する。
「保護? 保護ですって? それこそこちらの支部で充分ですわ。わざわざ危ない国にこんな小さい子を行かせられますか? 第一あなたただの赤じゃありませんの」
穏やかそうだった口調が高圧的なものに激変した学長は、アイリスの左耳を指して言い放った。そこにあったのは
冒険者養成所の卒業証であり、冒険者ギルドの登録証であるこれは、このようにピアスの形を取っている。一見ただの装飾品だが、前述の≪フィヒターの家≫の開発物であるクリスタルだ。この中には個人情報や、世界中に広がる魔法的情報網である≪ネットワーク≫との繋がり等が仕込まれている。
濃赤は冒険者ランク第五位。十二ランクある中ではかなり腕の立つ部類だが、学長の左耳にあるのは薄青──第四位だった。ワンランクの差は世間体において小さい物ではない。
だがアイリスは歯牙にもかけず淡々と言う。
「たかが一人の生徒の安否くらい家族に任せてはどうでしょう」
「たかが一人だろうとうちの生徒は全員家族のようなものです」
学長も譲らない。
当事者であるサラは気付かれないように小さくため息をついた。
あの両親のことだから何かまずいことに首を突っ込んだのだろう。両親から、何かあったらその親友という人物に頼れと言われてはいたのだが、それは将来的に旅のついでに寄ることがあれば、の話だと思っていた。まさか卒業前にそんな機会がくるとは思っていなかったし、引き取るとまで言われるとも思わなかった。
「じゃぁ
「……はい?」
混乱のためか学長が一瞬の間を要して、裏返るような声を出した。
サラも突飛な提案にぽかんとする。しかも、もう『いもうと』呼ばわりである。しかしいったい何故こうも引き取りたがるのか。万が一にも両親の失踪が本当だとしても、後見人をウィルさんに頼むくらいで済みそうなものだ。
「たった十一でここを卒業できると思って? うちはそんなに甘くありませんわよ」
第一、卒業試験というものは、前年度末の大規模なテスト結果でカリキュラム修了に達すると目された者が、一年程をかけてクリアしていくものなのだ。
「できますとも」
何故か自信ありげにアイリスは言うと、両者の間の机に置かれていた長すぎる長剣を差し示す。
「これがあればその
「……」
サラは怪訝な顔をしつつもその長剣と自身の右手中指を交互に見やる。
少女の右手中指には、細い銀色のアクセサリー──
ほぼすべての人間が魔力を有して生まれてくるが、それを制御するためには魔法についてきちんと学ばなければならない。知識を得ることができない幼いうちは、下手をすれば機嫌を崩しただけで周囲を破壊してしまう。
そのため、出生後に医療機関からこの
ギルド養成所をはじめとした教育機関は、まず最初に魔法の制御方法を学ばせる。それできちんと制御できると判断されれば、この装置は外される。そうしなければただ才能を抑えつけるばかりで、世の中にとっても本人にとっても不利益だからだ。だが極稀に、制御法を学んでもなお外せないほどの魔力を有する者が現れる。
サラはその極稀な人間の一人だった。養成所に入学して五年が経つが、少女自身だけではなく様々な人々が血眼になって制御方法を模索しているというのに、未だにその身に宿る強力な精霊の力を御しきれていない。
例えば制御課題として、水を一滴皿に落とすよう試みた場合、養成所のなかでも広いグラウンドに壁的性能を持つ結界石を配置して行ったとしても、そこから水が溢れて辺りがしばらく洪水に見舞われる。
サラ本人にとっても結界をぶち破る水など恐ろしくてしかたがないと同時に、制御できない自身に幻滅する。その課題をやらされる年始が近づくと、少女は毎年毎年気分が重くなる。使えないなら使えないで、魔法に頼らず物理的な戦闘力を磨いていたい。ただここまで強い魔力保持者を放っては置けない気持ちは分からなくもない。人類にとってあきらかに有益だからだ。
──だからもし、強大にすぎるその魔力を制御できるとなると……。
「いったいなんですか、それ」
アイリスの言葉を信じれば、魔力制御装置が剣という武器の形をとっていることになる。魔力を持て余して剣術に重きを置いているサラにとっては一石二鳥なのだろうが、そんな境遇にいる者がそうそう居るわけもなく、わざわざそんな物を作りそうなのは彼女の両親くらいしか浮かばない。
「影水晶の剣。お前の両親の作品だ」
アイリスそう言って手に取り、受け取れと言うように柄をサラに向ける。
得体の知れない何かをその剣に感じながらも、サラは壊れ物を受け取るようにそっと受け取った。長さの割に重量は通常の『長剣』と呼ばれるものに近く、ますます怪しい物体に見えてくる。
そして、
雪十字───スノークロス。
単純明快にすぎるそれは、デザインにさりげなく込められた製作者の自己顕示だ。両親の作品には、どこかに必ずこうしたモチーフが入っている。
「影水晶……? っていうかこんな制御装置があるならギルドに量産を……」
サラは思わずそんなことを口走る。
「これはお前の両親が偶然に作り出して、二度と同様なものは作れなかったそうだ」
一体何の偶然に作ったと言うのだろうか……?
しかし、今のサラが剣として持つには長すぎる。刃の部分だけで少女の身長以上ある。
試しに少し鞘から抜いてみた。見えたのは薄く透明な諸刃の刀身。その名に反して影一つない。まるでガラス細工のようなその様子から、剣として使えば砕けそうにしか見えなかった。いくら両親の作品だとは言え、実用性が見出せない。
「ちゃんと振れる」
サラの思考を読んだかのようにアイリスが言う。
「まあ当面は長さ的に杖か棒術ぐらいにしか使えんだろうな」
「そうですね……」
サラは引き続き実用性があるらしいことに疑念を抱きながらも頷く。
果たしてこの、武器と言うよりは見目美しいだけの威信財のようにさえ見えるこの剣が、得物として耐えうるのだろうか。
「まぁ、これの性能は、持っていれば分かる」
アイリスにそう言われても戸惑うばかりだ。
「別の剣を振るいたければ背中にでも背負っていればいい」
「背負う……? 動きにくくなるだけな気がします」
当たり前だがサラは難色を示す。
「試してみるといい、卒業試験ででも」
アイリスはすっぱりと言い切る。
「佩刀しているのも忘れるくらい存在感がないのに、振るいたい時は丁度良い重さに感じるし、この外見で何でも凶悪なほどあっさり斬れる。まあ私にとってこいつは魔法力を食い尽くされる厄介物でしかないがな」
「魔法力を、食う……?」
なんなんだ、この影水晶というのは。
「絶大な魔力を抑制するより、こういう魔剣にちょっとばかり食わせたほうが魔法力をコントロールしやすいのかもしれない」
ああそれと、とアイリスは言う。
「こちらのリストレインリングは外しておく。これで抑えておかないと私が干からびそうだったのでな」
と言って彼女はサラに持たせた剣の鞘から、カチリとひとつ装飾品を取り除いて荷物にしまった。魔力を吸い取る性能も
「……まだ卒業試験を受けさせるとは言っていませんわ」
剣の受け渡しの間黙りこんでいた学長が口を開いた。
「それならここを退学させてシアン支部に入学させるだけですよ」
アイリスは相変わらず淡々と言う。学長は
「何故そこまでしてこの子を連れて行くことにこだわるのですか」
「私は聞いておりません」
アイリスは即答した。学長はまず、本当のことなど話せる相手ではないだろう。
「養父に何か思うところがあるのでしょう」
「大体、そのウィリアム=ウィルド氏本人が何故いらっしゃらないのです? この親書も怪しいものですわ。あなた個人がスノークロスを拉致したがっているのではなくて?」
所長が突飛なことを言い出す。
「疑い深いですね。まぁ、仮にも一支部の学長であらせられる。それぐらいでなくては務まらないのかもしれません」
アイリスは穏やかに返した。
「では、奥の手です。こちらはうちの養父ではなく、ジエライト=スノークロス氏からの書簡になります」
「……」
最初から二通同時に渡さなかったのは、恐らくダメ押しのためだろう。
一通目で信じられないと言われた後に、それより信憑性がある、あるいは確証できるものを出されれば、相手がさらに言い募るのは難しくなる。
所長は無言で受け取り、顔をしかめる。それには支援金を納める時に、生存報告として添えられていた手紙と、まったく同じ封蝋が押された物だったからだ。
ペーパーナイフで封を解き、中の手紙に目を走らせる。もちろん筆跡も同じ。
「……いつも通りふざけておられますね」
学長の表情は見えなかった。
「そうですか。私は残念ながらお二人にお会いしたことが無いもので、そのかたの『いつも通り』は分かりません」
アイリスが淡々と返す。
「……もう、お手上げです。私のような他人は何も言えません」
学長はため息をつきながら折れた。
「ですが、卒業試験は厳しいですよ。覚悟なさい、スノークロス」
学長は自棄にでもなったのかにっこりと笑ってサラを見るのだった。気のせいか悪寒がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます